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第10話 行列


挿絵(By みてみん)



 台風一過(たいふういっか)という言葉がある。台風が過ぎ去れば、空気が澄んで見えるほどの晴天となる。そんな希望の匂いを含む言葉だ。


 しかし、今回の台風は違った。過ぎても秋雨は降り続き、多摩川(たまがわ)の水位は下がることなく、濁流は引く気配を見せない。


 二子玉川(ニコタマ)武蔵小杉(ムサコ)などの川沿いの高層住宅群では、泥水が下水道管を逆流し、汚泥が生活を侵食した。タワマン族が途方に暮れる様子を、テレビは繰り返し報道している。



 等々力(とどろき)地域の避難者たちは、まだ自宅へ帰れない。


 淡雪(あわゆき)は何度もシュネーバルを抱えて避難所へ向かったが、現場は混乱して、善意はすぐに受け入れられるものではなかった。出来立ての甘い香りが避難者たちに希望を持たせたが、規則という壁に追い返されていく淡雪の姿を見て、避難者たちは落胆する。


 持ち帰ってはまた温め直すことを繰り返す淡雪の大変さを見かねて、六花(りっか)が叫ぶように言った。



「淡雪さん。受け取ってもらえないなら、ここに取りに来てもらいましょう。私、ネットで呼びかけます」



 六花はノートパソコンを開く。


 スマートフォンで淡雪や氷見子(ひみこ)がシュネーバルを作っていく様子を撮影し、その映像や写真を巧みに編集して、SNSにアップする。



『シュネーバルは、ドイツでは断食期間にも食することを許されたお菓子です。周辺の避難所では規則のため差し入れが難しい状況ですが、水害の被害に遭われた皆さん、もし可能でしたらエルフィにお越しください。住所証明は不要です。無料で温かいシュネーバルをお渡しします!』



 コンテンツプラットフォームであるMemotteにも記事を載せる。必要としている人に、一人でも多く情報が届くように。


 投稿は瞬く間に拡散していった。



「住所の確認要らないなら、被害に遭ってなくてもタダでもらえるんじゃね? よっしゃ(とつ)ろうぜ!」



 そんな心無い声も、瞬く間にリツイートされる。面白がって同調する書き込みも増えていった。


 六花はそれも淡雪に伝えたが、淡雪は覚悟を決めてうなずく。



「いらした方には渡す。悪意のある人が来ても、今回はしょうがない」



 住所確認の必要はなしと決めたのは、着の身着のままで避難して免許証なども全て水没している住民も多いからである。疑うよりは信じるほうが早い。


 それに避難所から帰れたとしても、自宅では浸水してコンロが使えず調理ができないという家庭もある。そんな家族にもシュネーバルを緊急の食料としてほしいという想いもあった。


 氷見子は淡雪に判断を全て任せ、調理に専念する。



「来た人みんなに渡すとなれば、あとは材料がどれぐらい持つかだな。淡雪」


「うん。でも足りなくなったら、その時考えよう。今は作れるだけ作ろう」



 淡雪と氷見子は、以心伝心のコンビネーションで次々にシュネーバルを揚げていく。いつもは十数種類を作るが、今回は量を最優先して、プレーンやシュガーのように比較的手間がかからないものに絞った。


 発信の直後から、エルフィの前にはシュネーバルの配布を求めて多くの人が行列を作り始めた。


 パートタイムの近隣の奥様方も手伝いにやってきた。六花は彼女たちと手分けして、積み上がっていくシュネーバルを次々と袋に詰めていく。


 行列には現地の避難者たちも多かったが、明らかにこの近くの居住者ではないと見られる、面白半分で来ている若者も多いようだ。


 それでも六花たちは、申し出通りに渡していく。



「ご家族の人数は……四人ですね。お一人二個ずつで八個、入れておきますね。明日も揚げますから安心してください」



 中には涙ぐんでお礼を言う避難者もいた。



「いい香り……。エルフィさん、ありがとうね」


「美味しそう! お姉ちゃん、ありがとう」



 避難所から来た親子が、泣きながら立花たちに礼を言っている。不安が募る避難所生活の中で、甘い出来立ての菓子があることで、どれだけ心が癒されることだろう。


 そんな光景を目にしたからか、行列の空気も少しずつ変わり始めた。



「俺たち、よそから来たんです。有料で買わせてください」


「僕ら、何か手伝えることないっスかね?」



 当初は興味本位で来て、無料でもらうつもりだったらしい大学生ぐらいの若者たちが、いつしかレジの横に箱を置き、シュネーバルを受け取る際にお金を入れ始めた。


 そして、募金と引き換えに手に入れたシュネーバルを、列に並んで待っている小さな子どもたちに「食べな食べな」と分け与えていく。まるで、行列が一つの仲間となったかのように。


 中には心ない中年男性もいて、意地悪く要求する。



「うちは家族は二十人だ。誰にでも無料でくれるんだろ? 早くしろよ」



 明らかに避難民ではない。若者たちが詰め寄る。



「オッサン、避難所の人が先なんだ。後ろに並べよ」


「あんたみたいなのがいると、必要な人がもらえないだろ」



 口論が起こり、荒んだ空気に変わる。


 淡雪が調理場を氷見子に任せて、奥から飛んで出てくる。



「皆さん、どうかお静かに。必ず行き渡るようにしますから」



 淡雪や六花たちが必死に配布をしている姿を見て、行列を作っている人たちも次第におとなしくなっていく。みんなで協力しよう、支え合おうという雰囲気が出てきた。


 この一体感に感動した若者が、様子を撮影してSNSにアップした。たちまち拡散され、「さすが世田谷区は民度が高い」「エルフィ素敵。なんか泣ける」などとコメントがついていく。この騒動を知って、いつしかマスコミまで取材にやってきた。


 差し入れが拒否されたという避難所のルールについても、番組の中でコメンテーターたちが議論をし、大きな話題となる。


 批判が殺到した避難所はすぐに態度を軟化させ、エルフィのシュネーバルが多くの避難所で受け入れられるようになった。



 淡雪たちが一生懸命に避難者たちを励ましシュネーバルを配る姿、そして避難所にも届けていく姿を、テレビカメラが追いかける。


 その献身の様子が、昼の情報番組でも放送された。




(つづく)

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