第3話:閑古鳥
毛皮のコートを身に纏う二人の中年女性が入ってきてから、店は一気にやかましくなった。シュネーバルと紅茶の味にうっとりしていた霜山六花の上質な気分は、一気に削がれてしまう。
煌びやかな指輪をはめた指でショーケースを指し示した一人が、眉をひそめながら嫌味な言葉をカウンター越しの女性に吐き散らす。
「何なの、ここ。サーターアンダギーみたいなのしかないけど」
「これはシュネーバルという、ドイツのお菓子で…‥」
「はあぁ? ドイツのお菓子屋っていうなら、バウムクーヘンぐらい置いときなさいよ。こんな揚げ玉ばっかり」
「申しわけございません。シュネーバルの専門店でして」
店主の白瀬淡雪は恐縮して頭を下げる。その態度にカチンと来たのか、毛皮オバサマたちの口撃はますます増える。
「知らないわよ、シュネーバルなんて。ヨーロッパスタイルの洋菓子屋さんができたって噂に聞いたから、わざわざ来たのに。うちのマーちゃんはね、イチゴのショートケーキが好物なのよ」
「うちのトシくんはプリンを食べたがってたのに。仕方ないわ、その辺のコンビニででも買うしかないわ、ケーキとプリン」
「申しわけございません」
皮肉ったらしい二人のマダムの言葉に、淡雪はさらに頭を下げる。その対応を見下すように、二人は鼻で笑って踵を返す。
「何よ、シュネーバルって。クッキー・マルメターノにでも名前変えたら」
「それ最高。クッキー丸めたーの。キャハハハッ」
完全にバカにしたような言葉を放って、マダムの両人は扉を開けて店を出ていった。淡雪は頭を下げたまま、失笑している。
その光景に、六花はなぜかカッと頭に血が上って、席を立とうとした。
「あのオバサマたち……、許せない」
「いいのいいの、六花ちゃん。いつものことだから」
淡雪はこの手の嫌味は慣れているようで、すぐに六花をなだめた。六花は悔しい思いを隠しきれないようで、唇を噛み締めている。
一つ息を吐いた淡雪は、再びカウンターから出てきてティーポットを手にし、六花の空いたカップへ熱々の紅茶を注ぐ。これでも飲んで落ち着いてと勧めながら、語る。
「シュネーバルはドイツ南部の郷土菓子でね。私、ドイツに行った時にそのお店を見て感動して、ひとつ食べたら惚れ込んじゃって。ドイツで作り方を教わって、先週ここにお店をオープンしたの。でも、シュネーバルなんて日本ではあまり知られてないからね。ああいうお客様もよくいらっしゃるの。今日もほら、お店は閑古鳥で暇でね。えへへ」
淡雪は頭を掻いた。確かに六花は以前からこの道をちょくちょく通っていたのに、こんな店が開店していたなんて知らなかった。一般的に知られていないお菓子だから、集客もPRも大変なのだろう。
「こんなに美味しいのに……。一口食べたら分かるのに……」
「ありがとう、六花ちゃん。でも、六花ちゃんみたいに若い人にシュネーバルを知ってもらえただけでも、すっごく嬉しいんだ」
「私も……、すごく嬉しいです」
六花は顔を赤らめてうつむく。店主がドイツでシュネーバルの魅力に気づいたように、自分もまた他の人が気づいていないシュネーバルの美味しさに興味を持てた。この淡雪というお姉さんと好みを共有できたような気がして、嬉しさで顔が火照ってしまう。
そんな様子の六花に、淡雪はにこやかな優しい微笑を見せる。
「六花ちゃん」
「……はい」
「六花ちゃんの心は、まだ凍ってる。六花ちゃんの凍った心を解かしてあげられるよう、私に何かできることってないかな」
「えっ」
六花はドキッとした。
淡雪店長の優しい心、そしてシュネーバルと紅茶の暖かさで、六花の身体は溶けるように温かい。しかし、確かに心の奥底は、まだ冷たい氷に圧迫されているような痛い感覚が残ったままだったからだ。
その時、レジカウンターの奥のアコーディオンカーテンがザッと開いた。
(つづく)




