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第7話 急報


挿絵(By みてみん)



「……」



 氷見子(ひみこ)六花(りっか)も、淡雪(あわゆき)の話を聞いて言葉を失っている。


 これまで淡雪は自らの過去について、語りたがらなかった。仲間なのにどこか一線を引かれていると二人は感じていたが、ここまでの凄惨な過去であれば思い出したくもないのも当然だ。


 二人の顔に影が落ち暗い表情になっているのを見て、淡雪は慌てて笑顔を見せる。



「そんなにしんみりしないでよ、二人とも。私はもう平気だから。昨日はいきなりお父さんが現れたから、少し取り乱しただけ」



 六花は胸元で両手を握り締め、そっと問いかける。



「本当に……大丈夫ですか?」



 淡雪はゆっくりとうなずく。目の輝きは強い。



「うん。もう過去のことに揺るがない、未来のことに迷わない。私はこのエルフィを開店する時に、そう誓ったの。一晩泣いたら、それを思い出せた。もう大丈夫よ」


「親父さんの心の氷も、淡雪のに劣らず分厚かったぞ。このまま父親との縁が切れたままで、本当にそれでいいのか?」



 氷見子は念を押して聞く。父を失った悲しみを経験しているだけに、淡雪への心配は深い。


 淡雪は微笑んで返す。



「違うの」


「違う?」


「私は縁を切ったつもりなんてない。自分の選んだ道を、いつかお父さんに認めてもらおうと思ってるだけ。年賀状や暑中見舞いとか送って、近況は常に伝えてるの。返信はないけどね……」


「……」


「だから、お父さんは本当に私との縁を切ったんだなって、ずっと思ってた。でも、昨日はああやって私の前に現れてくれたから……」


「親父さんの心に、淡雪のことが残ってたってことか」



 詰まる言葉に氷見子が添えた。淡雪はうなずく。



「私は絶対に、このお店を和菓子職人のお父さんにも認めてもらえる……、いや、羨んでくれるぐらいのお店にする」



 意気にあふれた、力強い言葉。


 普段の彼女なら、気恥ずかしさでそんな大胆なことは言わなかっただろう。しかし、尊敬する父からの否定を聞いて逆に心は燃えた。信頼できる仲間を前にして気炎は高まった。淡雪には夢への道が、迷いの靄の中から明確に見い出せた。


 氷見子がいきなり、淡雪の肩を抱いて引き寄せる。



「大丈夫だろ。この氷見子さまという天才がついてんだから」



 氷見子は高らかに笑いながら、淡雪の肩を揺らす。その言葉は、淡雪にも六花にもとても冗談には聞こえなかった。


 三人は笑い合って、その後も店の未来を語り続けた。




 その二週間ほど後。


 この数日、雨の日が続いていた。この日も、やまぬ秋雨がガラスの向こうを流れ続けている。


 雨になると当然、晴天の日に比べて客足は鈍る。


 だが、淡雪たちの心は曇らない。来客数が少ないからと言っても悲観的にはなることはなかった。


 接客の時間が空く分、取り組めることがたくさんあるからだ。


 淡雪はいつも以上に棚やテーブルを磨き上げ、書類仕事を片付ける。氷見子は新作の菓子作りを試し、六花はSNSで発信する写真や映像を作る。


 ほとんどお客が来なかった開店当初を思えば、店の静寂に焦りはない。


 カウンターを今一度拭き終えた淡雪が、数日後までの天気予報をスマートフォンで確認していると、突然大声を上げた。



「えぇっ!!??」



 聞いたことのない淡雪の大声を聞いて、それぞれ店内で作業をしていた氷見子も六花も、何事かと駆け寄ってくる。



「淡雪、どうした?」



 指を震わせている淡雪の背後に立った氷見子と六花は、スマホを覗き込む。


 長崎にいる赤瀬(あかせ)松風(まつかぜ)からのSNSでの連絡の通知。


 恐る恐る開いてみる。



『お父さんが仕事中に倒れ、病院に搬送された。意識不明で緊急入院になりそう。僕らが病院についています。詳細はまた連絡します。松風』



 いつも細かな文を送ってくる松風にしては、簡潔な連絡文。「しらせ堂本舗」の作業場は恐らく、騒然としているのだろう。


 松風はフェニックスビールを退職してからは、憧れていた隣家の「しらせ堂本舗」に弟子入りし、淡雪の父・白瀬餡次(しらせあんじ)のもとで修行を重ねている。


 入店以来、松風はこまめに店や父の様子を淡雪に送ってくれていた。東京から戻った餡次がエルフィのシュネーバルを土産に持ち帰り、淡雪のことを苦々しく語っていたことも、隠すことなく伝えている。


 そんな松風から届いた最新の連絡が、父の急変であった。病状は詳しく分からないが、松風の文面から見るに、軽い容態ではないことが伺える。


 氷見子が気遣って、淡雪の肩を叩いて言う。



「淡雪……。何かあった時のために、すぐに長崎に戻れる用意はしておいたほうがいいんじゃないか」


「そうですよ、淡雪さん。店は私たちで何とかしますから」



 氷見子と六花の言葉に、淡雪は小さくうなずく。


 だが、さらに強くスマートフォンを握りしめて、つぶやく。



「ありがとう。でも……、もっと気になってることがあるの」




(つづく)





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