第2話 雪玉の店
「シュネーバル……」
女子高生は教わった名をつぶやいて、球状の菓子を一つ一つ眺めている。若い女性店主は興味を持ってもらえたことに喜んで、説明を加えていった。
「そう。ほら、雪玉のこと、英語でスノーボールって言うでしょ。それのドイツ語読みが、シュネーバル」
「へぇ……知らなかった。どんな味なのかなぁ……」
「一つ、食べてみる? 」
「え……?」
女子高生が驚いた声を出した。買ってみたいが、今日は財布の中にお金が入っていなかった気がする。女性店主は安心させるような優しい声で提案する。
「他のお客さんもいないし、お姉さんがご馳走するよ。どう?」
「え……、え……。いいんですか?」
「もちろんよ。じゃあ美味しい紅茶と一緒に、すぐ用意するから待っててね」
女性店主はカウンターの向こうから、とびきりの笑顔を見せた。そのかわいらしさに、女子高生の心はギュッとつかまれて、冷え切った身体は彼女の優しさに温められて次第に血流を取り戻していく。
あの優しそうなお姉さまが自信を持って勧める、この香ばしく美味しそうな球体のお菓子の味を、今から知ることができる……。内気そうだが好奇心もありそうな女子高生の顔は、ワクワクと輝いてきた。
女性店主はその顔を見て微笑むと、カウンター越しに訊く。
「お名前、何て呼べばいいかな」
「あ……。私は、六花です。六つの花と書いて六花。霜山六花です」
「わあ、ステキなお名前……! 冬らしくて」
「あ、はい……。冬に生まれたからって」
「雪を表すお名前だもんね。私と同じだ」
「え、お姉さんも……?」
「そう。私は、淡雪。白瀬淡雪。よろしくね」
名前のように白く透き通る美しい肌の女性店主。その優しい笑顔に、六花は憧れのような心が芽生えて頬が赤らんだ。
淡雪と名乗った店主が、女子高生・霜山六花の席へトレイを運んできた。おしゃれな図柄のマイセン磁器のティーポットとティーカップ。
そしてシュネーバルという名前だという謎のお菓子。ソフトボールぐらいの大きさの球体で、よく見ると紐状のクッキー生地がギュギュッと丸められて球状を成している。
「この店には十五種類ぐらいあるんだけど、初めての六花ちゃんには、まずはプレーンのものを食べてもらいたいと思って。いいかな」
「はい! 美味しそうです。いただきます」
六花は目をキラキラさせながら、おしゃれな包み紙に包まれたプレーンのシュネーバルを回すように眺め、そしてかぶりつく。
「ん……っ!」
六花の喉から声が漏れた。さっくりとした歯応えの中から、甘く焼けた香りが鼻を抜ける。口内でほろほろと崩れていき、ささやかな甘さが舌に広がる。この絶妙な食感と風味をさらに味わいてくて、二口三口と進んでしまう。
行ったことはないけれど、まるでドイツのクリスマスの温かな家庭の風景が目に浮かぶよう。六花の頬はとろんと緩んで、目はにこやかに細まって、幸せに溶けていくような表情。
「美味しい……。すごく美味しい……」
六花は無邪気な笑顔で、サクサクと頬張っていく。
淡雪は横でティーポットから紅茶をカップに注いであげながら、そんな六花の表情を見て喜びの笑みを見せる。その時。
カランカラン。ドアベルが鳴って、高級そうな毛皮のコートを纏った中年の女性が二人、ぺちゃくちゃと喋りながら店内に入ってきた。
「いらっしゃいませ。あ、六花ちゃん、ゆっくりしていってね」
淡雪は六花の背中にポンと触れてから、カウンター内に戻って接客をする。六花は淡雪の手の温かさを背中にも感じて、うっとりとしながら淡雪の仕事を見つめる。紅茶もすごく美味しくて、五臓六腑に染み渡る。
六花がシュネーバルを頬張りつつ眺めていると、高級コートの厚化粧のおばさまたちは大袈裟にショーケースの中を覗き込みながら、皮肉めいた声を淡雪にぶつけ始め、見るからに険悪な空気が流れ始めた。
(つづく)




