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第1話 凍てつく心


挿絵(By みてみん)



 白い息を吐きながら、黒いエプロンを身につけた若い女性が一生懸命に、店舗の窓を布巾で拭いている。


 チラチラと、灰色の空から雪が舞い落ちてきた。



「わあ……。やっぱり今日は雪だ」



 女性は空を見上げる。まるでそれぞれが生き物のような動きで、いくつもの綿雪が宙を各々に浮動し、冬のショーを成している。


 この冷え込みから降雪を予想していた彼女は、目を細めてうっとりと雪の舞いを眺めている。白い吐息で身体が冷えていくのも忘れて。


 小さな足音が聞こえてきた。ふと目をやると、緩やかな坂道になっている前の路地をとぼとぼと、女子高生がうつむいて歩いている。この寒い日に、コートも着ずに制服姿。マフラーも首に巻かずに手に持っている。ぶつぶつと何かを呟いているその唇は寒さで震え、血色が薄れ紫色になりかけている。


 ピキピキピキッ……。



(あっ、この子の心も……)



 店の彼女の目には、なぜか見える。女子高生の身体の奥底にある「心」が無数の結晶に覆われ結氷している様子が。冷え切っているはずの女生徒の身体の感覚は、その凍てついた心に麻痺しているのだろう。


 そんな人の心を覆う氷を見るたびに、彼女の頭にはキンと冷たく鋭い痛みが走り、いつもの映像が脳裏に映し出されていく。忘れたくても忘れられない記憶の映像が、今日もまた。



 ……薄暗い空間の中。氷柱のようなものが、上から吊り下がってゆらゆらと揺れている。氷に覆われたその物体を見て、彼女は膝から崩れ落ちて畳にへたり込む。その瞬間、ピキピキピキッ……と自分の心が、いや全身が氷に覆われていく感覚に包まれる……。



「……!」



 彼女は脳裏の痛みと映像を揺り消すように頭を左右に振る。視界が現実に戻ってきた。もう何百回と繰り返してきた、いつものことだ。


 彼女はふうっと一息吐くと、女子高生に声をかける。



「ちょ、ちょっと……。大丈夫?」


「……え? あっ……」



 思い詰めていた女子高生は、若い女性の声でハッと我に返った。声の主を見ると、二十代前半と思われる、黄色のシャツに黒いエプロン姿の可愛らしい女性。お団子状にまとめた髪に結んだ赤いリボンが印象的だ。


 女生徒はキョロキョロと辺りを見回すと、驚いている。知らない間にこんなところまで歩いてきてしまった、という表情だ。


 正気に戻るた途端、女子高生の身体は一気に寒気を感じ取り、両腕を抱えてブルッと震えた。ちらつく綿雪がいっそう寒さを呼び起こす。



「今日寒いよね。よかったら、お店に入らない?」


「えっ」


「ここ。エルフィっていう、私のお店なの。中はあったかいから、暖まるだけでも。ね?」



 エプロン姿の女性は無邪気に店の入口を指し示した。一目ではパン屋なのかカフェなのかよく分からないが、女子高生はあまりの寒さに凍えて震え、うんうんとつい頷いてしまう。そして女性店主の誘われるがままに、カランカランと昔ながらのドアベルが鳴る入口に、吸い込まれるように入っていった。



「わぁ……!」



 店の中を見た女子高生の口から、感嘆の声が漏れる。


 そこはヨーロッパスタイルの洋菓子店だった。しかし、よく見るパティスリー、いわゆるケーキ屋さんとは全く異なる異質の光景。


 ショーケースの中も、カウンターの上も、棚の中もびっしりと、握りこぶしぐらいの大きさのボール状のお菓子ばかりが並んでいる。


 チョコレートがかかったものやシナモンパウダーに覆われたものなど種類はたくさんあれど、他の形状のものはほとんどない。たくさんの球状のお菓子に囲まれ、焼き菓子の甘い匂いがプンと香ばしい、とても暖かな空間。


 横を見ると四席のカウンターに、四席のテーブル席が一つ置かれた小さなカフェスペースが併設されている。


 若い女性店主は女子高生にカウンター席を勧めると、カウンター内に移ってカチャカチャとカップを用意する。女子高生は少し焦る。



「あ、あの……」


「サービスだから、気にしないで。温かい紅茶でいい? それとも、ホットコーヒー?」


「あ、じゃあ紅茶で……。あの……。この丸いものは何ですか?」



 女子高生は店内の暖房の温もりで身体も心も緊張が解けてきて、ショーケースの上にもたくさん並ぶ球状のお菓子を間近に覗き込んで訊く。


 女性店主は巧みに飲み物の用意をしながら、答えた。



「それはね、シュネーバル、っていうドイツのお菓子なの」



 女子高生の目はその球体のお菓子に釘付けになった。まるで幼い子どもがおもちゃ箱を覗き込むように、たくさんの丸いお菓子たちから目が離せなくなった。



(つづく)

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