第6話 仲間
フランス菓子はコース主体のフレンチ料理のデザートとして発展をしてきた。だからメインディッシュの余韻を邪魔しない素朴さでありながら、華麗なメインに見劣りのしない美しさが要求される。
それに対してドイツ菓子は、食事の合間や断食期間中などに小腹を満たすパン菓子や焼菓子から発達したものが多い。つまり中華料理の点心や茶事の懐石などに近いと言える。
柊氷見子はフランスでの修行中、ヨーロッパ各国に足を伸ばして現地の菓子を味わい、ドイツ菓子も随分味わった。しかし、自分のジャンルとは別と捉えて、深く研究をしたわけではなかった。自分が目指す洗練性の高いフランス菓子と違い、パン菓子から発展した粗野で凡俗なものだという印象を勝手に持っていた。
だが今、エルフィのシュネーバルを目の前にして、シンプルでありながら奥の深さを思い知らされ、身体の底から熱いものを感じて来ている。もっと知ってみたい。もっと分かってみたい。シュネーバルというものを。ドイツ菓子というものを。そして、淡雪という女性のことを。
「……おい、淡雪。今は店に何種類のメニューがあるんだ」
「シュネーバルが四種類と、飲み物が六種類です」
「へえ……。増やしてやろうか、メニュー」
「えっ」
氷見子の言葉に、淡雪は目をぱちくりさせている。そして口に出した本人である氷見子もなぜか驚きの表情を見せている。自分が言いそうにない言葉が無意識に出たようだ。
「その……、働いてやっても……いいぞ」
「氷見子さん、それってどういう……」
「だからさ……、その……、働かせてほしいっつってんの」
氷見子は「察しろよ」と言わんばかりに、宙を見て口を尖らせながら呟いている。心が凍り切って何をしていいか分からない自分の居場所が、ここにはあるような気がする。
淡雪も頬を赤らめて答える。
「嬉しい……。氷見子さんみたいな有能な人と一緒に働けるなんて、すっごく嬉しい。けど……」
「給料払えないってんだろ? いいよ後払いで。この氷見子様が、この田舎臭い店をもっと高尚な店にしてやるからよ」
「わぁ……」
「淡雪のシュネーバルには、あたしのシュネーバルじゃまだ勝てない。認めるよ。でも、あたしなら、淡雪のシュネーバルをもっと高みに連れてってやれる。……あー、試したいこといっぱい頭の中に湧いてくるわ!」
「じゃあ、新しいの作りましょう!」
たった数時間前に会ったばかりの二人は、なぜかもう長年の相棒のように新たな味を生み出すことに取り組み始めている。
氷見子は今の自分が信じられない。あまりに嬉しさに興奮している。製菓学校で最優秀の成績を取った時とも、フランスの名店に認められて入店できた時とも違う、自分の力が二倍にも三倍にも広がるような感覚。こんな心地になったのは、菓子の道に進んでから初めてのことかもしれない。
「まあ、そんなわけで、ここで働かされてるってわけ。昔話が過ぎたな」
氷見子はつい語り過ぎたことに気づき、一息ついて背伸びをして見せる。興味深く聞いていた霜山六花は、照れ隠しの背伸びだとすぐ見抜く。
「へえ。お好きなんですね、淡雪さんのこと」
「ばっ、バカ言うな。凡人店主と、それに雇われてる天才職人の関係だ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
氷見子は表情を見せないように立ち上がると厨房へと入って、後片付けを始めた。六花はそんな氷見子と淡雪の関係を、微笑ましく思う。
店内を見渡すと、今やシュネーバルの種類は十一種類、他にもプチクルーラーやフロレンティーナ、シュトローゼルクーヘンなどサブメニューのドイツ菓子が何種類かカウンター上のケースの中に並んでいる。きっとフランス菓子出身の氷見子が、ドイツ菓子にも楽しく挑戦して生んでいった新メニューなのだろう。
「やっぱりいいな。この店」
六花は氷見子に聞こえないような小さな声で、そっとつぶやく。
今のこの店の素敵な雰囲気は、淡雪の無垢な心と氷見子の卓抜した技術で作られたものなのだ。二人を敬愛する六花が、今度はこの店を自分の力でもっと繁盛店にしてあげたいという情熱に駆られている。それらが溶け合ってお店が軌道に乗り、なぜか凍っているという淡雪の心も解かしてあげられたらいいな。六花は心からそう願っていた。
(つづく)




