第3話 再現
「あなたも……?」
「ああ。今年からやたら見えるようになってな。あんたの心もガチガチに凍ってるのが見えるよ。さぞかし重いだろ?」
氷見子が淡雪の胸元を指差し、淡雪は無意識に手で自分の胸を抑える。自分のように凍った心が見える人物に出会ったことも、自分の凍った心を指摘されたことも初めてのことで、驚いている。
「そういうあなたも……」
「そうだよな、あたしも大概だよ。お互い見透かされてようだから、容赦なく言わせてもらうことにするけどさ」
氷見子はチェアから立ち上がり、淡雪と向かい合う。長身の氷見子は淡雪の目を見下ろしながら、まずは名乗る。
「あたしは柊氷見子。こう見えて、フランス帰りのパティシエールなんだ。先日までパレドロイ東京にいたんだよね」
「えっ、あの一流ホテルの……」
相手が洋菓子のプロフェッショナルと知り、淡雪は緊張してしまう。加えてパレドロイホテルといえば、高級ホテルが乱立する東京においてもトップクラスのラグジュアリーホテルだ。よほどの技術の持ち主に違いない。
淡雪も数年はドイツのシュネーバル専門店で働いてはいるが、家族経営の小さな店のスタッフであり、菓子職人というほどの自覚はない。その道のプロに何を言われるのかと、淡雪は恐縮していく。
「うちのシュネーバルは、いかがだったでしょうか……」
「美味いよ。あんたが作ってんの?」
「はい。私しかいなくて」
「このプレーン、原材料も製法も普通みたいだが、なぜか妙に美味い」
「ありがとうございます」
「ただ、こっちのチョコがけのはかなり残念だ。理由はチョコレートだな。この妙な美味さのシュネーバルに溶け合う相性になっていない。まあ素人には分からないだろうけど。あんた、チョコレートのことについてはそれほど詳しくないな」
「さすが……。おっしゃる通りです」
「作ってやろうか、これに合うチョコレート。厨房貸せよ」
「え、あ、はい。こちらにどうぞ」
氷見子の勢いに押されて、淡雪はアコーディオンカーテンを開けて氷見子をバックヤードへと案内した。そこは小料理屋のキッチンとでも言い表せるような小さなスペース。一流ホテルにいた氷見子にとってはあまりに狭すぎる空間だが、想像していた通りで大して驚きはない。
「ふーん、よく見る業務用のスイートチョコだな。今回はこの範囲内で工夫してみるが、できるならチョコそのものを変えたほうがいいぞ」
テンパリングをしようにも十分なマーブル台もないので、氷見子は手頃なステンレス製のボウルを見つけて水冷法でチャカチャカとチョコレートを混ぜていく。その手際の良さに淡雪は唖然とし、きびきびと手伝い始める。
氷見子は作業を進める一方で、店にある他の種類のシュネーバルもちょこちょことかじって味を確かめている。
「あんた、名前は?」
「淡雪です。白瀬淡雪」
「そうか。淡雪、ヌス・ショコラーデだったっけ? このナッツのやつ。これ、マカダミアナッツだろ?」
「そうです。ドイツのお店でも使ってて」
「そうか。日本人のお客さんには、アーモンドかカシューナッツのほうがいいかもしれないな」
「氷見子さんもそう思いますか? 私も実はそう感じてて」
二人はいつしか、まるで長年の同僚であるかのように次々に意見やアイデアを出し合っていく。
「さて……、チョコは良しと。淡雪、シュネーバルもあたしに作らせてくれよ。作り方は食べたら分かったからさ」
「さすがですね……。材料も道具も自由に使ってください」
氷見子は淡雪に製法を一切教わることなく、シュネーバル作りに取り掛かる。グラニュー糖や卵、バターや牛乳などを巧みに混ぜていき、小麦粉を篩にかけていく。分量から進め方まで、ほぼ淡雪のやり方が再現できている。本職の菓子職人は食べただけでここまで見抜けるものなのかと、淡雪は驚く。
平らに伸ばした生地をパイカッターで1cmの太さに切っていき、手のひらの中でふんわりと編んで丸め、ドイツ製の球状の型に放り込んでいく。
「氷見子さん、すごいですね……」
「何言ってんの。ここからなんだろ、淡雪の凄さをあたしが思い知らされるのは」
氷見子は苦笑しながら、長い柄のついたその球状の型をフライヤーの油の中へと沈めていった。
(つづく)




