第1話 若い賑わい
世田谷区等々力の一角に数週間前にオープンしたばかりの、ドイツ菓子シュネーバルの専門店エルフィ。
シュネーバルという菓子の知名度があまりにもないからか、店主が全く集客に動かないからか、当初はお客はなかなか来なかった。
ところが、地元の高校生である霜山六花が寄り付くようになってから、少しずつ変化が出てきた。
六花は三ヶ月後の正式なアルバイト採用に向けて、試用期間の名目でエルフィを手伝うことになった。この店に来て氷のように重かった心が軽くて温かくなり、何かやらずにはいられなかった。
六花は親友の望月恵玲奈がドイツへと転校していった後、思い切って高校の漫画文学サークルに入部した。今まで成績優秀で近寄り難かった霜山六花が自分から歩み寄ってきたので、部員たちは大歓迎。部員たちは活動後には六花の働くエルフィに寄りつくようになった。
部員たちはシュネーバルを模した「雪丸くん」なるキャラクターを作り、黒板型の立て看板に楽しく美しく描いて店外に立てた。噂を聞いて美術部や書道部の学生も来て、さらにはスポーツ部の同級生たちも「小腹を満たすのにちょうどいい」と、部活帰りに寄るようになった。
高校生が集まると駄菓子屋のゲームコーナーのようにうるさい雰囲気になるものだが、店内がドイツ中欧風の上質な雰囲気だからか、あの成績優秀で寡黙だった霜山六花がにこやかにきびきびと働いているからか、高校生たちは案外おとなしく淑やかに時間を過ごしている。
あまりに六花が働くので、店主の白瀬淡雪にも時間に余裕ができ、外回りの売り込みに出かけるようにもなった。
アコーディオンカーテンが開いてコックコート姿の柊氷見子が追加のできたてシュネーバルを持って現れると、店内で歓談していたスポーツ部の男子部員たちが一斉に立ち上がり、最敬礼のごとく頭を下げる。
「ヒミコ先輩、ちわっす!」
「ヒミコ姐さん、ちわっす!」
うるさいはずの高校生たちが大人しいのは、等々力第一高校の先輩である菓子職人の氷見子の存在も大きいようだ。氷見子にはどうも只ならぬ威圧感があるらしい。「姐さんて。ここ暴力団じゃねえぞ」と氷見子は苦笑しながらも、後輩たちに挨拶を返していく。
ドイツに発った望月恵玲奈の影響も大きい。恵玲奈はミュンヘン近郊の様子を、レポート記事をMemotteのエルフィのアカウントの中で書くようになった。等々力第一高校の生徒には美少女の望月恵玲奈が気になっていた男子生徒も多かったようで、記事をチェックして情報を得ているようだ。
「いやあ、六花と恵玲奈のおかげで、お客さん増えてきたな。まあトドイチの生徒ばっかだが、誰もいないより嬉しいもんだ。生徒の親御さんたちもちらほら来てくれてるしな。あの淡雪のバカだけだと、どうなってたことやら」
閉店間際、お客がいないタイミングを見計らって、氷見子が六花にお礼の言葉を伝える。淡雪は不在なので、言いたい放題である。
「はい。無給期間は3ヶ月の約束で、それ以降はバイト代もらおうと思うんで、もっとたくさんお客さんを呼べるようにがんばります。バイト代貯めて、ドイツに遊びに行くんです」
「六花は高校生なのにしっかりしてんな。私が高校生の時だったら、六花や恵玲奈みたいなアイデアは出てこなかったかもなー」
「氷見子さんはどうしてこの店で働こうと思ったんですか? 淡雪さんとは最近知り合ったって言ってたけど、どうしてここで働いてるんですか」
「お、それ訊いちゃう?」
六花に質問を投げられて、氷見子は頭を掻いた。自分のことを語るのは照れくさい。しかし、いつかは伝えておかなくてはならないことだろうから、淡雪本人がいない今が一番いいのかもしれない。
氷見子は後輩の六花に、自分の過去のことを語り始めた。
(つづく)




