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第10話 別れの日


挿絵(By みてみん)



 望月恵玲奈(もちづきえれな)が転校となる前日。二人が一緒にいられる最後の日だが、それでも二人はエルフィでキャッキャと楽しそうに話し合っていた。


 愉快な様子に釣られて、奥からコックコート姿の氷見子(ひみこ)が出てくる。



「おまえら、ほんと楽しそうだな。何の話をしてんの?」


「このエルフィが潰れないようにどうしたらいいのか、経営戦略の作戦会議です」



 二人は笑顔で氷見子を見て、六花(りっか)が無邪気に答えた。氷見子が噴き出す。



「え、おまえたちがそれを考えてくれてんの?」


「はい。だってこのままお客さんがいなくてエルフィが潰れたら、私のほうのドイツ要素が消えちゃうじゃないですか。二人ともそれぞれの国でずっとシュネーバルを食べるには、この店無くなっちゃうと困るんで」


「あははは。だってよ、淡雪(あわゆき)店長。高校生のほうがやり手だな。よっぽど危機感あるぞ」



 氷見子が大笑いしながら、カウンターの奥で作業をしている淡雪に伝える。淡雪はまた頬を膨らませてムッとしている。氷見子はさらに訊く。



「で、この店が潰れないようにできる戦略、立てられんの?」


「はい。任せてください。こう見えて私たち、トドイチの1位と2位なんで」



 六花は右手でピースサイン。ヒミコも同じテーブルにチェアを持ってきて座り、興味津々で聞く。自分の給料の出所の話だ、興味は尽きない。



「ほうほう。では、このトドイチのヒミコ先輩が聞いてあげよう。でも、プレゼンは簡潔にな。まずは一言で、最初に何をするか言ってみ」


「はい。まずはこの霜山六花を、アルバイトで雇います」


「……ぷっ。あははは! おい、淡雪、こいつらめっちゃ面白いぞ」


「ちゃんと聞いてください。エルフィには公式サイトもないし、SNSも現在フォロワー2人のInphotogramだけです」


「ぷっ……。分かった分かった、ちゃんと聞くから。それで?」


「まずはバイトの私がSNSをきちんと運用します。それから、今はもうブログよりもコンテンツプラットフォームのMemotteのほうが見られるんで、私と恵玲奈でシュネーバルの魅力をどんどん書いていきます」



 六花の言葉に、恵玲奈も力強くうなずいている。



「そうです。私も六花さんも物書き志望なんで、喜んでやります。私はドイツにいるから、ドイツからシュネーバル事情も書きます。何なら、エッセイで書いて来年のMemotteの『創筆(そうひつ)大賞』狙ってます。ヨーロッパの現場からも発信をしているお菓子屋さんなんて、日本では他になくないですか? しかも女子高生二人組」



 恵玲奈も明るく説明しながらピースサイン。最初はニヤけていた氷見子の顔は次第に真剣味を帯びてきた。耳で聞いていた淡雪も、いつの間にかカウンターから出てきて話に混じり、全員のティーカップに紅茶を供しながら聞いている。


 氷見子は二人の意見に感心しながら、さらに詰める。



「なかなかいいが、今のうちは六花をバイトに雇ったり恵玲奈に執筆料払ったりする余裕なんてないぞ」


「最初の3ヶ月は無給でいいです。その代わり、試作のシュネーバル食べさせてください。コネではなくて一般募集で採用したという既成事実を作る必要があった時のために、こういうのも作ってきてます」



 六花はA4サイズの用紙を取り出して、両手で広げて見せた。



「アルバイトスタッフ募集! 試用期間3ヶ月。賄いのおやつにシュネーバルが出ます。お問い合わせ:エルフィ白瀬淡雪」



と書かれてある。氷見子が壮大に紅茶を噴き出して濡れてしまう。このあたりの発想や勝手に進める行動力は、いかにも高校生らしい。


 望月恵玲奈も自分の文章力や表現力の鍛錬になるからと、完全にボランティア志望である。今はリモート会議でいつでも顔を合わせられる時代だ。ドイツに行ってもこうやって日本のみんなと経営会議などやってみたい。


 今は全然お客さんがいないのをいいことに、四人は楽しく経営会議をやった。霜山六花と望月恵玲奈の合流も、自然に決まってしまった。


 女子高生二人がシュネーバルをほおばって楽しく話している姿を見ながら、氷見子は一緒にカウンター奥に戻った淡雪の肩をポンと叩く。



「あの二人、もう明日には遠く離れるようには見えないな。二人の心はまだ凍って見えるの?」


「いや、もう二人とも、心の氷は解けて消えかけてる」


「さすがは淡雪。二人分も凍った心を解かしてあげられたんだな」


「ううん。私は、凍った心が見えるだけ。それを解かしてあげることも、運命を変えてあげることも、私にはできない。自分の心を解かしてあげられるのは、自分しかいないから」



 淡雪は二人を見ながら答え、氷見子は苦笑してまた一つ淡雪の肩を叩く。


 心が凍てついていた二人の女子高生は、自分たちから一歩温かい世界へ踏み出すことで、自分の凍った心を解かしたのだ。淡雪の言ったことは、そういうことだ。


 翌日、望月恵玲奈は親と共にドイツへと発った。


 霜山六花には寂しい気持ちはなかった。遠く離れた親友と、これから一緒にいろんなことができる。そんな期待の気持ちで、心は熱々に燃えていた。



 エルフィは世田谷区等々力(とどろき)にある、ドイツ菓子シュネーバルの専門店。


 凍った心が見える女性店主がいて、訪れた人の心はなぜか温まる。


 小さな奇跡が生まれて、それがやがて大きな奇跡になる。そんな不思議なお店。



(第一部 完/第二部へつづく)

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