第9話 本当の親友
望月恵玲奈がミュンヘンの地名を口にすると、霜山六花はすぐに淡雪の顔を見上げて尋ねた。
「淡雪さん。ミュンヘンもドイツ南部ですよね。ミュンヘンでシュネーバルは食べられますか?」
「うん。私が現地で修行してた時は、ミュンヘンにもシュネーバルの専門店はあったし、クリスマスマーケットでもお店をよく見たよ」
店主の淡雪はにっこりと微笑んで返す。
シュネーバルはローテンブルクというバイエルン州にある城塞都市の名物菓子だが、ミュンヘンはそのバイエルン州の州都。州の各地の名物が集まるミュンヘンでも当然、シュネーバルを見ることができる。
六花は目を輝かせながら、恵玲奈の瞳を見る。
「このお店、先週オープンしたばかりなんだって。だから私は、望月さんがドイツで食べられるものと同じものを、いつでも食べられるの。距離は離れてしまうかもしれないけど、日本とドイツで同じ星空が見られるように、いつも同じお菓子を目にできて、相手のことを常に思い出せる。そんな友達に、なれないかな私たち」
「霜山さん……」
望月恵玲奈の目からさらに涙が溢れる。六花も自分の言っていることは論理的におかしい気もするが、とにかく友達になりたい、一緒の体験をしたい、そういう気持ちを伝えたくてしょうがない。
そしてその気持ちは、届く。恵玲奈がつぶやく。
「あの……。六花さん……って呼んでいい?」
「じゃあ私も、恵玲奈さんって……。モッチーとかのほうがいい?」
「恵玲奈でいいよ……。六花さん」
「分かった、恵玲奈さん。いや、恵玲奈。食べようよ、シュネーバル。ひと足先に、私と一緒にドイツ気分だよ。ね?」
「うん。楽しみ」
二人は笑い合う。元は球体のシュネーバル2種類を、淡雪店主が半分に切ってくれて互いを合わせ、半々の球体にしてくれている。二つで一つ。まるで自分たちの今を表してくれているような気がした。
「美味しい!ドイツに、こんなお菓子があるなんて!」
恵玲奈は目を輝かせてシュネーバルを頬張っている。
シュネーバルは平たい紐状のクッキー生地を手のひらサイズの球体にして揚げた菓子で、プレーンは粉砂糖がまぶしてある。慣れていない人は、どう上品に食べようとしても、ポロポロと下にこぼれるし、口の周りが砂糖だらけになってしまう。
でも、それが楽しい。いつも上品に振る舞っている恵玲奈の口周りに粉砂糖がつき、いつも物静かな六花が変に割れたシュネーバルの破片にまみれ、お互いの汚れ方を見てつい笑みが込み上げてしまう。
望月恵玲奈は嬉しかった。これまで何度も転校を繰り返し、「忘れないでね」「覚えていてね」という約束は何度も同級生と交わした。しかしその大半は定例の別れ文句であり、幸い文通になっても数回で自然消滅する。友情とはそんな儚いものだと思っていた。しかし霜山六花はお決まりの「忘れないでね」「覚えていてね」ではない、忘れようにも忘れられない方法を見つけ出してくれた。そこまでやってくれた同級生は今までにいない。これが「本当の親友」なのではないかと、恵玲奈は強く感じた。
サクッと香ばしいシュネーバルの風味。こんなに美味しいお菓子の本場にこれから住むようになるんだと考えると、ワクワクした気持ちも強まる。
「ねえ、六花さんも、ドイツに行ってみたい?」
「行く行く! アルバイトでお金貯めて、ミュンヘン行きたい。恵玲奈と一緒に現地のシュネーバルも食べてみたいなー」
「私も同じこと考えてた。小説の話もそんな感じになりそう」
「『見せてよ星空』がドイツのストーリーになっちゃうってこと? それも面白そう」
二人は創作意欲が湧いてきたのか、ノートを取り出していろんなアイデアをメモし始めた。淡雪は二人の邪魔をしないようにカウンターへと戻り、たまに出てきて紅茶を入れてあげた。
その日から、霜山六花と望月恵玲奈はその転校の別れの日まで、毎日のように放課後にエルフィにやって来た。小説の意見を言い合ったり、ドイツの話をしたり、またそれぞれ勉強や読書など別々のことをやったり。異なることをやっていても、一緒にいられるという時間が幸せだった。
(つづく)




