第0話 エルフィへようこそ!
■淡雪シュネーバル 作:紘野 流
「見てください! 閑静な住宅街の中で、この大行列! 皆さんのお目当てのお菓子がこれ、いま私が手に持っている、シュネーバルという話題のお菓子なんですけども」
女性レポーターが野球のボールほどの大きさの球状の菓子を手にして、生放送のカメラの向こうの視聴者に伝えている。
「んー、サクサクッとした歯ごたえと、ホロホロと口の中で溶けていく食感。鼻に抜けていく甘い香り。お子さんもみんな大好きな味ですね、これは。ドイツ南部の名物ということなんですが」
シュネーバルと呼ばれる菓子にかぶりついた女性レポーターは、粉砂糖にまみれた口周りを手で隠しながら、目を見開いてもぐもぐと口を動かす顔をカメラに見せる。
その生放送番組では、さらに行列に並ぶお客数名のインタビューが流れ、シュネーバル専門店エルフィの紹介のナレーションが入る。
「いま大ブームのシュネーバル。その先駆けとなったエルフィは、等々力本店をはじめ二子玉川店、三軒茶屋店など世田谷区内に六店舗、さらに今年は東京駅や羽田空港にまで出店。そのお味は各界の有名人も絶賛。元ドイツ代表で現在はJリーグで活躍するカール・ハインツ・エッティンガー選手、オーストリア大使館のルドルフ・フォーグル駐日大使、イタリアの経営誌で『世界を変える女性50人』にも選ばれたシューリペア会社の由良愛友美社長、ヨーロッパ10都市ツアーを成功させた女流講談師のはやともあかりさんなど、ヨーロッパゆかりの多くの著名人もこぞって大絶賛している、いま大注目のお店なのです」
中継カメラは行列を横目に店舗の中に入り、女性レポーターがスーツの上から白いエプロンを身につけたうら若い女性の横へと滑り込む。
「それでは、社長に話を伺ってみましょう。大人気ですね、この行列」
「ありがとうございます」
「とってもお若い社長ですが、社長、いまのこのシュネーバルのブーム、どういうお気持ちですか」
「注目していただいて、とても嬉しいです。私たちは日本古来のおにぎりやアメリカのハンバーガーのように、このシュネーバルは普遍的な食べ物として定着するものだと信じています。ブームだからと浮かれず、お客様に楽しんでいただけることを第一に取り組んでいます」
社長と紹介された女性はハキハキとインタビューに答える。混み合う店内の音に負けじと、女性レポーターはさらに高い声で続ける。
「さらに今年は世田谷区内に二店舗も出店予定とか。目覚ましい出店攻勢ですが、やっぱりブームに乗って一気に成長しようと?」
「いえ、新規出店は売上を拡大したいわけではないんです。この等々力という街は静かな住宅街なのですが、いつもこのように大行列になってしまい、近隣の住民の方々にご迷惑をおかけして申しわけなくて。少しでも他に買えるお店があればいいかなと」
「なるほどー。ところで社長は現在、現役の国立大学の大学生とのことですが、若くしてその経営手腕が注目されていますね」
「いやいや、私は別に凄くないんです。私は初代店主からお店を預かっている二代目店主にすぎないんです。ブームになる前、お店に誰も来ない閑古鳥の頃からシュネーバルに全てを賭けてきた初代店主がすごいだけなんです」
「そうなんですね。では最後に、視聴者の皆さんに一言」
「辛かったり悩んでいたりで心が冷え切ってるな、凍てついてるなと感じてる皆さん。ぜひエルフィのシュネーバルを食べに来てください! きっと凍った心が、温かくとろけて幸せな気分になりますよ」
あっという間に、人気の情報番組の取材は終わった。この生放送で、またお客の数は増えるのかもしれないと、女子大生社長は気を引き締める。坂道に続く行列を整理するために、店の外に出る。
今か今かとワクワクしながら順番を待っているお客さんたち。受け取って包み紙を手に頬張りながら食べ歩くお客さんたち。たくさんのお客さんの笑顔を見て、若き女性社長は目を細める。
「こんなにもたくさんの人が、笑顔でシュネーバルを楽しんでくれてるんですよ、淡雪さん。私には凍った心なんて見えないけれど、みんなきっと心は温かいですよね。淡雪さん、今ごろどうしてるのかな……」
女性社長は青く澄んだ冬空を遠く眺めて、初代店主の名をつぶやいた。
(つづく)




