第六章 大きいのはキライ
「ニーナったら遅ぉい…」
パールが頬を膨らませて待っていた。
「あらあら、ごめんなさい。立ち話をしていたものだから」
「ちゃんと持ってきてくれた?」
「ええ、もちろんですとも。これでいかがです?」
「わあ、きれい」
ニーナはパールの装飾品を取りに行っていたのだった。
今日はダンスの授業があるので、そのドレスに合う飾りの調達だ。普段と違い襟が大きく開いていて胸元の露出度が高い。首が寂しくなるので、首飾りも自然と派手になる。ニーナの選んできたものは大きな赤い石を中心に周りをビーズで編むように繋げてあり。胸元の三分の一くらいは覆ってしまうような代物だった。
「でも大きいのねえ。それに重そう」
パールが素直な感想を漏らす。
「このくらいありませんと、姫さまの胸の貧弱さが隠せません」
はっきりと言う。
さすがのパールも嫌な顔をした。それはパールのコンプレックスのひとつでもある。
「パール、ごはんちゃんと食べてるよ。でも大きくないんだもん。しょうがないじゃん」
「それはよくわかっております」
「じゃあそんなこと言わないでよ」
「ニーナは事実を申し上げただけでございます。姫さまにも自覚しておいていただかないと、後々恥ずかしい思いをされると思えばこそ、申し上げたのです」
そんな、フィシスみたいに畏まって言わないで!」
ニーナはパールと二人だけの時はタメ口を利く。但し、二人きりであっても侍女として対している時や人前では『パール』とも呼ばないし、言葉遣いも丁寧だ。時々、パールはそれが不満になる。
「あああ、どうしてもっと大きくならないのかなあ…揉んでると大きくなるってほんと?」
「誰からそんな下劣なことを聞いたんです?とんでもありません。こういうものは生まれ持ったものなのです。男の方が皆巨乳好きとは限りませんよ」
「そうかなあ…。でも、胸の大きい子は皆彼氏がいるよ?」
「そう思って見るからそう見えるのです。そら、ニーナにはいないでしょう?」
パールは思わずニーナの胸を見た。確かにでかい。
皮肉か?とも思った。
「胸が大きかろうが小さかろうが、一平さまがいいのならそれで結構ではありませんか」
慰めるつもりでニーナは言った。あの誘惑に抵抗した一平なら多分そんなことはないだろうと思ったのだ。
「うん…」
パールは真剣に悩んでいる。
「一平ちゃん、そんなこと言ったことないよ?」
「それでは一度訊いてみたらいかがです?」
どんなに慌てふためくことだろうと想像すると吹き出したくなる。
(意地悪かしら?私…)
「そうだね」
すんなり納得されて逆にニーナは慌てた。それは淑女の振る舞いではない。
「…冗談ですよ。お願いだからやめてくださいな」
こういうところが子どもだと言うのだ。一平の悩みの深さが痛いほどわかった。
「そんなことより…さ、お召し替えして。首飾りをお付けしますから」
「はあい…」
気まぐれで素直。少女のこの無心さを、一平同様ニーナは心から愛しいと思った。
朝食にパールはその格好で現れた。
先に来ていた一平は思わず息を呑んだ。
胸が露出していることにもだが、腰の括れもはっきりとわかるスタイルのドレスだ。珍しいことに髪も結い上げてあるので大人びて見える。薄化粧を施しているのか、華やかさがあった。
一平はパールが席に着くのをぼうっと眺めていた。傍目にもはっきりと見惚れているのがわかる。
横のキンタに小突かれて我に返った。パールの輝くような笑顔が自分を見つめている。
「おはよう、一平ちゃん」
いつものキスを仕掛けてくる。が、一平にはほとんど意識がなかった。昨夜あんなことがあったので、今まで通りに接することができるかと半ば不安だったのだが、おかげで無事に通り過ぎた。
「どうしたの?」
「え…」
「パール、変?」
「いや…」
「きれいだって言ってやんなよ」
横からキンタに耳打ちされる。
「何か…あるのか?今日?」
無粋な、と思いながらもこんなことしか言えなかった。
「うん、ダンスの授業、楽しいよ」
「パールもそんな格好をすると一人前の女性に見えるものだな」
オスカーが感心して言った。
「後で私と一曲踊ってもらおうかな」
「だあめ!」
父は娘に一蹴される。
「パールのパートナーは一平ちゃんだもん。一平ちゃんと踊るために習うんだよ」
(え…)
パールが言い終わる間にも、一平は赤くなったり青くなったり忙しい。
王さまを差し置いてそう言ってくれるのは嬉しいが、ダンスだと?そんなものはフォークダンスと盆踊りしか知らない。
そう、ここは王国だった。思い至らなかったのが不覚なのだ。
「ごめん…パール…。オレは踊れないよ。習ったことない」
「ええ、やだあ…」
あからさまにパールは不満げな声を上げる。
横でキンタがくすくす笑い、オスカーは今度こそ自分の出番と、期待いっぱいの顔で待っている。
その時シルヴィアが言った。
「では、パールが教えておあげなさい。一平どのも知っておいて損はないでしょう」
余計なことを言う、と言う目でシルヴィアを見たのはオスカーだった。
一平はありがたいやらありがたくないやら、複雑な心境だ。
「はい、おかあさま」
一番元気に答えたのは当然パールである。
「お勉強が終わったら来てね。教えてあげる」
さっさと約束を取り付けた。
引き上げる時、興味深げにキンタが言った。
「お姉ちゃんて、そんなに胸でかかったっけ?」
「うふ、これ?…実は、まがい物なの」
正直にパールは白状する。
海綿を乳房の形に切ったものを挟み、服で締め付けて胸の谷間を作っただけなのだと言う。
自分の前でそういう話題を振るキンタにも、恥ずかしげもなく暴露するパールにも閉口したが、一平が何より嫌だったのは、パールがそんなものを使ってまで胸を大きく見せていたと言う事実だった。
赤くなったり呆れたりしていた一平だが、何となく不愉快だったのが態度に現れていたのだろう。キンタが訝しげな視線を向けてきた。
「一平?」
「……」
「どうしたのさ?」
「……やめろよ…」
「えっ?」
ぼそっと言った言葉に二人は驚いた。
「…そんなもの、入れない方がいい…」
言い捨てて、足早に一平は去った。
何を怒っているのかわからず立ち竦むキンタの横で、パールは嬉しそうに笑っている。
パールは胸に手を突っ込んでパットの海綿をつまみ出すと放り投げた。
「わーい‼︎」
ひとりはしゃいで部屋へと帰って行った。
(お姉ちゃんも変だ…)
キンタはちょっとゾッとした。
「ニーナの言った通りだった」
パールは早速報告する。
「何のことです?」
「胸のこと」
パールは満面に笑みを浮かべて答える。
ニーナは目をぱちくりさせた。
「……お尋ねになったんですか?」
あれほど言ったのにこの子は全く…と呆れ顔になる。
「訊けないよう、そんなこと…」
無邪気の権化のパールにも口にできないことがあったのだ。訊いてみようとは思っても、いざとなると一平の返事が怖くて聞き出せないらしい。そう思うとニーナも少しほっとした。
「ではどうしてわかったのです?」
却って不思議で尋ねた。
「あのね…」
引き上げる時の一件を口にする。
「それって、大きいのはキライってことでしょう?」
(そうだろうか⁉︎)
ニーナはそう思ったが口には出さなかった。男にとってはないよりもあったほうがいいはずだと思うのだが、あの男に関してはどうもよくわからない。どういうつもりで言ったのだろう?
だが、ニーナは優しく相槌を打つ。
「それはようございましたね…それで、パットはどこに?」
往きよりも萎んだ胸元に気づいてニーナは問うた。
「……捨てて来ちゃった…」
「どこにです?」
「…食堂…」
ニーナは片手で額を抑えた。
下着にも等しいものをこの子は…。
公の場に丸ごと放り出してきてしまったとは。
絶対に男性の目についているはずだ、と嘆いた。
(仕事がひとつ増えたわ…)
ニーナは急いでパットの回収に向かった。




