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第十四章 拉致

「天幕まで送って差し上げてもよろしかったのですよ」

 一平が戻るとフレックが言った。

「いや…。パールはわかってくれているよ。賢い子だから」

「本当に…仲睦まじくて羨ましいですね。実にいじらしい姫さまだ。隊長は幸せ者ですな」

 フレックはこともあろうに上官をからかおうとしていた。

「よせよ…」

「しかし…もっと熱烈なラブシーンが見られるかと思いましたが…いつもあんな調子なので?」

「よせと言うのに…」

 からかわないでくれと、一平は途方に暮れた。

 そこへ医師団の長のアーサーがやってきた。第一中隊が出発することを聞き、暇乞いの挨拶に来たのだ。

「隊長どの…」

「アーサー団長…」

「早晩ご出発とお聞きしました。お役目ご苦労様です」アーサーはそう言って、深々と頭を下げた。「…チラコッタの暴走が収まっていたのは幸いでございましたね。ご依頼の件ですが、三日後には調査の結果が出る見込みです。ですが一平どのはこちらにはおられませんでしょうな」

「ああ。オレたちはトリーニから直接トリリトンに戻る予定だ。チラコッタのことは第二中隊長のヴァルスに報告しておいてくれ。ヴァルスの隊はもう二、三日はこちらに留まらせるゆえ、力仕事に限らず何でもどんどん申しつけてやってほしい。あなた方もあまり根を詰められず体を労りながら尽くされるようお願いする」

「ありがたきお言葉でございます。さすが我が姫さまの見込んだお方じゃ。お優しいお計らい痛み入ります」

 アーサー医師はもう四十を越える。海人としてはかなりの高齢だ。足腰がピンシャンしているので現役バリバリだが、柔らかい物腰と重ねた年輪が風格を感じさせた。

 パールのことは娘―いや、孫のように可愛がっていて、その稀有な能力が邪な者に狙われねばよいがと、密かに危惧している人のよい老人だ。

「…彼女には及びませんよ。あの純粋さには、逆立ちしてもかなわない」

 目尻を下げて微笑み返す一平にアーサーもうむうむと頷いた。


「アーサーどの」改まった調子で、一平は呼び掛けた。「パールをよろしくお願いします。…オレが言うべきことではないのかもしれないが…。任務上私情を交えてはいけないのは重々わかっている。だがオレは…今回はどうやら彼女に辛い思いをさせてしまったらしい。あの子のことだ。一夜明ければ気を取り直して明るく振る舞うことだろうが、から元気と言うことも大いにあり得る。気をつけて様子を見てやってほしいのだが、お願いできるだろうか?」

「ほっほっほっ…。あの娘も幸せ者じゃ。一平どののような心優しい偉丈夫にここまで惚れられてはのう…」

「アーサーどの。おからかいにならないでください」

「いやはや…ご心配召さるな。陛下からも、姫さまの体調のことはくれぐれもよろしくと厳重に注意を賜っている。決して無理をさせるつもりはないゆえ。しかし、寂しい心は誰にも埋めて差し上げることはできぬからなあ。一平どの以外には」

「……」

 どうしようもないことを言われては困ってしまう。

「…先ほどは、節度のあるお振る舞い、感心いたしましたぞ。あそこで熱い抱擁シーンなど見せつけられては、あなた様の評価は確実に下がっていたでしょうな。自制の効かない指揮官だと」

 アーサーにも見られていたのだ。最前のパールとのやりとりを。

 だが、不快ではない。衆人の目があることはいやと言うほど意識していた。その中でどうやったらパールに思いが伝わるのか、考えに考えた結果があの対応だったのだ。

 力の限り抱き締めて、熱い口づけで満たしてやりたかった。さっきのパールはいじらしくで、それでいて芯の強さを表出させていた。一平は精一杯の思いを込めて、パールの手の甲に触れた。凝縮された思いが、唇から矢のように迸り出ていたはずだ。

 パールは受け止めてくれた。一平を見つめ返す深く青い瞳は、切なげに潤んで歓喜の光を湛えるのを一平は見た。

 よく、それで我慢できたものだと思う。一平自身も、あのパールでさえも。

 パールは確実に自分の気持ちを抑えることを学んでいた。         天衣無縫で自分の心を包み隠さず表してしまう、あの子どもそのものだったパールが…。

 だが、その時の一平はまだはっきりとパールの成長を認識していたわけではなかった。守ってやらねばならぬか弱い存在であるだけではなく、ひとりの人間として、自分の力で何かを成し遂げられる大人へと、一歩一歩踏み出す強さを、パールは備えつつあった。そのことを一平はまだ漠然としか感じていなかった。


 一平たちがキルアを発って半分近くに減った一行だったが、寂しさなど感じる暇はありはしなかった。三百人の怪我人を二十人のお医師が診るということは、ざっと計算してもひとりにつき十五人は診なければならない。一口に診ると言っても、施術は大変な労力を必要とするのだ。有能な者は出血を止めるくらいはできるが、そのためには多くの時間が必要になる。出血多量などの原因で弱っている者には生気移しの術を施さなければならない。これがまたお医師の体力を激しく消耗させ、施術の後は使い物にならなくなってしまうことが多いのだ。二十人いるからといって、額面通りに計算できない実情がある。

 そんな中で、毒消しができるのはパールただひとりだった。今回は、チラコッタが見境なく毒を撒き散らしている。大かれ少なかれ、人々は毒の被害に遭っており、従ってパールの診なければならない患者の数は膨大な数に上っていた。

 それでもパールは文句ひとつ言わずに働いた。自分のできることはこれしかないのだから。

 ―おまえにしかできないことをしろ―

 一平が残していった励ましの言葉を反芻しながら、パールは施術に専念した。

 三日も経つと医師団の手元に残っている患者の数は五十人ほどに激減した。チラコッタの暴走のために家を一部壊された者も多く、動けるようになった者は次々と自宅に帰って修理しなければならなかったのだ。四日目には目の離せないほど重症な者はいなくなり、元々の村のお医師も治療に当たれるくらいには回復した。

 怪我人の搬送や雑務をこなしながら、キルアの村の復興にも尽力していた第二中隊は、家屋の損害も村人たちでどうにか賄えそうであることを見届けた後、五日目にはトリリトンへと撤収した。

 医師派遣団もそろそろ自分たちが用済みであると判断し、撤収の日時の協議に入っていた。

 そんな中、パールは変わることなく人々の治療に携わっている。

「大丈夫ですよ。すぐ痛みは収まりますからね」

 優しい声が患者を癒す。

 パールは次々と患部に手を当て、念じては歌を奏でる。他の医師たちとは異なる独特な治療法は、人々に驚きとともに畏怖の感情を芽生えさせていた。

 怪我の程度にもよるが、傷口がみるみるうちに塞がってゆくのを目の当たりにして、誰もがパールに手当てをしてもらいたがった。毒消しの術に至ってはまるで魔法を見ているようであった。キルアの村の誰ひとりとして、いや、同行したお医師でさえ、薬も何も使わずに毒を中和する方法を目にしたことはなかったのだから、パールひとりに患者が殺到するのは無理もないことだった。

 アーサー医師は、はじめのうちはパールを休ませることに苦労した。適当に切り上げるように言っても、心根の優しいパールはできるだけ多くの人と接して傷を治そうとする。この華奢な身体のどこにこんな力があるのかと、不思議に思わずにはいられないほどか細い姿は、人々の間に紛れればすぐ見失ってしまう。

 だが、パールがどこにいるのかはすぐにわかる。

 人だかりがしているためでもあるし、パールが施術をすると、うっすらとだがその周りにオパール色の光が発生するからだ。伝説の癒しの力の主の噂は、このキルアからもますます広められていった。


「疲れただろう、パール君。もうそのくらいにして休みなさい」

 アーサー医師が言った。キルアに来て五日目の夕方のことである。皺が刻まれた彼の顔にも疲労の色が濃い。

「はい、尊師。ここを片付けたらおしまいにします」

「片付けなど手の空いているものにさせるから、君は身体を休めなさい。お医師はまず自分の身体を大切にしなければいけないよ。君の場合は力を使うことイコール体力の消耗だから特にね。派遣先で倒れでもしたら、陛下に顔向けできん」

 そうなのだ。小さな傷ならばともかく、毒消しをしたり細胞賦活をしたりすることは、極端にパールの体力を奪う。一平との旅の間によく倒れたのは、元々病弱であり体力も育ちきっていなかったからでもあるが、施術したが故の作用だったのだ。

 昔に比べ格段と丈夫になった今でさえもその点は改善されていない。

 派遣団に参加するに当たっててオスカー王が出した条件は、健康管理をきちんとするということであった。

 目の中に入れても痛くないほど可愛がっている娘だ。王女であるがゆえに同行のお医師たちも気を違う。

 パールは答えた。

「やってもらうほどではありませんから」

 ここではパールは王女ではなく、一学生である。下っ端の仕事を疎かにする気はさらさらなかった。

 こういう面も、実に好ましい、と、医科の教授たちは見ていた。偉大な力を持つ彼女は王女である。それなのに身分の高い者にありがちな権勢欲とか優越感とかいった鼻持ちならなさがカケラもない。その上に充分可愛らしい女の子なのである。

 シルヴィアと比べるとどうしても可もなく不可もなく…と言うふうに見られてしまいがちなパールであったが、パールの性格をよく知る医科の者たちには非常に受けが良かった。本気で、実際よりも美化して他の者に話してしまいたくなるのだ。心が美しい人は見かけも美しく見えるということの証明であろうか。

 お医師たちは皆仮眠をとりながら交代で夜も治療に当たっていたが、パールだけは十分な睡眠を取るように配慮されていた。だが、いよいよ明日にはキルアから撤収と決まると、それまでの厚意を返したいと、パールは自ら夜の当直番を願い出た。お医師たちの睡眠不足を少しでも解消してあげられたらと思ったのだ。 そんな気遣いは無用とお医師たちは言ったが、パールが言い出したら聞かないこともそれまでの経験上わかっていた。結局パールは一番若くて体力があるセレムと一緒に最終夜の当直をすることになった。この時点で目の離せない患者はもういなかったので、交代で見張る必要もあまりない。二人は共に仮眠をとっていた。

 

 異変はその夜起こった。

 当直用の天幕に二人の男が忍び込んだのだ。

 眠っている二人のお医師の髪の色を確かめると、珊瑚色をしている方をそっと運び出そうとした。

 物音に目を覚ましたセレム医師がただならぬ様子で誰何する。

「誰だ?何をしている?」

 その声に動揺し、運び出されていたパールの身体も揺らされた。

「何をするんだ⁉︎」

 王女を攫おうとしているのだと気づいたセレムは、勇敢にも近くにいた方の男に飛び掛かった。

 男はパールの足の方を支えていたが、バランスを崩したために王女の目覚めを誘ってしまった。

 突然起こされ、目を瞬くパールは、肩を掴まれているので宙吊り状態だ。

(…何⁉︎)

 状況を把握しようと努めるが、半分以上はわからない。

 セレムに飛び掛かられた男は短剣を抜いて抵抗していた。闇雲と言ってよいほどに振り回し、ついに切先がセレムの胸を裂く。

「うあっ…」

 鮮血が吹き出した。

「きゃああああ…」

 さすがに頭がはっきりした。

 パールを捕まえている男は慌ててパールの口元を押さえるが、パールはもごもごと抵抗して振り解こうとしている。口を押さえる男の手を両手で引き下ろし、叫んだ。

「せんせい‼︎セレム尊師‼︎」

「静かにしろ!」

 セレムの傷は浅くない。パールにはすぐにわかる。出血を止めてすぐに手当てをしないと死んでしまう。

「いやあ、はなして!」

「静かにしないか!」

「尊師が!…セレム尊師が死んじゃう‼︎」

「おまえはこっちへ来るんだ」

 無理矢理出口の方へと引き戻されるが、バールはセレムの怪我のことしか頭にない。

「だめえ‼︎」

 必死の形相で男を睨み付けた。というか、目を見て訴えた。

 その途端、稲妻が走ったかのように辺りが光る。

「うあっち‼︎」

 パールを捕らえていた男はひどく熱いものにでも触ったかのように飛び退いた。撥ね飛ばされた感じに近い。天幕に寄り掛かり、頽れた。


「せんせい‼︎」

 それには構わず、パールはセレムに駆け寄る。意識はあるが出血がひどく蒼白だ。仰向けのまま胸を押さえて苦しがっている。

「…逃げなさい…パール君…」

「だめです。手当てをしないと」

「…逃げなさい。あいつらは君ひとりを狙っている…今のうちに…」

 もうひとりの男はこの成り行きに、何が起こったのかと動転して棒立ちになっている。チャンスは今しかない。

 だが、パールは動かない。

「尊師を放っては行けません。死んでしまいます」

「…追っつけ、皆も気がつく…大…丈…夫だ…」

 次第にセレムの語句の間隔が開いて行く。早くしなければ。

 パールは焦る。だが気持ちが焦って歌が出てこない。

 とにかく、まず手当てだ。パールは両手をセレムの傷口に当てた。心を落ち着けようと深呼吸を試みる。

 そこへ、我を取り戻した男が、再びパールを連れ出そうとした。

 バチッ。

 触れようとした途端にまた光った。手が痺れる。

 何なんだ⁉︎と立ち竦む男にパールは振り返る。

「私に用がおありならきちんとおっしゃってください。今はこの方を治すのが先です。四半時、いえ、その半分でいいから待っていて!」

 あどけない姿に似合わぬ毅然とした態度で言い渡され、男は呆気に取られる。まだ痺れている右手をもう片方の手で摩り、後ろで転がっている仲間を一瞥した。

(お願い。ピピアさま。力を貸して。パールが歌を歌えるように)

 思い詰めた表情で目を瞑り、一心不乱に祈り続ける。

 前にもこんなことがあった。あれはいつだったか。数えきれるほど幾度も、パールは一平の手当てをしてきたが、旅の間は確たる自信などなく、歌えないほど千々に心乱れて絶望的になったものだ。

(健太…)

 面白い表情をして人を笑わすことの上手い少年のことが思い浮かんだ。

(健太、力を貸して。パールに歌わせて…)

 眼裏に蘇る。あの時の光景が…。

 そしていつしかパールは歌を口ずさんでいた。

 それに伴い、セレムの傷が塞がってゆく。

 男は目の前に繰り広げられる奇跡の光景に目を奪われていた。男の主がこの娘を欲しがるわけだと、つくづく納得した。

 王女が口にした通り、四半時もかからず施術は終了した。

 治療を受けたセレムは、顔色が優れないながらも静かに横たわっている。そして施術を行った少女の方は力尽きて倒れていた。

(死んじまったのか?)

 恐る恐る近寄って息を確かめる。

 ちゃんと生きていた。

 背後で、ううん…と仲間が目覚めて呻く声がした。

 一瞬戸惑ったが、仲間をしゃんとさせ、チャンスに乗じた。男は少女を肩に抱え上げ、その場を後にした。


 宿営地は大騒ぎになった。

 少女が誘拐されたのだ。

 しかもただの少女ではない。

 世にも稀なる癒しの力を持つ少女。このトリトニアの国王の一人娘だ。

 セレムから事情を聞いたアーサーより連絡が入ると、すぐさまオスカーは一平をトリーニから呼び寄せた。トリリトンにではない。医師団の宿営地のキルアにだ。捜索隊を結成し、事態の解決に当たれと言う。

 一平にしてみれば青天の霹靂だ。

 五日前、宿営地で別れた時のパールの姿が思い起こされる。

 昼間は忙しそうだったが、自分の力を求められて輝いていた。だが、珍しく共に出発した任務だったのにほとんど一緒にいられないことに、寂しい思いをしていたはずだ。人目もあるので一平は、騎士の礼を装って手の甲にキスしてやることしかできなかった。

(こんなことになるなんて…)

 パールが誰かに拐かされるなど、思ってもみなかった。ポセイドニアにもトリトニアにも数々の危険はあれど、まさか王女の身分のある少女を、医師団の中から攫ってゆくとは…。

 トリーニで伝令の言葉を聞いた時には耳を疑った。

「何…だ…と…?」

 全身の血がどこかへ抜けていったような気がした。

「キルアに逗留中のパールティア姫が何者かに拉致されました。一平どのには至急第一中隊を率いてキルアに駆けつけられますようにと、陛下からのご命令でございます。現地で捜索隊を結成し、何があっても探し出せ、と」

「なぜ?いつの話だ?一体誰が?」

「わかりません。姫さまが拉致されたのは昨夜半と伺っておりますが、理由も行方も定かではございません」

「ヴァルスは何をしていた?第二中隊は⁉︎」

「第二中隊は一日前にキルアから撤退しています。医師派遣団も今日中には撤収の予定であったとか…」

 そうだった、と一平は言葉を飲み込んだ。第二中隊の撤収時期はヴァルスに任せてあったが、それを指示したのは一平だった。一平はあと二、三日もあればよいだろうと言ったが、現地の判断で四日に延長し、五日目に退いたのだ。

「どこからも脅迫や要求は来ていないのか?犯人の目星は?」

「今のところは…」

 伝令は残念そうに眉を顰めた。

「わかった。とにかく出発だ。至急隊を整え、キルアに向かう。タルボ」

 一平は近くに控えていた部下を呼んだ。

「伝令だ。物見処交代要員は予定を変更。大至急撤収してキルアに向かう。四半時後に門前に集合だ。遅れた者は置いてゆく」

 一平は指示を飛ばすとトリリトンからの伝令に向き直った。

「おまえは陛下に報告に戻れ。確かに承知したと伝えろ。命に換えてもパールを探し出すとな」

 一体何者の仕業なのだろうか。

 やはり、以前罠を仕掛けられたガラリアなのだろうか。

 トリーニでの聞き込みは捗々しい結果は得られなかった。ペニーノたちがよくガラリアに招待されていてかなり懇ろであったことは裏が取れたが、それだけでは何とも言えない。サクサ老については、パールの力を褒めるばかりで真実他意はなかったようである。医科へ要請をするようにペニーノに強く勧められたらしいので、利用されただけなのだろう。

 物見処の方は監督官のピアソラがしっかりした人物なので、情報漏れさえなければ大丈夫だろう。念のため、少しずつ中の構造も改造して、敵の目を欺く手はずになっている。

 こちらの任務は一段落だったのだが、例え中途であったとしても、一平は迷わず医師団の宿営地のキルアに駆けつけたであろう。


 キルアに着くと、医師団の面々が口々に謝ってくる。パールが一平の大事な女性であることを皆熟知しているのだ。中でも、事件発生時に一緒にいたセレムは顔色をなくしていた。

 彼とて、傷つけられ、あわや命を落とすところだったのだが、パール本人とその周りの人々に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「誠に…誠に申し訳ありません。お預かりした大事な姫さまを…私の不注意で拐かされ、面目次第もございません」

 とは言え、セレムはお医師。軍人でもなければ護衛の訓練を受けたこともない。賊の侵入を阻めなかったとて、責められるいわれはない。

「あなたも重傷を負われたのだろう。不可抗力ゆえそのように畏まらずとも…。それに、謝るのならオレではなく陛下にされるべきだ」

「しかし…パール君…いや、姫さまは私を助けてくだされたのです。ご自分が攫われようかという時に、怪我を負った私のことばかりを考えてくださり、賊を諫めて施術をしてくださいました。私も医師の端くれですからわかります。あのまま放って置かれたら私は今ここにいなかったでしょう。かなりの深手でした。あれを治せたと言うことは、姫さまはかなり体力を消耗したはずです。おそらく、意識を保っていられないほどに…。あれほど逃げろと、何度も申し上げたのに…。私を置いては行けないと…。私のせいで、姫さまは…」

 ついには言葉を詰まらせるセレムであった。

「ほんに…ご立派な…。さすがはオスカー陛下の血を引いておられる…」

 アーサー医師も同意して頷いた。

 一平は言った。

「そのように…教育してくれたのは、あなた方医科の教授方でしょう。パールはとても…医科での勉強も任務も、喜んで生き生きと過ごしていました。もし、セレム尊師を見捨てていくことになったなら、あの子のことです、未来永劫気に病んで後悔の日々を送ることになったでしょう。それについては、もうお気になさらぬように。陛下も多分、同じように仰せになると思います」

「一平どの…」

 セレム以下、お医師たちはこの言葉に涙を詰まらせた。

 確かに一平の言う通りなのである。パールはそういう娘だった。

「一平どの、どうか…どうか一刻も早く姫さまを…。姫さまを見つけ出して抱き締めてやってあげてくださいまし。あの子がいないとこの宿営地は火が消えたようです。いえ、宿営地だけではありません。修練所の医科もそうです。おそらく王宮でも、姫さまを知る人のいるどこの地でも…」

 お医師たちに仰ぎ見られ、懇願され、一平の心は複雑だった。ショックを受けているのは一平も同じなのだ。いや、むしろここにいる誰よりも大打撃を被っていると言ってよかった。だが一平は心を鼓舞して言った。

「必ず…。この命と引き換えにしてでも、パールはオレが救い出します」

 

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