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第十二章 親友

「あんたにも覗きの趣味があるとは思わなかったぞ」

 二人きりなった時に一平は言った。

「やっぱりやってたんだ」

 ナシアスの嬉しそうな反応に一平は再び撃沈した。

「おまえ‼︎…」

 口からでまかせか、と今更ながらに自分のあほさ加減を呪った。もう何も言う気力もなくなった一平は肩を落として俯いた。

「そりゃそうだよなあ。好きな女と相思相愛で手が出せないようじゃ、まともな十七歳とは言えないもんなあ」

 ナシアスは十八。一平より一歳年上ではあるが、一平同様まだ独身であるらしい。女性遍歴では大先輩であるが、ひとところにじっとしていない質のナシアスに一生ついていこうという女性には、残念ながら今まで出会えなかったのだと言う。一夜だけの付き合い、というのも数知れぬほど経験しているらしい。もちろんお相手はパールとは比較にならないような色気も華もある女たちであり、ナシアスには大して歳も違わない一平の女性を見る目が不可解であり、その奥手さ加減を知ってからは、他人事ながら焦れったくてたまらなかったのだ。

「あんたも難儀なことに首を突っ込んだもんだな」

 ナシアスは親身になってそう言った。

「そんなにいいのかい。あの姫さまが」

 パールの癒しの力を垣間見た今では、多少は一平の心持ちがわかるような気がするが、いかんせんナシアスから見ればひどくお子様だ。

「パールはオレの全てだ。何も持っていないオレの…確実に手の中にあるのは、あいつへの思いだけだ」

 真剣に己が手を見つめて一平は言った。その掌がパールであるかのように、その眼差しは深い優しさを湛えて注がれていた。

「何もって…。あんたにはもう大佐という地位があるじゃないか。揺るぎない武力だって。人々からの信頼も、名声も」

 確かにはじめは何もなかったかもしれない。一平はその生まれからして海人としては半人前だと聞いていたから。だが、隣の国まで噂が流れるほどの力と名声をあっという間に身につけた『勇者』とまで言われる存在なのに、その当の本人が自分の土俵を甚だ不確かなものと感じ、悲観しているとはどうしても信じ難かった。

「そんなものは…オレはいらない。欲しいのはパールの心だけだ。そのために必要だから頑張っているだけだ」

 何も知らない奴が聞いたら、何と思うだろう?勿体ない。贅沢な。欲しくても手に入れられない者ばかりうじゃうじゃいると言うのに、全て持っている奴ほど何もいらないと言う、と⁉︎

「欲しいのは心だけじゃないだろうが」

「‼︎」

 からかうようにナシアスは言うが、目は全然笑っていなかった。

「…そうだよ。オレの欲しいのはパールの心だけじゃない、パールの全てだ。あいつの全てが欲しい。そして、それを守りたい。…でも…」

 こんな欲望の塊でいてはいけない。それではニーナに負けてしまう。でも…だからと言ってどうすればよいのか一平にはわからない。

 パールを求めないでいることはできない。一平はニーナのようにはパールを見ることができないのだ。

「あんた…時々辛そうだよな。相思相愛なのに。何か悩みがあんのか?あの剽軽な王様のせいか?」

「…違うよ。ほんとに、個人的なことだ。陛下は関係ない。オレ個人の…未熟さの問題だ」

「…話して、みたらどうだ?オレでよければ…。尻は軽いが本当に大事なことには口は堅いぜ。…少しはすっきりすると思うがな」

「……」

 

 本当に親身になってくれている。それはわかる。この十日ほどの間に、ナシアスはかなり一平に近しい存在になっていた。彼がうわついて見えても内実は一本筋の通った頼りになる男だということも、鋭い洞察力を備えると共に、いざと言う時には素晴らしい切れ込みで動けることも、その底に人を労る優しい心を隠していることも、剣を合わせる度、身体を合わせる度に感じ取れていた。

 話してしまいたかった。トリトニアでは新参者の域を出ない一平には心の内をぶちまけられる相手がいなかった。キンタはそれなりに一平を理解しようとしてくれるが、いかんせんまだ年がゆかない。ませているようでも一平の大人の悩みを受け止めて包むだけの包容力はまだない。

 僚友どもとも仲良くやってはいたが、進歩が目覚ましく王にも王女にも気に入られている一平のことは、どこか自分たちとは違うのだと、特別な目で見ている節がある。単なる一人の男として何でも相談し合う、というところまで辿り着かないのだ。

 一番一平のことをわかってくれて、一平の秘めたる想いにメスを入れることができるのはニーナであったが、まさか恋敵のニーナに恋の悩みを相談するわけにはいかない。そもそも、する気もない。 

 その点ナシアスは他の連中とはどこか違った。トリトニアの中に一人いるジーの人間、という一種似たようなポジションにいるせいだろうか。一平にとって一緒にいてあまり気を違わなくていい数少ない人間のひとりだった。じゃれて取っ組み合うことも、真剣に向き合うこともできる。そして互いを気遣うことも。

 こんな感覚は久しぶりだった。海に出て以来初めてだと言ってもいい。

 一平は思い出す。遥かな海の彼方、空の彼方にいるであろう、懐かしい従兄弟たちのことを。

 喧嘩をしても本気で歪み合っているわけではなかった。一平はどちらかと言えば従兄弟たちの喧嘩の巻き添えになるか仲裁に入ることの方が多かったが、とばっちりで殴られても苦い思いが残ることはなかった。さえ子が怪我の手当てをする時、翼は黙って一平に順番を譲ったし、学はそっと一平の机の上に仲直りのしるしの飴やチョコなどを置いておく。それが日々のおやつの中から取り分けてしまっておき、後でひとり見せびらかして楽しむためのものだということを一平は知っていた。

 目を閉じて思いを馳せれば、楽しかった日々が眼裏に蘇る。のし掛かられた重みも、流した涙の温かさも、傷口に染みる消毒薬の匂いも…。

「あんたは時々遠い目をするよな。もういない人を探し求めているかのような…」

 ナシアスの指摘は正しい。一平はいつもいつもいなくなった人をどこかに探していた。母を、父を、従兄弟たちを…。

 日本に未練があるわけではない。一平は海へ出ると同時に地上とははっきり決別したのだ。彼はその後の人生を海とパールとに賭けることを選んだ。


 この男は十三の時にそれまで過ごしてきた場所を後にしてきたと言う。どんな場所なのかナシアスには想像もできないが、なかなかできることではないと思う。一振りの短剣と着の身着のままでの旅立ち。それまでのしがらみも思い出も全て自分の手で断ち切って旅立ったのだ。未知の世界へと。

 辛く、悲しく、寂しい道程だっただろう。はじめのうちは特に。

 そして三年。艱難辛苦を乗り越えて、彼は目的を果たした。強い意志と生き抜く力、人を思いやる大きな愛の力を身につけて、初めて見る故郷に帰ってきた。

『あんたにも惚れたよ。オレは』

 いつだったかナシアスはそう言った。一平の過去を聞き出した時、彼の為人(ひととなり)を真に理解し、こいつと共に生きてみたいと思ったのだった。

 その一平に、何か深い悩みがあるようなのに気づいたのはさすがと言うべきだろう。一平を崇拝してやまないあのレネでさえ、そういうことには気がつかなかった。尤も、レネはまだ八歳にしかならなかったが。

「性を越えて愛し合うことは…できないのかな…ナシアス」

 不意に一平の口から紡ぎ出された問いにナシアスは戸惑った。

「何?どういう意味だ?同性で愛し合うってことか?それとも性交を介さないない男女の仲のことか?」

「……」

 口に出したはいいが、説明するのは難しい。ニーナのことを話題にせずに、この目敏いナシアスに相談に乗ってもらうことはできるのだろうか。

「おい、…」

 黙ってしまった一平をナシアスはせっついた。

「うん…。オレは…オレはな、ナシアス。オレはきっと罪深い人間なんだ。オレはパールを…あのパールを抱きたいんだ。もうずっと前から。それこそ、彼女が成人する前から…」

「そりゃ…ま…当たり前だろう、そんなこと」

 成人する前から、というのがちょっと不思議だったが、ナシアスにとってはそんなことは当たり前なのだった。

「当たり前…なのかな⁉︎本当に…そう思うか?」

「好きな女を抱きたいのは、男の本能さ。何のために世の中に男と女がいると思っている?」

 男女の営みは命を次代に繋げていくためだ。海人たちにはそういう至上命令が身体の中から発せられている。地上人よりは頻繁に、もっと激しく…。

「オレは…彼女を幸せにしたい。いついかなる時も、パールの幸せを守ってやりたい。でも、それと同時にあいつの愛を得、自分のものにしたい。彼女の幸せを願いながら、自分の欲望を混同している。己の欲を満たすために日々精進している。だがそれが本当に彼女の幸せを一番に願う者のすることだろうか?自分の欲望など切り捨てて彼女に尽くすのが本当の道、真実の愛というものではないのだろうか?」

「…何言ってるんだ?おまえ…」


「だから…オレは…自分の欲を捨てるべきなのじゃないかと…」

「おい」ナシアスはずいと前に出た。一平の目の前に顔を突き出し、少々怒ったような顔で言う。「そいつを捨てたらおまえは男じゃないぞ」

「え…」

「男と女が惹かれ合うってのはな…身体の中に互いを求める要素があるからなんだ。この人とひとつになって、共通の経験と共に新しい生命を送り出す。欲がなかったらそこへは辿り着かないじゃないか。姫さんはあんたの嫁さんになりたがってるんだろう?それを叶えてやるのが姫さんの一番の幸せなんじゃないのか?叶えてやれるのはあんたしかいないんだろ。あんたが抱いてやらなきゃ、姫さんに赤ん坊もあげられないぜ。欲しがってるんだろ?赤ちゃんを、いっぱい⁉︎」

「ああ。だが…」

 そうはっきり言われるとさすがに照れる。一平ははにかみながらも必死で言葉を探した。

「どうしたんだよ、一体⁉︎」

「いや…。ああ…。いいんだ…もう…」

「何がいいんだよ⁉︎」

 わけのわからない禅問答みたいなことを言い出しておいてもういいとは何事か、とナシアスは角を出している。

「…ありがとう…。口に出してみて…少しスッキリしたよ」

「ほんとかあ?」

 疑わしい目でナシアスは一平を睨んだ。

「うん。オレの幸せはパールの幸せ、ってことだろう?あんたの言ってくれたことは」

「んーー。そういうことに…なるかな⁉︎とにかく、おまえらは男と女なんだ。しのごの言ったって、いくら崇高なこと言ったって、始まらないんだよ。やりたい時はやるしかないのさ」

「…そういうわけには、行かないと思うが…」

 秩序、節度というものがある。王女のパールを未婚の母などにするわけにはいかない。まだまだ一平は自分を抑える必要がある。

「あんた…まだ童貞だろ」

「は?」

 一瞬何を言われたのかわからなかった。

「ちょっと鍛えておいた方がいいかもしれねえな。あの姫さん相手じゃ、いざって時対応に困りそうだ」

 あちらのテクニックのことを言われているのだと気がついて一平は真っ赤になった。

「いいよ!余計なお世話だ!ほっといてくれ」

「でもなあ。あんた知ってんのか?女っていうのは…」

「いいって‼︎」

 必死に拒む一平の耳を無理矢理引っ張り、ナシアスはこそこそと男ならではの話題を吹き込んだ。さすがは経験豊富なレディーキラーである。実地訓練を除いたあらゆる知識を、訊きもしない一平の頭に叩き込んでくれた。

 真面目に悩んでたのに…と思いながらも耳をそばだててしまう自分を、一平はつくづく救えない奴だと思うのだった。


 そしてやはり、ナシアスは鋭かった。

 修練所の訓練場で自主トレーニングをしていた時、ナシアスは不意に呟いた。

「あれは…何だったんだ?」

 ナシアスは腰掛けに寄り掛かって上を見上げた。レイピアの手入れをしながら。

「え⁉︎」

 筋力トレーニング中の一平が顔を上げる。

「あのニーナとの一戦の時さ。何に気をとられた?おまえらしくないぞ」

「……」

「…思い出してたんだ。ニーナの動きをな。オレの時にはとにかく盲滅法速くって、電光石火って感じだったけど、おまえの時は違ったよな。あんな戦法、セオリーにはない。オレにはやけに色っぽく見えた。まるでおまえを挑発でもしているようにな」

「ナシアス…」

 一平は舌を巻いた。ナシアスは鋭い。まさしくその通りなのだ。いや、実際は違うのかもしれない。一平の思い過ごし、勘違いなのかもしれなかった。けれど、確かに効果はあったのだ。自分は見事に妄想モードに嵌り、戦いを忘れて剣を奪われた。

「挑発…されたんだろう?あんた…」

「……」

 どう答えたものか。

「何か淫らなものでも見えたかよ⁉︎」

「ばっ…」

 さすがに焦った。実際に見てもいないのに、どうしてそんなことがわかるのだ。全く、こいつの洞察力には頭が下がる。

「何とか言えよ」

「……ニーナが…そう意図したかどうかともかく…オレは想像した。それは確かだ」

 何を?とはナシアスは訊かなかった。

「売約済みの奴を誘惑するより、オレを口説いてくれればいいのによ」

「ゆ…」

 これにもドキリとする。一平はなるべく不自然にならないようにナシアスに背を向けた。この会話は心臓に悪い。いつかの晩のことを気づかれかねない。

「あんた…何かあっただろう?ニーナと」

 心臓が口から飛び出しそうだ。なんでこんなにドキドキしなきゃならないんだ。パールにときめいているわけでもないのに。

「何かって…なんだ…よ…」

 身体を折り、トレーニングを続けるふりで努めて平静を装うが、うまくいっただろうか。

「決まってんだろ。男と女の間の何かだよ。キスしたとか寝たとか…。まあ、そいつはあんたにゃできねえだろうけど」

 ちょっとカチンときながら一平は言い捨てた。

「あってたまるか!」

「怒るとこがまた怪しいなあ…」

「いい加減にしろよ!ナシアス!オレは確かに…その…妄想したけど、一瞬の気の迷いで…だからって以前にニーナと何かあったなんて、疑われるのはごめんだよ!」

「いやあ…オレの時にはさあ…なんか、さっさと片付けて帰りたいわ!みたいな気迫が感じられてさ。ま、その通りなんだろうけど。おまえにゃ妖しい秋波飛ばすし、姫さんにゃえらく優しい眼差しを注いでるし…。気に入らねえんだよなあ…」


 パールに手当てされている時のニーナは実にしおらしかった。恋しい人を見つめる純真な乙女そのもので、ものすごくきれいに見えた。パールがそこにいるのに、思わずニーナの方に見惚れたほどだ。あんなニーナを見るのは初めてだったから…一平の前ではいつも鬼のような顔しているから、だから余計に驚いた。

 ナシアスもびっくりしてニーナを見ていた。

 尤も、ナシアスの方はパールにも驚いていたのだ。

 今のパールにとっては取るに足らないような些細な傷ではあったが、目の前で放出される癒しの力を、その光を、彼は初めて目にしたのだから。幼く見えても、真剣に一平のことを思っていることを、その前のやりとりでも強く感じた。一平があの少女に惹かれる理由が、少しだけわかるような気がした。

 そして同じように、ニーナが心からこの少女を大切に思っていることも、あのまなざしと後光が差しているような美しさから伝わってきたのだ。

「どうしてあの姫さんなんだ⁉︎おまえも、彼女も⁉︎」

「え?」

「まさか気がつかなかったとは言わせないぜ。あの姿を見て何も感じない奴がいたらそいつはかなりの朴念仁だ」

「ナシアス…」

「ニーナはあの姫さんに恋してる。絶対そうだ」

 ナシアスは言い切った。

「…知ってたんだろう?おまえも」

「……」

 答えられない。答えるわけにはいかない。約束なのだ。これはあいつとの。

 黙りこくるその姿を見れば答えは言わずと知れていた。言えない訳があるのだと、このナシアスなら読み取れる。

「…わかった…」

 意を決したようにナシアスは呟いた。

「…わかったって…何…が…」

「おまえが友達甲斐のない奴だってことがだ」

「ナシアス!」

 彼は怒っている。せっかく何でも話せる友を得たと思ったのに、こんなことで離れていってしまうのか?

 一平は焦った。一年後には故国を出てまで一平の力になってくれると言ってくれた大事な男なのに。

「待ってくれ。オレは…」

「おまえは知ってた。知ってて黙っていた。ニーナに好きな奴がいることも、オレがニーナを気に入っていることも。それなのに、おまえは親友のオレに何の情報ももたらさない。言い換えればおまえはオレを謀っていたんだ。違うか⁉︎」

 非難囂囂責められているのに、一平はその中でひとつの言葉しか聞こえなかったかのように訊き返し

た。

「親友⁉︎」

 のほほんとした中に、戸惑いと喜びと期待感とが混在している口調だった。

 一平は嬉しかったのだ。ナシアスが自分のことを『親友』と言う呼称で呼んでくれたことが。他のことはどうでもいいくらいに。


 だが、今はそれどころではないと、さすがに一平も思い直す。それぐらいの判断力は残っていた。

「…ごめん。すまん。悪かった。オレが心得違いをしていた。行かないでくれ、ナシアス」

 みっともないくらい慌てふためいていて、一平はナシアスに追い縋った。

「いや、ジーに帰るのはいい。けど…。必ず戻ってきてくれ。あんたがいないとオレは…オレは…」

 一平の豹変ぶりをナシアスは目を丸くして見ている。これがあの、威風堂々とした三部門制覇の勇者か?と

「オレは…寂しいんだ!」

 勢いに任せて言ってしまったが、途端に後悔に襲われる。大の男が、友達を掴まえて『寂しい』とは。大佐の威厳もへったくれもあったものではない。

「あんた…あの姫さんにもそうやって甘えてんのかよ?」

 はっと、一平は気づく。自分は甘えているのか?この男、ナシアスに⁉︎ 十七にもなって?今まで、ずっとひとりでやってきたというのに⁉︎

 一瞬、言葉を失う。反論も忘れた。

 ナシアスはポリポリと頭を掻いている。

 目の前には自分の胸ぐらを掴んだまま真っ赤になって俯く一平がいた。


「…どう考えても似合わねえな。その図は…。あんたがニーナとよろしくできるようなたらしとは思えねぇし。何かあったとしたって、あいつの方から言い寄ってきたんだろうよ。口止めされてたんなら口が裂けたって言えねえよな。あんたは…」

「ナシアス…」

 わかってくれるのか、と一平が顔を上げる。まるで母親の機嫌を窺ういたずら小僧のようだ。

「かわいい奴だ」

「え⁉︎」

「あんたのその熱烈なる告白に、オレはどう応えたらいい?」

 キョトンとする一平の後頭部をナシアスは掴んだ。唇を重ね、そのまま抱き締めた。

「わーーーーーーっ‼︎」 

 大声で喚き、一平はナシアスを突き飛ばした。

 手の甲で唇を拭い、肩で息をして離れた岩場にへばりついている。

 ナシアスの額にたらりと冷や汗が流れる。

(…そんなに激しく拒絶しなくてもいいだろう…)

「オレは傷ついたぜ…」

 ふらりとよろめいて、ナシアスは一歩近づいた。

「寄るなっ!あんたが男色家だとは思わなかったっ!」

「キスしたくらいで男色家呼ばわりするなよ。ちょっと魔が差した…っていうか、手っ取り早いって思ったのさ。気持ちを伝えるのには」

「き…き…き…きもちィィ?」

「怯えるなって。みっともないぜ。勇者の一平くん」

「そんなことは関係ないっ」

「あんただってしたろう?オレの(ここ)にさ。どこが違うんだい」

「あ…あれは…」

 純粋なる感謝の気持ちだった。気がついたら、一平はナシアスの手をとって唇を寄せていたのだ。

「確約はできないって言ったけどな。多分、戻ってくるよ。深い仲になったことだしさ」

「深い仲あ⁉︎」

(冗談じゃない。オレにはパールが…)

「あんたの力になりたいと思う。守ってやりたいって…。いや、支えてやりたいのかな⁉︎野郎に対してこんなこと思ったのは初めてさ」

 ナシアスの真面目なまなざしに一平の気持ちも少し落ち着く。

「オレは一度ジーに帰る。ニーナのことは長期戦で行くよ。玉砕覚悟でもう一度だけぶつかってみる。それでもあいつのことが気になったら気長に待つさ」

「……」

「おい、今度こそ協力しろよ。おまえが姫さんをしっかり捕まえてものにしてくれなきゃ、あいつは失恋できないんだからな」

 ナシアスは一平の首に腕を回して引き寄せた。

「そんなこと言っても…守人になれなきゃお許しが出ないんだよ…」

「まあったく!優等生のいい子ちゃんだなあ、あんたは!そこがまた可愛くてからかいがいがあるんだが」

『かわいい』と言われて再びぞっとする。

「二度とするなよっ‼︎」

 果たして聞き届けてもらえるのか、甚だ不安な一平だった。


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