雲を掴むための場所
「遊び疲れたね」
そんな声が聞こえる。耳元で囁かれるような言葉には吐息が乗る。「帰ろうか」と、君が言う。
掴めそうだった雲はいつの間にかなくなっていた。
目的を失くした体はその場から高く飛ぶ。着地と同時に靴と砂の擦れる音がする。いつからかそれも聞かなくなって、ふと見かけた時に懐かしく思い出す。
今となっては随分ちっぽけで。
靴を脱ぐこともしなくなって。
いつか小さな部屋の中で君とふたり居たことも、なんだか夢だったように思えてきて。
「楽しかったね」
いずれその笑顔も見えなくなって。
次の約束もできなくなって。
「また明日」も言えなくなって。
そんな未来を知っているのに、覚めたくないのはなんでかな。
「ほら、はやく」
いつの間にかこの高さも怖くなくなって。
誰のことも寄せ付けない強さを、手に入れられたような気がしてた。
……それなのに。
君を見て、思わず笑ってしまった。
あぁ、そうだ。
今もまだ、君に手を広げていてもらわないと、ここから飛ぶのは怖くて仕方がなかったのに。
いつも、君が居たから強くあれたのに。
「……いくよ」
小さく合図して両手を離す。
着く先に、きっと君はもう居ない。