観光その3実質デート!
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トリカがこれだけテキパキと行動するのは、きっと一日で最大限楽しみ尽くすつもりだからだろう。
トリカは俺達ほど観光の時間がない。俺達は三日間自由に楽しめるが、トリカはライブのリハーサルや準備があるので、今日しか時間が取れないのだ。
加えて、トリカには惑星フルールの全てを観光地化するという壮大な野望がある。それが行動に拍車をかけているのだろう。
ただそのせいか、トリカの楽しみ方は、一見すると、完全に経営者として敵情視察しているようにしかみえなかった。
光と影のコントラストによって幻想的な森の場所に来ても、「なるほど…」と頷いていたり、落ち葉で出来た長い道をサクサクと踏みしめて歩いている時は、「そういうのもあるのね…」と電子タブレットにメモしながら歩いていた。
まあ、それがトリカなりの楽しみ方なのだろうが…もっと普通に楽しもうよ?とは少し思ってしまった。
「次は花ゾーンへ行きますわよ!その次は川ゾーン、更にその次は山ゾーン、更にその次は雷ゾーン、更に更に…」
「いやいや!今日だけではそんなに回れないって!もっとゆっくり回ろうよ!」
「諦めたらそこで試合終了ですわよ!さあ、どんどん飛ばして行きますわよ!」
トリカがロイヤルを抱いて空を飛び、移動を始めてしまったので、首輪に繋がれた俺もクスネを抱き、必死についていく。
>完全に飼い主と犬
>首輪は繋いだままで草
>ニッコニコなトリカさん可愛い
>尻に敷かれまくっているwww
>トリカ様が楽しそうでなによりです
トリカの笑顔は誰よりも魅力的だ。楽しそうなトリカの顔を見ると、ドキドキして何も言えなくなってしまうんだよなあ。
これ以上俺を夢中にさせてどうするつもりなのだろうか?
「セリも寝て、ウツギも勝手にグルメ旅をしているから、実質二人きりね」
トリカが持っている鎖を引っ張り、俺を近くに引き寄せ、俺の頭を撫でる。スキンシップはばっちこいなのだが、この状況は少々恥ずかしい。
「二人きりと言うには、ちょっと特殊な状態だけどな。ねえ。それより首輪は外してくれないの?」
「わたくしと実質的なデートができて嬉しい?」
「うん。最高に嬉しい!でも、首輪がなかったらもっと嬉しいかなあ?」
「ふふ、わたくしも最高に楽しいわ!わたくしは基本的には男は嫌いだけど、あなたは特別よ」
「ありがとう!あのー、それは嬉しいんだけども…そろそろ首輪外してくれない!?」
「ふふふ」
優雅にロイヤルを撫で、楽しそうに笑うトリカ。さっきから、俺の要望が一切聞き入れてもらえない!
>全く鎖を外す気無くて草
>おちゃめなトリカ様もお美しい
>分かる!男を鎖で縛ってデートするのって、女の夢だもんね!
>女なら誰でも男を鎖で繋いで散歩したいと思うよな!
>私はセリさんのように、男に背負われて観光したい派!
>セリさんすやすやで羨ましい。男の背中で寝るのは女のロマン
え?なに?お前らこの状態が羨ましいの?…この妙ちくりんな状況が?
ちょっとこの宇宙の女、ひねくれすぎていないか?正しいのは俺だよな?俺だけが異常なわけではないよな?
うん。まあ正しかろうが間違っていようが、どうやっても俺はトリカに首輪を外してもらえないということは確かだろう。
仕方ないので、諦めて大人しくされるがままでいよう。
そんな奇妙な状態のまま、俺はトリカと、さっき歩いた森の感想を語り合うことにした。
恋人と二人で同じ景色を見て、感じたことを言い合う。ただそれだけのことが、凄く楽しい。
さらに面白かったのが、トリカの語る“経営者の視点”だった。自分にはまったくない考え方だからこそ、新鮮で刺激的に感じられたのだ。
俺が気にも留めなかったような場所を面白がり、自分では思いつきもしない感想を口にするトリカに、思わずハッとさせられる瞬間が何度もあった。
同じものを見ていて、同じ場所にいても、人によってこんなに楽しみ方が違うんだな。当たり前のことのようで、意外とこういうことは普段は感じない。観光地という普段と違う環境だからこそ、こんなふうに感じたのだろうな。
「さて、次の花ゾーンはもうすぐですわよ」
「移動だけで結構時間がかかったなあ。ホント、この観光地は広大だわ。これは多目的シューズ必須だな」
この惑星には自然の数だけ観光名所がある。そして、そのどれもがあまりにもスケールが大きい。
いやあ…俺達の惑星と比べて規模が違いすぎるな…これ、俺達の惑星で勝ち目あるのか?
しかも、どの観光名所でも出店やサービスが充実しているし、大量の地元住人がスタッフとして働き、一丸となってより観光客を楽しませてくれている。
スタッフはみんな清楚なワンピースに麦わら帽子という共通した格好をしているのでわかりやすく、全員が世界観に引き込むために、ありとあらゆることをしてくれる。
こんなこと、俺達の惑星では決して真似できないだろうな。
「それにしても、俺達の惑星も自然に関しては負けていないと思ってたけど、そっちの方面でも差を見せつけられたような感じがするなぁ…」
俺は少し敗北感を感じているようだ。思わず弱音を吐いてしまった。
「何を弱気になってるのよ!あなたは自分の惑星に誇りを持ちなさい!わたくしが見るに、自然の魅力に関しては決して負けていませんわよ!ただ魅力の方向性が違うだけです!そこを履き違えないように!わかった?」
言葉から、トリカは俺を励ますために言っているのではなく、本気でそう思っているということがしっかり伝わってきた。
トリカの真っ直ぐな言葉によって、気がつけば、少しだけ肩の力が抜けていた。
「まあ、それほどトリカが自信満々にそう言うなら、トリカを信じてみるか」
「それでいいですわ!たとえ自分自身を信じられなくても、わたくしを信じなさい!こういうものは、身近なものほど魅力はわかりにくいものなのですよ」
なんか、確かにそんな気もしてきた。トリカの言葉には力があり、とても身にしみるので、こういう弱気な時はいつも助かっている。
なんだか、いつもトリカには助けられている気がする。ああ、俺はもうトリカなしでは生きられないんだろうなぁ…
なんとかトリカに捨てられないように日々を過ごさないとな。そのためには、貴重な男だからといって驕っていては駄目だ。トリカの横に立っていても気後れしないように、俺も毎日頑張っていこう。
「さて、移動の間の戯れに、一つ予言をしてあげましょう。あなたは帰ったら、『やっぱり惑星フルールの自然が一番だ』と言うはずよ。ふふふ、その時を楽しみにしていなさい」
自信満々なトリカ。
まあ、帰った時を楽しみにしていよう。
「さて、ようやく到着しましたわね。ここが花ゾーンですわ。ってあら?」
「もう健康は嫌だ!うんざりだ!やってられるか!だから表の連中は嫌なんだ!」
…ん?なんだ?
花ゾーンの入口で、だれかが騒いでいる。
あ、その騒いでいた人が、清楚なワンピースを着たおばあちゃんスタッフが繰り出す達人のような武術で抑えこまれ、気絶した。
その後、その騒いだ人はドローンでどこかへ運ばれていってしまった。
いやぁ…とても迅速な対応だったな。有名な観光地だからこそ、こういうトラブルには慣れているのだろう。
それにしても、問答無用だったな。
ちょっと騒いだだけでこんな強引に連れて行かれるとは、なかなか情け容赦ない。
ドローンで連れて行かれた人は、ほぼ確実に地元住人だろう。
なぜなら、観光客にはこんな強引な対処法はとらないからだ。
観光客が問題を起こした場合、起こした問題の大きさにもよるが、多少騒ぎすぎたくらいなら、許される。一度や二度のちょっとした問題くらいなら、お咎めはないのだ。
もちろん、何度も問題を起こす悪質な観光客や、あまりに大きな問題を起こした観光客にはしっかり処罰があるがな。
セリが突然、俺の背中でむにゃむにゃと、「分かる…分かるよ」と呟いた。
えっと?起きてる?あっ、しっかり寝てるわ。幸せそうにすやすやと寝息をたてている。
じゃあ、さっきのって寝言だったのかよ…
まさかとは思うが、さっきの騒いでいた住民の「健康にうんざり」という感情に、寝ながら共感したわけではないよな?
次回予告:あえての不健康




