閑話休題 毒花女達!
読んでいて少しでも感情が動いたら、評価・リアクション・ブックマークをお願いします。
セリ視点
閣下はおそらく僕の感情を食べている。
少し荒唐無稽な話だけど、僕の直感はそう確信している。
そして、僕はこのことを決して誰にも言わないだろう。誰かに話すと、僕に不都合が起こる気がするのだ。
「閣下~お散歩行くよ~」
「かっか」
いつも通り、閣下と今日もお散歩に行く。
閣下と手を繋いでお散歩に行くことは、もう僕にとって日常だ。
棒付きキャンディーはお散歩には必須アイテム!
お散歩に行くときにこれがないと、なんとなく落ち着かないんだよね。
僕が棒付きキャンディーを舐めるとともに、準備のできた閣下が僕と手を繋ぐ。
「僕の予想が正しければ…うん、ほらね。やっぱりそうだ」
「かっか」
満足そうな声で鳴く閣下。
閣下に触れた瞬間、僕の心の中が不自然に軽くなる。普通の人なら気のせいかと勘違いするほど、僅かな心の変化。
おそらく、僕と手を繋いだ時。その瞬間が閣下の”食事の時間”なのだろう。
まあ、僕はヒノキへの愛という荒波のような感情が無限に生み出され続けている。そのせいか、多少食べられたところで全く悪影響がない。だから、もっと食べてもいいのに…
余っているのに食べないということは、きっと閣下はとっても少食なのだろう。
ほんのひとつまみとはいえ、感情を食べる生物なんて、いくら宇宙が広いといえど聞いたことがない。ホントに閣下は不思議な生物だね。
「今日もこの森の夜は素敵だね。閣下」
「かっか」
閣下に話しかけながら、森をのんびり歩いていく。
現在は深夜。まともな人なら寝ている時間だ。
この森の夜は暗く、木の背丈が高いせいか、衛星から届く僅かな光しか届かない。
あの衛星のことを、ヒノキは月と呼び、恒星のことは太陽と呼んでいる。どうもヒノキの前世からとった名前らしい。
太陽と月。
うん。凄く素敵な名前の響きだ。
あの衛星にも、恒星にも本来ならしっかりとした名前があるが、そっちは味気ないから嫌いだ。だって、あの正式名称は数字とアルファベットの羅列なのだ。識別に便利だからそう名付けたのだろうが、そんなの今どき流行らないと思うよ?
だから、僕もヒノキに習って太陽と月と呼んでいる。
「少し先に、木と木の隙間から月の光が差し込んでるね。そこでちょっとゆっくりしようか」
「かっか」
僕達はそこへたどり着き、立ち止まって、閣下とともに空を見上げる。
僕は、月が好きだ。
太陽は、僕にとって明るすぎる。優しく夜を照らしてくれる月明かり位がちょうどいい。
「月が綺麗だね、閣下」
「かっかっか」
閣下も空を見上げながら、嬉しそうにピカピカ光っている。閣下も月が好きらしい。
どうも、閣下とは趣味嗜好が似ている気がする。
もしかして、これは僕の感情を食べているせいかな?
うん。多分そうだ。そう考えると、いろいろなことに辻褄があう気がする。
きっと、閣下という生き物は、食べた人の感情に色々な影響を受けるのだろう。
感情とはその人を構成する個性だ。そんなものを食べるのだから、僕に個性が似てきたのも仕方ないのかな?
僕の好きなゲーム、お散歩、お昼寝、甘い物、自堕落な生活なんかは閣下も好きだし、今の月だってそうだ。
それに、似ている原因が僕の感情を食べていると思った原因として一番大きいのは、閣下がヒノキのことを初対面のときからとっても大好きだったこと。
僕はヒノキのことを宇宙で誰よりも愛している。だから、それに影響された閣下もヒノキの事が大好きなのだろう。
ただこの考えには、少し例外もある。
僕はヨヒラさんのことは別に嫌いじゃないのに、閣下は苦手そうだ。
だって、ヨヒラさんはアンドロイド。恋愛には決して参加しない。よって、僕が嫌いになる理由がないのだ。
このことから、感情の全てが僕に影響されているというわけではない事がわかる。閣下にも僕とは違う個性があるってことだね。
でも、なんで閣下はヨヒラさんが苦手なんだろう?謎だ?
…うーん。閣下について一つ分かったことがあると思えば、また一つわからないことが増えてしまった。ホントによくわからない生物だね。閣下は。
まあでも、全てが食べた感情に影響されていなくとも、少なからず影響されているのはたしかだとは思う。実際に僕に似てきてるしね。
閣下と僕が似るのならば、僕が幸せにならないと、僕に似ている閣下も幸せになれないかもしれない。
でも、その点は心配不要だ。僕はヒノキが近くにいれば、それだけで幸せなのだから。
「もしかして、閣下は僕にいくらでも幸せになってほしいのかな?」
「かっかっか!」
閣下が今までで一番と感じるくらい、とても元気よく返事をした。触手の先も大きく光っている。まるで正解!と、全身で表しているかのようだ。
やっぱりそうなんだ。
確かに思い返してみると、僕が嬉しそうにしている時は閣下も嬉しそうにしていた。
例えば、僕がヒノキに改めて告白されて大喜びで家に帰ったときなんかは、閣下も今までにないくらいピカピカと光って、大喜びだった。
そんな 閣下を見てると、一緒に喜んでくれる仲間がいるみたいに感じて、僕ももっと嬉しくなったのを覚えている。
一緒に喜んでくれてありがとう。僕の幸せを願ってくれてありがとう。僕の元へ来てくれてありがとう。閣下。
そんな閣下には、できるだけ幸せになって欲しい。
「もし、僕の本当の願いがかなった時、閣下はどんな反応をするんだろうね?」
「かっか」
確かにヒノキからの再告白はとっても嬉しかった。
でも、まだまだ僕の欲は満たされていない。
僕の本当の望みを叶えるのには、まだまだ時間がかかりそうだ。
僕の望みは、ヒノキを独占すること、ヒノキの心の中を僕一色に染め上げること。そして…
「ヒノキと、お互いに依存しあいたい」
ポツリと月を見ながら呟く。
さて、そろそろお散歩を再開しようか。閣下、行くよ。
【恋はするものじゃなく、落ちるもの】
この言葉は世間でよく言われている常套句のようなものだ。
でも、僕は少し違うと思う。
【恋は落ちるものじゃなく、堕ちるもの】
これが、僕の中の考えで、僕の最高の恋愛の形だ。
好きな人と一緒にどこまでもどこまでも堕落する。なんて素敵な響きなんだろう!
二人で一緒に、どこまでもどこまでも溶けていく。チョコレートのように、甘くドロドロに溶ける恋。僕はヒノキとそんな恋愛がしたいのだ。それが、僕の理想。
綺麗な恋愛観ではないし、変わった哲学を持っているというのは百も承知だ。
そんな僕の恋愛観は、ヒノキが思い描く綺麗で潔癖でプラトニックな恋愛観とは相容れない。
でも、決して僕は自分自身を曲げることだけはしないと決めている。
いくらこれだけ恋愛観が違おうが、致命的に恋愛観の相性が悪かろうが、関係ない。
だって、着飾った僕じゃなく、本来の僕を愛してほしいからね。
それが僕の恋愛におけるプレイスタイル。自分を曲げてまで得る勝利なんて、いらない。
「さて、そろそろ帰ろうか」
「かっか」
僕達は家へと歩く。帰った頃にはこの夜も少し明るくなってるかな?
太陽がのぼり始めるくらいに寝るのが、とっても気持ちいいんだよね。
なんとなく、歩きながら鼻歌でも歌いたい気分だ。最近、気がつけば鼻歌を歌っていることが多い。
どうも、僕はここ最近、浮き足立っているようだ。
それも全て、ヒノキから再告白をされたときから、ずっと。
まだまだ僕の望みのスタートラインに立っただけだけど、嬉しいものは嬉しい。
あんなことをされると、どうしたって気分は弾んでしまう。ニヤニヤがとまらない。
…いけないいけない。しっかり気を引き締めないと。
うまくいっている時こそ、油断してはいけない。
ゲームだってそうだ。
僕は、有利な状況で油断している相手から、隙をついて何度も反撃して勝利したことがある。
勝ちが見えると、どうしたって人は油断してしまうものだ。そしてその油断は、思わぬところから反撃を許すことに繋がるのだ。
だから、こういうときこそ最後まで油断せず、絶対に勝ちきるという強い意思を持たないとね。
それに再告白されたことで有利状況のように感じるが、実際は有利でもなんでもない。
だって、ヒノキは自分を曲げて、僕とトリカの二人を愛することに決めたのだから。
僕の望みはヒノキの心の独占。そして、ヒノキと堕落し合うこと。
その願いを叶えるための戦いはまだまだ始まったばかりだ。敵は強い。気を引き締めないと。
やることは何も変わらない。ちょっとずつ僕なりにヒノキに毎日アタックするだけだ。結局これが一番王道で、効果的だ。
毒のように、ゆっくり、ゆっくり僕という存在をヒノキに浸透させて、僕無しでは生きられなくする。
これは、生まれてからずっと続けていることだ。
ヒノキには確実に僕の毒が回っている感覚もある。
もうここまでくると、ヒノキは決して僕という存在を見捨てることはできないだろう。
だから、僕はこの恋愛という勝負では、負けることだけは決してないのだ。それでも現実では、トリカを捨てて僕だけを選んでもらうという最高の勝利には手が届かなかった。
負けることは決してなくても勝つことができるかと言うとまた別の話だということだね。
さて、今度のゲームは結婚に向けての戦い。
今度のゲームは必ず勝つ。僕のグラグラと沸騰するような闘争心は、僕だけが勝つことを強く望んでいる。
これから、長い戦いになりそうだ。
だって、ヒノキは結婚というものをとても重く考えているだろうからね。なんなら、恋人なんて結婚までの準備期間と捉えているようだ。
でも、あまりに決断が遅いと知らないからね。僕には最終手段があるんだ。
僕は以前、ヒノキの精液を採取したことがある。
それを使い、妊娠したって良いんだよ?そうすれば、ヒノキはどうするかな?
これ、ヒノキの前世では、できちゃった結婚っていうんだよね。それをしたって良いんだからね?
待つのは得意な僕だって、限界はある。だから、あまり僕を長い間待たせないでね?
どこまでもどこまでも、僕とともに一緒に堕ちていこう。ヒノキ?
「最後に勝つのは…僕だ」
「かっか」
ふふ、閣下も応援してくれているみたいだ。閣下も引き続き、サポートよろしくね。
次回予告:トリカの望み




