博士の過去!その5!人生を語る!
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いくら泣こうが、いくら喚こうが、時間は戻らない。抱えたクチナシは冷たくなったままだ。
事前にしっかり準備していたので、すぐ側に埋葬する場所も用意してある。心の準備もしてきた。
それでも、この場を動く気にはなれなかった。少しでも長くクチナシと触れ合っていたかった。
丸一日かけてこの場にうずくまり続け、悲しみに暮れ、流す涙も枯れきった頃。
クチナシの体に異変が起こる。
「…何?なによこれ……?」
ずっと抱え続けていたクチナシの亡骸が、ポロポロと光の粒子のようになって分解されていった。
ゆっくり、ゆっくりと腕の中から光となって浮かび上がっていく。
涙で滲んだ私の目には、クチナシの亡骸が粒子となって空気に溶けようとしているように見えた。
「消えちゃうなら、お墓なんていらなかったじゃない」
未知の生物であるクチナシは、死に際までクチナシらしいみたいだ。ほんの少しだけ口角があがった。
「…そうよね。あなたがいない世界でも、私は生き延びる。笑って過ごし続けるって約束したものね」
そうだった。泣いてなんていられない。最後の最後まで、笑っていなきゃ。
あなたの亡骸すら消えようとしているんだから、もう一度やり直しよ。二回目のお見送りも笑顔で見送ってやるわ。
ゴシゴシと目をこすり、意識してしっかり口角を上げる。
そうやって私は空に混じって消えゆくクチナシの亡骸を無心で眺め続けていた。
「……ん?」
さっきは滲んでよく見えなかったけど、明らかに分解された光る粒子はこの場にとどまっている。
これは、空気に溶けて消えている訳ではない……?
クチナシの亡骸の全てが分解された頃。
その粒子の全てが、私の胸に向かって勢いよく流れ込んできた。
「……ッ!」
クチナシの粒子が私の体に溶け込んでいく。私の体を温かいお日様のような熱が満たす。
程なくして、私の体に変化が起こる。
「これは……クチナシの力?」
さっきまでと世界の見え方が一変。
クチナシという未知の生物だから見える視点、特殊な感覚――それが私にも備わっていた。
人間には見えない未来予知のような、流れのような……混乱していて、これが明確に何なのかはすぐには分からない。
ただこの時は、クチナシが置き土産として私に力を託してくれたということだけが分かった。
「…なるほど。この力を得てようやく、あなたが背負っていた使命の一端が見えたわ。でも、あなたがそんなことしなくたって、大丈夫よ。バカ」
きっとあの子は私がクチナシを追って死んでしまうことを案じたのだ。だから、無理矢理にでも私に生きがいを与えようと考えたのだろう。
優しいクチナシがいかにもやりそうなことだ。長年の付き合いだ。それくらい分かる。
「見てなさい。私が全てを救ってあげる。あなたの見たかった美しい宇宙を私が守ってみせるわ!」
いつの間にか、私の頭には白い花が生えていた。きっとクチナシに力を託された時に生えたのだろう。
クチナシとおそろい。共に生きているようで、嬉しかった。
それから――
クチナシのためのお墓を作りながら、感情と思考の整理を進めていった。
「なるほど、クチナシからもらった力のことが大体分かってきたわ」
私に吸収されてしまったけれど、心の整理のためにはお墓は必要なようだ。作っていると、ゆっくりクチナシの死を受け入れられるようになってきた。
「クチナシがくれたもの……私が見ているものは、運命というやつかしら」
運命とは、どうやっても変えられない人生の流れだ。
そして、私にはその一端が見えている。そう結論づけた。
力を使い慣れていないからか、それとも自分がクチナシではないからか、私にはおそらくクチナシができていたであろうことの全てはできない。小さな運命の流れや細かい運命の流れまでは見通すことができない。
そんな私が強く見えるのは、一つの強大な運命だけ。
「こんな強大な運命とクチナシは戦っていたのね」
全ての運命は、ある終わりを目指して進んでいる。そして、その先の流れがまるで最初からなかったかのように途切れている。
「運命の先がない、それはつまり、滅びの運命ということ」
現在進行系で、ある一つのものすごく強く強靭な運命が猛スピードで進み続けている。この運命のうねりをほうっておくとやばい。宇宙崩壊まっしぐらだ。
クチナシはこれに対処しようとして、力及ばずだったのだろう。
「運命の発生源はこの惑星の中心。どうやらそこに、この宇宙を崩壊させかねないとんでもないものが眠っているらしいわね」
すべて見て回ったと思っていたこの惑星にも、見ていないところがあるようだ。この惑星の中心なんて、流石に見たことがない。
「…ん?惑星の中心?」
そのワードには少し覚えがあった。
私は新たに頭に入れたこの惑星の技術をふんだんに使ったチップを使い、記憶から膨大な資料を引っ張り出していく。
答えはすぐに見つかった。
ある一人の天才研究者の日記に、そういった記述が記されていた。
「宇宙収縮対策プロジェクト……やっぱりこれ、フィクションの情報じゃなかったのね」
この惑星では、二回ほど宇宙規模の大きな戦いの記録があり、二回宇宙を救っている。
一回目は今から約一万年前、宇宙暦約3000年のこと。
膨張していた宇宙が、とんでもない速度で収縮し始めたのだ。
このまま何もせずにいると、このままではたった数年後には宇宙は消えてなくなってしまうことがシミュレーションにより判明したらしい。
この事実は、この惑星だけが気づいていた。他の惑星なんて、まだまだ狩猟と採集で暮らしていた文明レベル。気づかないのなんて当たり前だ。
宇宙の平和を守るための試み。それが「宇宙収縮対策プロジェクト」だ。
このプロジェクトは極秘に進められていたようで、今ではほとんど情報は残っていない。
ただ、その後も当たり前に宇宙が存続していることから、上手く対処できたと推測できる。
「それより重要なのは、二回目の大きな戦いだろう。なにせ二回目の戦いの影響で、この惑星に命の芽吹きがなくなったはずだもの」
それは一度目の戦いの約2000年後、宇宙暦約5000年のことだ。
この時期に概念として存在しないはずの「宇宙の外」から、エイリアンが襲来したのだ。
その戦いの記録はたくさん残っている。エイリアンはとにかくしぶとく、一度逃がしてしまうと耐性を得て力をつけ、倒しても倒してもゴキブリのように湧いてくる。
そんなエイリアンの集団と戦った結果、双方が相打ちし、この惑星は滅んだのだと勝手に思い込んでいたのだが…
「いや、違う。おそらくなんとか戦いには勝ったはずだ。でなければおかしい」
エイリアンは星を汚染する。その汚染の特徴と、今の惑星の滅び方は一致しない。
「もしや……あれか?いや、そんなまさか」
ふと浮かんできたありえないような仮説に、私は頭を悩ませた。
ただ、否定しようにも、妙にしっくりきているのも事実。
それは、おそらく滅ぶ直前に残したであろう人の手記の中の一節。
「魔王」
その言葉は、苛烈な戦いによって正気を失った人間の妄言ではなかったかもしれない。
「魔王は実際に存在する」
一度声に出すと、頭の中でどんどん点と点が繋がっていく。
魔王とはなにか。なぜ滅んだのか。魔王の正体――
そして、ついに一つの真相の輪郭が見えた。
きっと、ただの情報ではなく、生の情報をとにかく大量に頭に入れてきた私だから、この驚くべき真相にたどり着けたのだろう。
「一度目の戦いと、二度目の戦いは繋がっている。おそらく、魔王は一度目の極秘プロジェクトに関連した何かだ。そして、長い時がこの惑星の中心に存在する何かを忘れさせてしまったのだろう」
事実と事実をつなぎ合わせ、現状分かったのはこれくらい。
「…なにはともあれ、その魔王とやらを実際見てからじゃないと話にならない。それから色々対策を練りましょうか」
惑星の中心へ行くには、幾重もの手順を踏み、何十にもワープし、厳重なセキュリティを乗り越える必要がある。
今まで頭に入れていた膨大な資料の中から、道筋が書かれたものだけを自動でピックアップして抜き出して、少しづつ進んでいく。
第一のセキュリティの扉を開き、第二のセキュリティの扉を開き、第三の――これを数十回ほど繰り返した先。
最後の扉を開いた時、雰囲気がガラリと変わった。
「…ッグ!何だこの氷は!?」
この部屋は、中心を覆うように分厚くて黒い氷に覆われていた。
氷から、この世のものだと思えないおぞましい存在感を感じる。
目に入っただけで、脳内で警鐘がガンガン鳴っている。この場にいるだけで、体の芯から凍りついてしまいそうになる。
近づくだけでも厳しいのに、触ってしまったらとんでもない目に遭うことは想像に容易い。
「…これは、どうしようもないな」
強力な運命のうなり、きしみ。その元凶。それがあの氷に守られている。
…あれが、クチナシがどうにかしようとして、どうにもならなかった存在か。
特殊な氷に包まれてなお、存在感が凄まじい。自分の瞳が揺れ、呼吸が浅くなっているのが分かる。どんどん胸に絶望が満ちていく。
「こんなの、いくら足掻こうが、運命は変わらない――いや、ダメだ!」
弱気を振り払うように、私は目をぎゅっとつむり、心の中のクチナシを思い出す。
そうするだけで、すっと心が軽くなっていく。いつだって私はクチナシと共にある。
目をかっと開き、私は氷に近づいていき――その奥を覗き込んだ。
「こんにちは、魔王。ひと目見て、君の正体はなんとなく察することができたよ。おそらく、ちっぽけな私ではどうすることもできないだろう。それでも、できるだけ頑張ってみるつもりだ。解決はできないが、現状維持の方法を思いついたからね。これから長い付き合いとなるから、お手柔らかによろしくな」
次回予告:ねえ?私と仕事、どっちが好きなの?




