閑話休題 毒花女達!
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トリカ視点
「シベはあいつなんて認めないわ!すぐに別れなさい!」
寝る前に私室で軽くメールチェックをしていると、シベ子から大量のメールが来ていた。
最近こういうメールがやたらと来る。
いつものシベ子なら、一度会いさえすればある程度満足する。だから、こういうメールの頻度が少なくなるはずだったのだけど……今回はそうはいかなかったようだ。
どうもシベ子はヒノキのことが気に入らなかったみたいね。
「…でも、二人の息はピッタリだった。それこそ、わたくしがほんの少しだけ嫉妬するくらいには」
見ている限り、ヒノキとシベ子は以心伝心だった。相性自体は悪くないはず。それなのに、実際に顔を合わせると妙に喧嘩が絶えなかったのよね。
「…まあいいわ、シベ子なんて、軽く付き合うくらいがちょうどいいしね」
シベ子のメールは適当に返信して……これ以上来るようならスルーでいいかしら。
こんな関係で親友というのだから、我ながら少し変な気がしないでもない。でもまあ、人との縁なんてそんなものでしょう。
「それに、どう考えても、ヒノキと別れるなんて絶対にないわ。絶対にない」
メールを返し終えたわたくしは、ゆっくり背もたれにもたれて深く座り込む。
…もうわたくしはダメね。たとえ仮定の話だとしても、ヒノキと別れるということを考えるのを、脳が拒否している。ヒノキに関して、冷静かつ客観的に物事を判断できない。もはや、ヒノキのダメな部分ですら愛おしい。
今まではもうちょっと頭で恋愛していた気がするけれど、今は本能のままに恋愛をしてしまっている。ヒノキから感じるとんでもない安心感に、脳がやられちゃったみたい。どんどん成長するヒノキに、わたくしはメロメロだ。
それもこれも、全部ヒノキのせい。あれほど安心感が増して、触れると蕩けそうになるほど気持ちよくて、いじめがいがさらに増した――ヒノキが悪いわ。
「ほんと、恋心ってやっかいねえ…」
珍しくわたくしは頬杖をつきながら、ため息をついたのだった。
この一週間一緒に暮らしていて再度思ったが、ヒノキはいい男だ。
特に、欲張りなところがいい。あのバイキングの食べ方からすると、やもすると、わたくしよりも欲深いかもしれない。
「欲とは、人を動かす原動力よ」
歌いたい。愛したい。成功したい――そのすべては欲から始まる。だから、欲深い人間ほど行動力や情熱にあふれ、結果として魅力的になる。
そんな欲深く、人間臭いヒノキだからこそ、あれだけたくさんの人に愛されるのでしょう。
ヒノキはわたくしの手助けなどなしに、どんどん視聴者数を伸ばしていっている。ヒノキの配信が宇宙的な大ブームということは、もはや当たり前の事実だ。
そのおこぼれに預かるかのように、ウツギの配信も人気になっているし、わたくしのファンの数すらどんどん伸びている。歴代の歌手の中でも、ダントツだ。
もはやわたくしたちは、超有名人といっても過言ではないだろう。
「わたくしたちは、生きているだけで嬉しがられるステージにまで来た」
わたくしのファンは、わたくしたちが存在しているという事実だけで、もう勝手に嬉しくなってしまっている。さながら飼い主<わたくし>を待つ大型犬のように。
だから、今更なんの努力をしなくとも、将来は一生安泰だろう。あまりにたくさんの人に親しまれ、愛されるとはそういうことだ。
でも…
「そんなのじゃ満足できない。わたくしは挑戦をし続けるわ。ファンもヒノキも退屈なんてさせてあげない」
上り詰めようが、まだわたくしの欲は叶っていない。
宇宙全てを照らす光。そこにたどり着くまで、わたくしが満足することはないだろう。なんなら、もし本当にそうなれたとしても、わたくしならまた新しい欲がでてくる気がする。満足することなんて一生ないのではないだろうか。
たとえそうでも、満足できるまでは歩みは止めない。停滞だけは絶対にしない。ずっとずっと進化し続けてやる。
「だからこそ、わたくしは禁歌のMVを作ったし、姿も変えたし、アンドロイド流武術にも挑戦した。これからもわたくしは挑戦し続けるわよ」
禁歌を歌った当時、あの歌のポテンシャルを全ては引き出せなかった。おそらく、妖精女王っぽくない「純粋ではない悪感情」を表に出すのを、本心では少しためらっていたのだろう。
なので、わたくしがもっとステップアップするための課題としては、禁歌のMV作成はちょうどよかった。
曲にさらに深みと厚みを足すようにアレンジし、さらに完成度を上げ、曲の世界観に合うように姿を変え、色気を足し、ヒノキや親友のシベ子にも手伝ってもらい、醜い本性をもっとさらけ出して、この歌のポテンシャルを全て引き出す。
――わたくしの持っている全てを使い、絶対にこのMVで新境地にたどり着く!
そんな強い覚悟で取り組んだ。
それに、そろそろわたくしもギャップや新たな一面を見せてもいいころだとも思っていたしね。だからこそのビジュ変だ。
「ふふ、ビジュアルを変更したときのヒノキの反応はなかなか良かったですわ……特に、ベッドの中でとってもタジタジで、いつもより燃え上がりましたわ。やはり、歌も恋も、マンネリは駄目ですわね」
おっと、少々下品でしたわね。失礼。
もちろん、今まで積み上げてきたものは決して蔑ろにはしないわ。今回のMVにも、わたくしが作る歌の基本は残っている。
例えば、あんな火力の高い歌詞でも、曲や映像はおしゃれになるように心がけた。
新たな一面をただ見せつけるだけではなく、「良いものを見た」という感想を抱かせなければいけない。そのためには、曲がおしゃれであることは必須だ。
本来、ネガティブな感情は印象に残りやすい。ネガティブは感情として強いからね。
けれど、やはり曲を聞いた最後にはポジティブな気持ちで終わってほしい。そこだけは、決して譲れない歌姫としてのこだわりよ。
「あのMVの完成には、アンドロイド流武術にも助けられたわね」
実は最初「ヒノキに武術なんて似合わないのに…」と、ヒノキが武術を習うことに否定的だった。けれど、あの武術の説明を聞いてその考えは消えた。
「わたくしから言わせると、アンドロイド流武術は、武術ではない」
あれは武術というより、ある程度の強者が、修行によってその人の持つポテンシャルを引き出すための儀式というほうが正しい。修行によって、人が本来持つ一番の才能を開花させる――それだけのものだ。
それが分かってからは、わたくしはあの修行をアレンジしたものを何度も繰り返した。
やはり修行でもなんでもオリジナリティがないとダメ。人から与えられるものをまっすぐ享受するだけじゃ、望む力は手に入らないもの。
その結果、わたくし自身も修行を通して新たな感覚を得た。ただ雷を纏い、闘志が見せられるようになっただけではなく、もっと別の力だ。
「いつの間にかわたくしは、“人の魂”のようなものが認識できるようになった」
…といっても、これが本当に魂なのかは分からない。わたくしが新たに見えるようになったものを、勝手に魂と定義しているだけだ。
わたくしの定義する魂――それは、実体のない超自然的存在。人を形作る根源的なもの。情熱やエネルギー、生き方などが滲んだもの。そんな感じかしら?
なんにせよ、そのようなものが認識できるようになった。とても不思議な感覚で、これらは実際に目に見えるわけではない。けれど、わたくしの目は確実にそれを捉えている。そんな感覚。
そして、一度魂を認識してしまえば、かつての見えなかった世界には戻れない。当たり前にあるものを、なかったものにはできないもの。
魂の存在はわたくしに新たな目標をもたらした。
「魂の奥にまで届く歌を歌えれば、前世のあなたにも声が届くのでは?」
それは、とてもワクワクする目標だった。
…いいでしょう。歌姫なら、死者にまで歌を届けるくらい余裕でこなしてやりますわ!
今までわたくしは人の脳や心臓を刺激するように歌声を届けていたが、それにプラスして魂にまで歌を届けてやる。わたくしは進化をやめない。挑戦をし続けますわ!
「でも、冷静に考えると、少し悔しいわね。わたくしの一番の才能は、歌の能力ではなく、目なのね」
それでもその事実には、妙に納得感があった。
「そうね。わたくしとは違って、あのババアがアンドロイド流武術を行えば、新たに歌の才能が開花するのでしょう。まあ、あれが過酷な修行をこなせるとは思えないけれど…」
これまでわたくしは、人を見ればだいたいのポテンシャルがわかった。たとえばヒノキを見ると、なんとなくキラキラと輝いているように見えるといった具合だ。
だから、最初は視聴者がヒノキのえちえちモードに騒いでいたのが不思議だった。わたくしにとって、今までもヒノキはキラキラしていたから。
ただ、その時理解した。ヒノキがえちえちモードに入ることで、視聴者にもわたくしの見えていた世界が見えただけなのだ。
わたくしが審美眼だと思っていたものは、ただの才能であったらしい。天が与えたわたくしの一番の才能は、目。
「…まあ、そんなことは関係ないわ。一番の才能が歌の能力であろうがなかろうが、今までとあまり変わりませんしね」
望んでいたものと違う力だとしても、全てを歌に活かす。それがわたくしの生き方だ。それに、一番の才能が目というだけで、わたくしに歌の才能がないというわけではないですしね。
使えるものは全て利用して、攻めまくる。やることは何も変わらない。
「性欲、知識欲、支配欲、金銭欲、表現欲、美貌欲、探求欲、被愛欲、繁栄欲、育児欲、贅沢欲、勝利欲、名誉欲……」
色々な欲がありますが、その全てを利用し、満たすつもりです。男<ヒノキ>だけではなく、欲しいものは全て手に入れてやりますわ!
さて、今月は普段の仕事にプラスしてジ・アース関連のことを手伝うことになったので、また忙しくなるでしょう。
さあ、今月はどんなふうな挑戦をしようかしら?
そして…
「ふふっ、次はどんなふうにヒノキをいじめようかしら?」
ウツギ視点
「ねぇ視聴者共?無音無光ひとりエッチするのは、捗りすぎるから危険よ。一応注意喚起しておくからね」
>しねえよwww
>マジ顔で何言ってるんだよ…
>なんか、あまりの残念っぷりに悲しくなってきた…
>おまえ何してるんだよwwww
>お前さあ……はあ…
ウツギは大真面目にそんな事を言っていたのだった。
次回予告:掲示板回




