閑話休題 毒花女達!
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セリ視点
「もしかしたら、冬の前に決着がつくかもしれない」
ヒノキに貢いでもらった金で買った新作レースゲームの記録を見ながら、僕はそう呟いた。
一位。一位。一位――
このゲームの履歴には、過去のレースで僕の取った順位が記録されている。こうして見てみると圧巻だ。
【総合ランキング 一位:メープル】
ふとランキングを確認してみると、新たに作った“メープル”という名のアカウントの総合順位がトップとなっていた。しかも、二位との大差をつけて。
そもそも僕は新作ゲームの初動で活躍するのが得意なプレイヤーだ。今までも何度も瞬間一位を取ったことがある。
ただ、ここまで圧倒的に一位になるのなんて、僕にとってはかなり珍しいことだ。このスコアが示しているように、最近はあまりにも調子がいいんだよね。
――もしかして、アンドロイド流武術の修行をゲームで再現して、それを終えたから?
最初はヒノキに何かアドバイスできないかと思って、軽い気持ちで始めたことだった。でも、やってみてすぐに気づいた。僕にはあの修行、あんまり向いていないって。
結局、一周クリアしたところで満足してやめちゃった。僕、楽しくない努力を続けられないんだよね。
それでも、僕はあの修行を通して少しは成長できたと思う。
「僕には、ちょっとした“未来予知”のような感覚があるみたいだ」
これが修行を通して、僕が気づいたことだ。
こう聞くとものすごいことのように思えるかもしれないけど、実態は大したものじゃない。
人の「感情の起こり」を、人より少しだけ先に察する――そんな感覚かな。これが僕の未来予知の正体。どうやら僕は、そういう“感情の流れ”を読むのが得意らしい。
そういうことを今までは無意識にやっていた。だから、僕は今まで心理戦が得意だったんだと思う。
そして、最近では意識してこの力を使うことができるようになった。
…だから、僕は最近調子がいいのかな?
いや、違う。もしかしてと思って仮説を立ててみたのは良いけど、あまりにしっくりこない。分かってはいたけど、やはり原因はあれしかない。
「やっぱり、ヒノキの心を深くまで理解しちゃったからだろうね」
僕は今、とても満たされている。それも全て、ヒノキとの一週間の生活が最高だったからだ。
そして――
「絶対にヒノキは僕にプロポーズをしようとしていた」
あのときのヒノキの真剣な目と雰囲気は絶対にそうだ。幼馴染の僕には分かる。
ヒノキは目の奥に覚悟をはらんだ状態で、僕の耳元に近づく。そして、何かを言おうとして、やめてしまう。そんなことを、別れる日に数回繰り返していた。
耳元にヒノキの口元が近づくたびに僕は「え?もうヒノキの心は決まったの!?」と、珍しく動揺していた。もちろん雰囲気を壊さないために平静を装ったけどね。
あの時、心臓が痛いくらい鼓動していた。
話したいことは無限にあるのに、うまく言葉が出なかった。
ドキドキ……ドキドキ……
どうしよう。心の準備ができていない。まさかこんなに早くプロポーズをされるとは思わなかった!
プロポーズされたら、どうやって返事をしよう。嬉しい!嬉しい!!
…ただ、やっぱりヒノキの心は決まりきってはいなかったので、最後までプロポーズの言葉を口にすることはなかったけどね。ほんと、ヒノキは往生際が悪いんだから…
それでも、僕は嬉しかった。飛び上がるくらい嬉しかった。やっと僕の蒔いてきた種が実るのだ!
いざ結ばれる現実が目の前まで来ていると考えると、全能感に満たされた。眠っていた細胞が全て活性化していくようで、もはや無敵かとさえ思えた。
だから僕はこんなにも調子がいい。全て、ヒノキのおかげ。
「うひ、うひひひひ…」
嬉しすぎて変な声が漏れる。いつもでは決して出ないような笑い声が僕の口から出ているが、そんなことは気にならない。
僕はしばらく、笑いをこらえきれなかった。
「それにしてもヒノキとの生活は楽しかったなあ…」
何度目になるか分からないほど、僕はそう呟いている。
例えばあの時、「僕もちょっとだけスローライフをやってみたいから、僕にも何かスローライフで役に立ちそうなことを教えて?」と頼んでみたときなんかもすごく楽しかった。
僕がそう言うと、ヒノキはそれはもう楽しそうに教えてくれた。火起こしや解体、農業、ナイフの使い方など、説明はうまくなかったけど、なによりヒノキが楽しそうで、僕まで楽しくなったんだよね。
「クスネくんといっぱい仲良くなったのも楽しかったな」
ヒノキのお金でいろいろなおもちゃを買って、たくさん遊んだりもした。大はしゃぎするクスネくんを見て、ヒノキは我が事のように嬉しがっていたっけ。
「それに……ふふっ、ベッドでのヒノキはとんでもなかったなあ…」
僕たちは、お互いを激しく求めるように、毎晩濃密に過ごした。お互いの輪郭がドロドロになるくらい、何度も。
えちえちモードとはよく言ったもので、お互いにかなり盛り上がった。盛り上がれば盛り上がるほど、ヒノキも不思議とキラキラが増していく。右肩上がりに楽しくなっていくから、辞め時が分からなくて困ったほどだ。
「あのキラキラしたヒノキの隣にいると、胸の奥がふっと落ち着く。不思議な安心感に包まれて、ただ一緒にいるだけで満たされる…」
ああ、本当にとろけるくらい心地がよかったなあ…
「…そういえば、あれから僕の心の黒い感情が薄くなっているような?」
あれだけヒノキを独占したくてたまらなかったのに、そんな黒い気持ちだけが浄化されたかのように小さくなっている。
これはもしかして、ヒノキが浄化してしまったのかな?
…あれだけ熱く愛し合い、深くまで心を通わせあったのだから、多少浄化されたって仕方がないかもね。
僕は自分の黒い感情も嫌いじゃないけど、浄化されるのも、それはそれで気持ちがいい。
「僕がヒノキの心を感じ取ったように、ヒノキも僕の気持ちを感じているはず」
もしかして、だからヒノキは僕にプロポーズしようとしたのかな?明らかにお互いがお互いのことを愛し合っていることは明白って、ヒノキもようやく理解したのかもしれない。
「…でも、まだヒノキには、とっても強固な心のリミッターがある」
それがあるということは、今までもなんとなく気づいてはいた。
おそらく、前世のトラウマのせいだ。ヒノキは普通であることを望んでいる。故に、前世のある自分を出すことに戸惑っている。明らかに前世もヒノキという存在の一部なのに。
そのせいで、心を抑え込んで生きる癖がついてしまったのだと思う。
ただ、そのリミッターはヒノキが成長するにつれてどんどん緩んできている。そして、僕と一緒にいる時、そのリミッターはかなり緩む。きっと、後もう少しだ。
だって…
「今回の生活で、初めてそこに眠っている特大の感情を感じ取れた」
僕ははっきり感じた。ヒノキの心の奥に隠されていた、とんでもなく大きな愛の感情を。
僕はヒノキにめちゃくちゃに愛されている。それも、僕の想像より遥かに。
「ふふっ、ふひひ……」
また部屋に一人なのに笑い声が漏れてしまった。でも、仕方ないよね。嬉しいんだもん。
僕はしばらくの間笑い続けた。
「リミッターが解除されたヒノキはすごいんだろうなあ…」
ヒノキの心を肌で体感した僕には何となく想像がつく。
あの様子だと、ヒノキはそもそも自身の持つ感情が、常人より濃く、強く、大きい。元々感情の器が大きく生まれてきたんだろう。それをリミッターで抑えて、自分の思う「普通の人」みたいに過ごしていただけだ。
それに、ヒノキは自身の感情をエネルギーに変えてしまえる人間だ。心と体のつながりが強いのだろう。
そんなヒノキが、心のまま思いっきり動きだしたら……ふふ、心のリミッターが外れたヒノキを楽しみにしていよう。
「さて、これから僕はどうしようかな」
ヒノキのことだけじゃなく、りんごとの今後、ルリさんの目的についてや、ヒノキのママとやることになった共同研究のことや、船の操縦のこと。考えることはいっぱいある。
「別に僕はルリさんの目的が叶おうが叶わまいが、どっちでもいい」
正直、知ったこっちゃないもん。
…ただし、ヒノキの事となると話は別だけどね。
僕はヒノキのことを全て知りたい。頭の先から足のつま先、心の中まで全て。
「だから、僕はジ・アースのことについても協力する」
地球のことを理解しないと、ヒノキの全ては真に理解できないだろうしね。
「それに、多分あの操縦席は、重度のゲーマーが作ったものっぽい」
あの場所には、どこか“こだわり”の気配が漂っていた。凝り性の人が作った“匂い”とでも言うのかな。それがあった。
というより、ゲームオタクの強いロマンが介入したという方が正しいかな?
同じくゲーマーの僕にはそれが分かる。そんな船を動かすのが楽しみで仕方がない。
あの日あの場所で話し合った結果、この惑星フルールという船を動かせば、隠されたジ・アースにたどり着くことができるということが分かった。
ただ、この惑星はヒノキのおかげか、かなり有名になっている。そんな惑星がいきなり動き出したら、かなり大事になってしまうだろう。
だから、僕たちはヒノキのママと共同研究して、ヒノキが使っていた「偽装工作」の技術を、惑星全てに適用する必要があると結論づけた。
今まで一人で研究をしてきたヒノキのママだが、今度の研究は僕たちも協力する。みんなの力を合わせれば、なんとか惑星丸々一つを偽装できるようなシステムだって作れる気がする。
そしてフルールが偽装できたら、僕とヒノキの操縦で、この船はすぐにでも地球へ出発するだろう。その時が楽しみだ。
次回予告:挑戦を続ける女




