自己理解!とにかく考える!
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今日はセリとシェアハウスの最後の日。
俺は、セリとの何気ない日常の一つ一つに感謝をしながら、残りの時間を大事に過ごしていった。
「今日もいい天気だね」「僕は最近これを食べるのにハマってるんだ」「ヒノキー、これ見て。面白くない?」「おばあちゃんからこんなメッセージ来てたよ」「あ、この歌、懐かしい!妙に頭に残るから、昔すっごく流行ってたよね!」
相も変わらず、こんな感じの実りがあるわけではない会話が俺とセリの間には多い。
ただ…
「会話を続けていくことで、突然自己理解が進んだりするんだから不思議なものだよなあ…」
俺は滝に打たれながら一人呟いた。
滝行に関しては慣れたものだ。少しくらいなら滝に打たれながら考え事だってできる。
アンドロイド流武術のテーマとして「内的感覚の強化」というものがある。その第一歩は、自分自身を知ること――つまり自己理解だと、ヨヒラは言った。
内的感覚と一言で言っても、この言葉には複数の意味がある。
視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚の外的感覚に頼らず、あらゆる出来事を処理することや、自身の脳、筋肉、腱、関節、細胞の一つ一つ…それらの状態を正確に感じ取る感覚など、そんな風に説明されたことを覚えている。なんかもっと色々説明されたような気がするが、俺が覚えているのはこれくらいだ。
それを聞いて、俺が思ったこと。それは――
……いや、意味わかんねーよ。結局どうすれば良いんだよ。
そんな俺を見かねて、ヨヒラが具体的なアドバイスをしてくれた。
『焦らず、自分の内側を深く、正確に、丁寧に観察してみてください』
その言葉が、俺の修行の軸になった。
…ただ、どうも俺、そういうのが苦手なようなのだ。
自分を客観視することも苦手だし、答えのないことを考えることも苦手だし、丁寧に物事を進めるのも苦手だし……そもそも長い時間考え続けるのも苦手だ。要は俺、自己理解が苦手なのだ。
そんな俺が、ただセリと会話をしていただけで自己理解が進んだ。これは、俺にとっては大きな気づきだった。
というのも、先日雑談中にこんな会話があった――
「なあセリ。なんでセリってそんなにゲームが上手いんだ?なんかコツとかあるの?」
俺はふと気になって聞いてみた。するとセリから、こんな答えが返ってきた。
「別に僕、ゲームが上手いつもりはないんだけどね。心は常にチャレンジャーだもん」
正直、この答えはかなり意外だった。セリは自分のことを客観視できるタイプなので、事実として自分はゲームが上手いと捉えているんだと勝手に思っていた。
「セリって視聴者の反応的にかなり有名人っぽいし、実際上位ランカーになることも多いのに、ゲームが上手い自覚はないんだ」
「うん。確かに僕はいろんなゲームで上位ランカーだよ。その事実は事実としてしっかり受け止めている。でも、世の中には僕より真っ当にゲームスキルが高い人がいっぱいいるんだよ」
「真っ当にねえ…」
「僕はどっちかっていうと、邪道で攻めるタイプ。というか、厳しいゲーム界隈で勝ち残るには、それしかなかったんだよね」
「邪道?」
「うん、王道じゃなくて、邪道。どんなゲームでもなんとか自分の得意の状況に持っていって、無理やり勝っているだけ。これが僕のチャレンジャーとしての戦い方なんだ」
その言葉には、覚悟がはらんでいた。とにかく、勝ちを目指す。そんなセリの生き方がゲームの取り組み方にもあらわれているようだ。
続けて、セリはこんなことを言った。
「正攻法でコツコツ練習して、真っ当にゲームが上手くなる方法だと、僕はせいぜい中の上、甘く見て上の下くらいの実力しかないと思う」
俺の主観だと「そんなことないだろ」としか思えないが、セリがそういうのなら、実際そうなのだろう。
「セリはセリで色々考えて頑張ってるんだなあ…」
「いや?見ての通り僕って怠け者だから、全然頑張ってなんかないよ?」
「ええ…?」
頑張ってないのにそれだけの腕前って、そっちのほうがすごくない?天才じゃん。
そんな俺の困惑した表情を見て、セリがこんな補足をした。
「僕って、苦しい頑張りなんて意味ないっていう、極端な考えを持ってるんだ。とにかく自分が楽しめる方法で、自分にしかできないことを伸ばす。それも、適切な時間だけ。後は、適切な時間休憩して、適切な時間だけ考え事をする。上手くなるためにやってることといえば、それくらいかなあ…」
どうやらセリは、メリハリをつけた上で、かなり力を抜いて努力をしているらしい。というより、努力を努力と思っていないのかな?
「なんかあれだな。怠け者で効率厨のセリらしいやり方だな」
やっぱり結局、セリはセリなんだよな。
頑張り方にも、その人なりの個性があるらしい。そう考えると、なんだか少し興味深い。
セリのやり方は、自分の理論や生き方、性格まで全部考慮して、自分に最も合う形にカスタマイズされている。
だから、俺が真似したって効果は薄いだろう。そもそも俺、苦しみの先にこそ何かがあると思っているタイプだし……考え方の方向性が、俺とはまるで違う。
「確かにそうだね。このやり方も、人生に不必要なものをどんどん削っていった結果残ったものだからね……僕は自然と頑張り方も効率化していたみたいだ」
セリは「なるほどね」と、何かに納得したようにうなずく。
「なんだかヒノキのおかげで、改めて僕が何が得意か、しっかり自覚できたよ。ありがとうヒノキ」
セリは独り言のように、「駆け引き、頭脳戦、効率化、集中力、ゲームへの没入感…」と、一つ一つ自分の得意なことを指折り数えながら、ゆっくり噛みしめていた。
…いや、それだけ得意なことがあるから、ゲームで上位にいるんじゃないの?とか内心でツッコミつつ――
こんな感じで、セリの自己理解が進んだのだ。
おい、セリの自己理解が進んだだけじゃん。お前はどうなんだよ?と思うかもしれないが、安心してくれ。ちゃんと俺自身も自己理解が進んでいるから、こういう話をしている。
ほら?俺もこの会話中、「セリのやり方を俺が真似したって、効果は薄いだろうな」みたいなことを考えてただろ?これも、一種の自己理解だ。
そして、大事なのはその後。
――セリと俺は違う。セリにはセリのやり方がある。じゃあ俺にはどんな努力が向いている?
そう思いついたので、俺はそのことについて話題に出して、またつらつらと会話を続けていった。そうすると「じゃあこういう場合は?」などと話は変わっていき、同じように会話は続いていく…
そうやって数珠つなぎのように会話していった結果、「俺がどんな人間で、どんな努力の仕方が向いているのか」の輪郭が、なんとなく見えてきたのだ。
これって、俺が一人でぐるぐる考えていても、こんなスムーズに理解できなかったはずだ。会話ってすごいわ。
セリは邪道を好む、俺は王道を好む。
セリは「無駄を削ぎ落とす」ことで理想に近づいていく。俺は「限界を押し広げる」ことで前に進んでいく。
セリはできないことはすぐにスパッと諦め、できることの応用で勝負する。俺はできないことにもとりあえず挑戦し、失敗したら一度は諦めるが、未練がましくまた挑戦してしまうタイプ。
こんな風に、セリと対比していくだけで、勝手に自分のことが分かっていった。
要はあれだ。バスケで例えてみると分かりやすいかな?もし、身長が足りなくて、うまくなるのにどうしても不利な時。そういう場面を考えると分かりやすい。
セリの場合は外からのシュート力を磨いたり、細かいドリブル、パスで試合をコントロールしたり、運動量で勝負したり……他のところで活躍するタイプだろう。まあ、それが賢い選択だし、効率的だもんな。
だが俺の場合、俺はとにかくジャンプ力を伸ばすことを努力してしまう。たとえそれが非効率だと分かっていても、関係ない。「高さで負けているのなら、高くジャンプすればいいだけ」と、シンプルに考えるタイプという訳だ。
「ふう……滝行終了」
なんだか今日はいつもより考え事が進んだ気がする。よしよし。修行は順調だ。
「さて、本番はここから。無音無光の空間へ、レッツゴー!」
トレーニングルームの環境を変更。いつものように、無音無光、高重力になるように設定。
この空間で、俺はランダムにオリジナルラジオ体操をするだけ。言葉にするとそれだけの、簡単な修行だ。
…まあ、それに苦戦しまくっているのだがな。
でも、今日はなんだかいつもより行ける気がする。今日こそ一時間、ギブアップせず、しっかりやりきってやるぜ!
――自己理解が進んだからだろうか?結局この日、俺は過去最高記録となる四五分間修行をやり続けることができたのだった。
そして、ギブアップした後…
「ん?もしかして……セリ、ここに来てる?」
修行によって感覚が研ぎ澄まされていたからか、ほんの僅かなセリの気配を感じ取ることができた。
「おおー!完全に気配を消していたのによく察したね!今までのヒノキだったら絶対に気づかないと思ってたのに!すごーい!」
ぬるりとセリは闇から姿を表した。いや、暗殺者かよ…
どうもセリは待ちきれずにここへやってきたようだ。気配を消していたのは、修行の邪魔になるかもと考えてのことだったらしい。
さて、この後はセリとの最後の夜の散歩だ。とっておきを見せてくれると言っていたが…一体セリはどんなものを見せてくれるのだろうか?
次回予告:まさかの場所でお月見!




