身体変化!夜のお散歩!
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セリとのシェアハウス生活は、一日、一日……と、何事もなく続いていった。相も変わらず、気楽で穏やかな毎日。
そんな何気ない日々を過ごす中でも、俺の中で変化していることはある。
一番顕著なのが、アンドロイド流武術だ。
今まで俺は、滝行に関してなら完璧にこなすことができたが、無音無光の空間での修行に関しては、かなり進みが悪かった。
というのも、たった十五分修行するだけで、音を上げてしまうほどだった。本来この修行は一時間が目安と言われているのにだ。
それを今まではドーピングの力を借りながら、なんとか最後までやっていたのだが…
なんと、セリとの暮らしを始めてから、ドーピングなしでも三十分は修行を続けることができるようになったのだ!
なぜいきなりこんな成果が出たのか――それはきっと、セリのおかげだ。
この修行では、心が丸裸になる。それが俺には辛かった。それは今も変わりない。
ただ、どうしても辛くなって、息をするのもしんどくなった時――セリのことを思い出せば、途端にふっと呼吸がしやすくなることが分かったのだ。
『ヒノキ、おはよう』『ヒノキー、あれ買って?』『ヒノキ、大好き!』『ヒノキ、ヒノキ、ヒノキ――』
このように、限界がきたら、いつも俺はセリが俺の名前を呼ぶ光景を思い出す。
当たり前の日常すぎて気づきもしなかったが、どうやら俺の心は、セリが俺の名前を呼んでくれるのが、嬉しくて仕方ないようなのだ。
当たり前のように名前を呼んでくれる。当たり前のように触れてくれる。当たり前のように目が合う。当たり前のように甘えてくれる。当たり前のように好きでいてくれる…
そんな俺の中の「当たり前」に気づくたびに、俺の修行時間はどんどんと伸びていった。
(そうか、俺ってこんなにセリから幸せを貰っていたんだなあ…)
俺は、宇宙一の幸せものだ。
そんな風に修行が進むにつれ、俺に明らかな変化が訪れた。
それが分かったのは、思ったよりアンドロイド流武術が進んだ日の夕食時でのこと。
「ヒノキ、なんだか今日はよく食べるね」
「そうなんだよ、なんかいつもの三倍くらいなら、ぺろりと食べれちゃうんだよね。不思議だわ」
セリにも指摘されたように、明らかに俺の食欲は常軌を逸していた。
俺は普段から、食事の栄養、カロリーには気をつけている。足りない栄養は栄養補給タブレットやサプリで補い、食べ過ぎ、食べなさすぎには気をつける。それが当たり前だったし、それでなんの問題もなかった。
ただし、最近ではそれができない。
どうしても、身体が強烈にカロリーを求めるのだ。それも、必要以上に。
最初は我慢しようとしたが、セリに「きっと、身体が栄養を求めてるんだよ。これはただの僕の勘だけど、絶対に我慢しないほうが良い」とアドバイスされ、それに従っている。セリの勘は当たるからな。
理論的には、明らかな爆食い、明らかなカロリー過多のはず。なのに、食べれば食べるほど身体の調子はいい。
これを良いように言うと、どうも俺、理論を超えた存在になってきているようだ。
理論を超えたと聞いて思い当たるのは、ヨヒラの言っていたアンドロイド流武術のテーマの、後半の方。
『内的感覚の強化、及び非合理性の追求』
きっと、俺も非合理性とやらの追求をするレベルまで来たのだろう。
…よく考えれば、滝行をして身体がキラキラしだしたのも、非合理性とやらの始まりだったのかもしれないな。「なんかできるようになった」くらいにしか考えていなかったが、冷静に考えると、生命力が溢れて光りだすなんておかしなことだもんな。
非合理なんていう未知の領域に行くのは、少し怖い。でも、とにかく頑張ってみようと思う。大丈夫、俺ならできる。だって俺のそばにはいつも、最強で最愛の幼馴染、セリがいるからな。セリさえいれば、俺は百人力だ。
◆
その後もあっという間に一日、一日が過ぎていき、セリとのシェアハウスも残り一日となった。今晩寝て、明日の夜、俺はトリカの家に行くことになっている。
今はセリと閣下とクスネと、寝る前の夜の散歩の最中だ。
思えばこの一週間で、セリとの散歩もたくさんした。特に、セリが厳選した面白い所、生物がいる場所を案内してくれるので、退屈する暇がない。
「この森での散歩は、驚きの連続だったなあ…」
「ふふ、ヒノキをいろんなところに連れ回した甲斐があったね」
今日も何気ない会話をしながら、ゆっくりこの森を歩いていく。風呂上がりで火照った身体に、この森の冷たい空気が気持ちいい。
「この森でいろんな珍しいものを見たから、俺の中の常識が大きくなった気がするわ。なあ閣下」
「かっか!」
閣下の頭の触手のような部分の先っぽが緑に光る。閣下も散歩でリラックスしているらしい。こころなしかいつもより楽しそうにほわほわと浮いている気がする。
「ゴーストたちの毒飲みパーティーに混じって酒盛りしたり、見たこともないような歪んだ色の水草みたいな生物に餌をあげたり……全部楽しかったなあ」
「僕もいっぱい楽しかったよ!ねえ、みんな!」
「かっか!」
「わん!」
ここでは不思議なことが日常的に起こる。ここでしか見られないような珍しい光景がたくさん見られる。
例えば、「めえぇ〜」と羊のような声で鳴く空飛ぶクリオネの大群を見て「…なにその鳴き声」と違和感を覚えたり、ちっちゃいきのこみたいな生物が、うっすら身体を光らせながらテクテク森を闊歩しているのを見て、「きのこのくせに可愛い」と感じたり。
こんなことがしょっちゅうあれば、自然と自分の中の常識だって拡大されるというものだ。
「もう明日が最後だし、明日はとっておきを見せてあげるよ!」
セリが俺の手をぎゅっと握る。俺もしっかり握り返す。
「とっておきかぁ……それは楽しみだな」
今までも十分すごいところに連れて行ってもらっていたのに、まだとっておきがあるらしい。この森は面白いなあ。
「ねえねえ?ヒノキは僕とのシェアハウス生活、楽しかった?」
握った手をぶんと楽しそうに振りながら、セリが俺にたずねる。
「もちろん!最高に楽しかったよ!」
「わあーい!僕も最高に楽しかったよ!ヒノキ大好き!」
ギューッとセリが俺の腕に抱きついてくる。俺もセリ大好き。こうやって抱きつかれるの、すごく嬉しい。
「ねえ?ちゅーして良い?」
「うん」
セリが俺のほっぺを唇で軽く濡らす。嬉しい。自然と口角が上がる。
お返ししたいが、この場では自制することにした。俺って一度火が付くと、もう自分で自分を止められないんだよね。
俺たちがそうやって戯れているのを見て、閣下が棒のような手をパタパタさせて、嬉しそうに光る。どうも閣下は俺とセリがイチャイチャしていると嬉しいようだ。
思えば、閣下ともこの一週間でたくさん交流を深めた。閣下にいたずらされたり、逆にいたずら仕返したり……以前作った公園とかにも一緒に行ったし、また陶芸にチャレンジしたりもしたな。
閣下は色々未知な部分はあれど、深く考えなければただの可愛い生物だ。だから、もう不思議な部分はどうでもいいやと思っている。
「さあ、着いたよ。ここが今日の目的地!」
そうしてゆっくり歩いていると、セリが前方を指差しながら、そう声を上げた。
「うわあ、綺麗……クリスマスツリーみたい!」
思わず息を呑んだ。
目の前の大きな木の枝いっぱいに実ったきのみが、色とりどりに光っている。自然のはずなのに、誰かが丹念に飾り付けたかのような輝きだ。
風に揺れるたび、この暗い森にカラフルな光がこぼれ落ちていく。
俺はしばらくのあいだ、息をするのも忘れて見入っていたのだった。
「ヒノキ、あの木のてっぺんを見て。小さな星型のきのみがあるでしょ?今日ここに来たのは、あれをお土産にしてもらおうと思ったんだ」
満足するまで見終えた頃を察して、セリにそう声をかけられた。
はて、きのみがお土産?たしかに星型で面白い形ではあるが、それ以外は特徴はなさそうだが……ま、よく分からないが、とりあえず言われた通り取ってくるか。
俺はぱぱっと木に登って、きのみを取る。
手に持った感じも、普通のきのみだが…
不思議に思いつつ、俺は木から飛び降り、セリの元に戻った。
セリは俺が星型のきのみを持ってきたことを見ると、ポケットから星型のきのみを取り出した。おそらく俺の持っているものと同じ種類のものだろう。
「このふたつの実をコツンと合わせるとね……ほら、くっつく。で、一度くっつくと、どれだけ離れても引き寄せ合うんだ。本当にどこにいてもね。不思議でしょ?」
「おおー、面白い!」
こんな性質があるため、ある場所では、この実は“縁結びの実”と呼ばれているらしい。お守りのようにこれを肌身離さず持っている二人は、一生良好な関係が築けると言い伝えがあるとのこと。
「確かにこれ、セリと一緒に暮らしたお土産にちょうどいいな!常に持ち歩いておくことにする!」
こういうの、ロマンチックでめっちゃ好き。
「じゃあ、僕もそうする!」
そうやって顔を合わせて笑い合う。
俺たちはここでしばらくの間、この景色を心ゆくまで楽しんだのだった。
次回予告:邪道を極めし者




