閑話休題 毒花女達!
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セリ視点
勝負の時期は冬――僕は今月、そう決めた。
今日も僕は閣下と共に、深夜の森を散歩している。
約一週間後には、ヒノキが僕の家にシェアハウスに来るから、僕の足取りは軽い。楽しみ過ぎて、どうしたって心が弾んでしまう。
散歩をしながら、僕はいろいろな人のことを頭に思い浮かべる。ヒノキのこと、閣下のこと、おばあちゃんのこと、ゲーム仲間のりんごのこと、その他雑多なライバルたちのこと…
「ねえ閣下。明らかにヒノキは今、なにか殻を破ろうとしているよね?」
僕は閣下に考えを共有する。
今までは考え事は自分の中だけで完結していたが、今の僕には閣下がいる。最近では、とりあえず閣下に考えを共有するクセが付いたんだよね。
「かっか!」
やっぱり、閣下もそう思うよね。閣下もよくヒノキのことを分かっている。流石は僕の相棒だ。
僕には今、ヒノキが大きく変わろうともがいているように見えるのだ。
…じゃあさ、閣下。この考えも間違っていないかな?
――僕が今年の冬に、ヒノキとの関係を大きく動かす“勝負の時期”に決めたことも。
きっともうすぐ、機は熟す。
ヒノキが殻を破り、心身ともに大きく成長し、前世の死というトラウマを乗り越え、僕を心から受け入れてくれる。そんな時期が来る。
僕には不思議と、そんな確信があるのだ。
ふふ、待つのが得意な僕が、こんなに早く勝負を決めに行くなんて、僕らしくないかな?いや、ある意味ギャンブル好きな僕らしいのかもしれないね。
ま、僕は勝負の時期に万が一にも失敗するつもりはないし、たとえ失敗しようが、一ミリたりともヒノキのことを諦める気はないけどね。
未来がどう転ぼうが、この先何が起ころうが、僕はヒノキを手に入れる。それだけは絶対に変わらない。
「あ、見て閣下。大蛇様だよ。相変わらず、大きくて綺麗だねえ…」
「かっかっか!」
僕と閣下が遠くから手を振って大蛇様に挨拶すると、大蛇様はこちらをちらりと見て、舌先を小さく震わせて応えてくれた。
この深い森には、山一つ分あるほどもある大きさで、穏やかで、知性のある白蛇が生息している。
きっとあの蛇は、この森の「ヌシ」なのだと思う。
あの大蛇様には、他の生き物にはない気高さがあるのだ。それに、あれだけ大きいのに動きがとても静かで、移動した痕跡を残さない不思議さも、僕がヌシと断定した要因の一つだ。
だから僕は敬意を込めて、大蛇様と呼んでいる。
大蛇様は、まるごとこの森を見守るように、毎晩この森を動き回っている。月明かりに照らされて這う大蛇様は、とても神秘的で美しい。
きっとヒノキは、大蛇様みたいな生き物が好きだろうなあ…
あ、そうだ!いいこと考えた!ヒノキがシェアハウスに来た時、一緒に夜の森を散歩することを提案してみよう!そのときにでも、一緒に大蛇様を見られるといいな。
それに、大蛇様ほどではないが、この森は他にも見どころはいっぱいある。特に夜はすごい。この森に住む生き物たちはほとんどが夜行性だから、夜のほうが森が賑やかなんだよね。
例えば、変な声で鳴く空飛ぶクリオネとか、ゴーストたちによる毒飲みパーティーとか、油膜が光を孕んだときのような、歪んだ色の水草とか…
きっとヒノキは、夜のこの森を気に入ってくれるだろう。
それに、最近では季節が変わって、夜が長い。秋の夜長ってやつだね。だから、夜の森を案内する時間はたくさんあるというのもちょうど良かった。
あーあ、早く来週にならないかなぁ…
「また来月も楽しくなりそうだね。閣下」
「かっか」
そんなふうに楽しく散歩をしていると、以前ヒノキを案内した足湯になる毒の沼地にたどり着いていた。
「せっかくだし、ここで休んでいこうか」
散歩だからといって、とにかく歩き続けるというわけではない。
思いつくままに、のんびり気ままに、適当に。それが僕の散歩スタイルだ。
僕と閣下が沼に足をつけ、リラックスしていると、前方に、以前ヒノキとも見た紫の蝶々たちが、数え切れないほどひらひらと飛んでいるのが見えた。
どうもここはあの蝶々たちの出会いスポットのようだ。蝶々たちは夜になると、異性を求めて大量にここにやってくる。あちこちで二組の蝶々が弾むように飛んでいる。
「今の僕とヒノキは恋人になったばかりだからか、とってもアツアツなんだよね」
それこそ、あのカップルの蝶々のように。
「かっか」
閣下が「それはとてもいいことだ」というように、相槌をうつ。
思えば、今月は本当に何も考えず、ただイチャイチャしていただけだった――
今月は、ヒノキが配信を終えてから、新しく作った公園で何度も遊んだ。
公園を作った日もそうだったし、その後公園で遊ぶ時もそうだったのだが、いつもヒノキは日が落ちてきて帰る時間になると、わざわざ僕を家まで送ってくれる。しかも、僕のわがままで、おんぶした状態で。
そしてヒノキは、家について別れる際、子供の頃のように「またあした」って優しく手を振ってくれるんだ。
関係性は変わっても、そういうところは子どもの頃から何にも変わっていない。僕にはそれがすんごく嬉しかった。
だから僕はつい、飛び跳ねるようにヒノキに正面からギューっと抱きついて、「またあした」って返すんだ。
ふふっ、今月はそんなことばっかりやっていた気がするなあ…
こんな風にイチャイチャしていただけだから、僕たちの関係は一見すると、進みも後退もしていないように見えるだろう。イチャイチャすることなんて、いわば打算なしにただ男女の快楽を享受しているだけだからね。
でも、僕は秋の間、今月と同じようにイチャイチャしまくるし、それ以外は特に何もする気はない。
だって、ヒノキにとってこんな日々は、とてもかけがえのないものになっているはずだからね。それに、何気ない日常の積み重ねこそが、ヒノキが殻を破るために必須な気がするし。
一見すると停滞に見える日々でも、確実にヒノキの中で種が芽吹いている。きっともうすぐ、花は咲く。
さて、十分休憩したし、家に帰ろうか。
「ねえ閣下?そろそろ、ヒノキも自分で気づいたはずだよね」
「かっか?」
閣下がコテンと頭を斜めに傾ける。
「――自分が、思っているより寂しがりやだってこと」
さらさらと、風が木々を揺らした。
「かっかっか!」
閣下が分かる、分かると相づちを打つ。
そう。ヒノキはとても寂しがりやなのだ。
一人で生きていけるだけの強さがあるヒノキ。そんなヒノキも、この惑星でスローライフしながら今までより穏やかに暮らしたことで、自己理解が進んできたはず。
だから、そろそろそのことに気がついていても、おかしくない。
寂しがりやだから、男性なのにスキンシップが大好き。
寂しがりやだから、わざわざこの惑星に逃げてきたにも関わらず配信なんてしてしまう。 寂しがりやだから、ヨヒラさんを買う時も即決してしまう。
ヒノキの根底には、強い寂しさが根強く存在しているのだ。
きっとそのことに今まで気がつかなかったのは、僕のせいだ。
どんなときでも、僕がずっとそばにいたからね。ヒノキが僕がいると落ち着くのは、僕がヒノキの寂しさを埋め続けていたからなんじゃないかな?
そして、もし本当に自分が寂しがりやだと気がついているのなら、こうも思っているんじゃないかな――自分はセリなしでは生きていけないんじゃないかって。
ふふ、ふふふふふ。やっと、僕とおそろいだ。
ふふっ、ヒノキがようやく僕と同じところまで来たから、僕はやすやすと決められたんだよ?勝負する時期の決断がね。
でも、僕は一切油断はしない。いつだって、予想外のことは起こるものだ。
現に、ヨヒラさんまでヒノキのことが気になってきている。
僕はヒノキに「結婚してくれ」と伝えられたとき、一瞬だけヨヒラさんがメスの顔をしたのを見逃さなかった。アンドロイドは「恋」をする機能なんてないのにも関わらずだ。
アンドロイドがライバルになるなんて、この僕でも予想だにしなかったなあ…
でも、そんなことは関係ない。別に、ヒノキは感情のままに、好きにすれば良いよ。全ての障害を乗り越えて、完璧に、徹底的に勝つつもりだしね。
何が起ころうが、最後に勝つのは僕だ。
「もうすぐ、チェックメイトだよ。ヒノキ。観念して、僕を死ぬほど愛してね」
次回予告:努力の女視点




