プロローグ
「買っちゃった~。買っちゃった~。安かったから、買っちゃった~♪」
見ての通り、俺は気分がいい。
気分が良すぎて、全財産をはたいて「無人惑星」なるものを買ってしまったほどだ。
大金が入って、気分が良かった。
いつもなら俺のバカな買い物を止めてくれるであろう、同居人が実家に帰っていた。
たまたま無人惑星なる商品が80%OFFのセール中だった。
──結果俺は、ノリノリで購入ボタンをポチッてしまったのだ。
「惑星が買えちゃうなんて、前世じゃありえないよなあ。すごい世の中だ」
俺は手をパンと叩く。
すると、自動調理器から出てきた見事な料理と、今日の気分に合わせた最高の飲み物が、机の前に一瞬で出現した。
さあ、食事を楽しもうか。
──宇宙暦20025年。
前世から考えると、ありえないほど技術が進歩した世の中。
そんな宇宙に、俺こと「ヒノキ」は、1990年代に産まれた日本人男性の記憶を持って、転生してしまったのだ。
こんな惑星間交流が進んだ世界で、前世なんてあっても何の役にも立たない。
なんなら、前世の価値観が邪魔して、かなり生きづらいことになっている始末だ。
「こんな前世さえなければ、俺も普通の男と同じ様に、女性に弱くなかったのかなあ…」
前世では、俺は全くモテなかった。
悲しいくらい、モテなかった。
「モテ期」と書いて、「ファンタジー」と読んでしまうくらい、それはもうモテなかったのだ。
だから、この男女比が1:10で、女性が多い宇宙に転生したことに、最初は大喜びした。
この世界なら、こんな俺でもモテるだろうと。
でも…
「この宇宙の飢えた女性どもが、獣すぎる。俺という男を、獲物としか見ていないんだよなあ…これじゃあ、俺の理想は叶わないんだよ」
俺の理想。それは、紫陽花。
美しく控えめで、静かに寄り添ってくれるような。
そんな女性と、幸せな結婚生活を送るというものだ。
美しい女性なら、この宇宙にもたくさんいるんだよ?
でも、控えめな女性というと、話は別だ。
俺はこの二十五年の人生で、一度たりとも控えめな女性なんて、見たことがないのだ。
「でも、俺は諦めない!きっとどこかに、俺の理想とする女性はいるはずだ!なんたって、男女比が1:10。女性は星の数ほどいるんだからな!絶対に結婚してやるぞ!」
ただし、だ。
この宇宙では、結婚という概念は、あまりに古臭い制度とみなされてしまっている。
わざわざ書類にサインして、生涯の相手を決める──そんなこと、今どき誰もしない。
【自由に恋愛を楽しむ】
これが、この宇宙では当たり前の価値観だ。
一緒に住んだり、子供を産んだりなど、何をしても。
同性でも、異星人だろうと、複数の相手であろうと、誰とでも。
本人たちが納得さえしていれば、どんな形の恋愛だって良い。
そんな風潮が、広く受け入れられているのだ。
「でも、なぜか俺の結婚に憧れているという考えは、誰に伝えても鼻で笑われるんだよなあ…」
きっと、俺が考える結婚というものが、自由のないお堅いものに見えるからだろう。
生涯愛する人を一人決めて、絶対に浮気はせず、死ぬまで一緒に過ごす。
そんな俺の理想は、自由な恋愛が好きなこの宇宙の女性たちには、受け入れがたいものらしい。
「…ごちそうさまでしたっと。さて、惑星を買ったはいいものの、これからどうしよう?」
ぶっちゃけノリと勢いで買ってしまったので、使い道なんて考えていなかった。
惑星丸ごと再設計して、超娯楽型施設でも作るか?
それとも、避暑地として個人的に楽しむだけにするか?
はたまた、惑星全部を大規模農業地帯として、食材の輸出でお金を稼ぐのも面白いか?
…どれも頑張れば可能っちゃ可能だろうが……うーん。どれもしっくりこないな。
というか、宇宙船で一ヶ月もかかる辺境すぎる場所に惑星があるので、そもそも往復がしにくいんだよな。
どの案も実行しようとすれば、往復だけでかなり面倒だろう。
…そうか。
これだけ不便な場所にあるから、捨て値で売っていたんだな。
「ん?これだけ行くのが面倒ってことは、逆に考えると、追ってくる人も面倒がって来ないってことだよな」
そう呟いた瞬間、俺の頭に電流が走った。
「そうか!この惑星、逃げ先としてちょうどいいんだ!」
思わず、俺は立ち上がって叫んでいた。
俺はちょっとした事情で、有名人となってしまっている。
そのせいか、最近は気の休まらない日々を過ごしていたのだ!
「よし!一旦女性たちから離れてみて、十分リラックスした後、本腰を入れて理想の女性を探してみるか!ふふふ、俺はいつか控えめな女性と、プラトニックな恋愛を楽しみ、幸せな結婚生活を送るのだ!」
無人惑星での一人の生活。
これはいわば、「究極のお一人様ライフ」だ!
あ、そうだ!
せっかく一人で生活するなら、前世で夢見ていた「スローライフ」をやってみるなんてどうかな!?
うん!そうしよう!ナイスアイデア!
…でも、そうやって暮らすだけだと、お金が一切入ってこない。
よし!なら、俺のスローライフ生活を配信して、小銭を稼ぐか!
どうせ、この便利な技術と、あふれる娯楽に染まった現代の軟弱な女性たちは、一ヶ月もの宇宙旅行なんて、退屈すぎて発狂ものだろう。
だから、配信したとしても、追ってくる猛者なんていないはずだしな!
「そうと決まれば、早速出発しよう!いざ惑星『フルール』へ、出発!」
その展望がどれだけ甘かったのか、彼はまだ、これっぽっちも分かっていなかった。
そう。何事にも、「例外」という存在がいるのだ。
──この物語は、いずれ辺境の惑星まで追ってくる、毒の花のような性格のヒロインたちに、狙われまくってしまう男の物語である。




