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三分間スピーチ

作者: 雉白書屋

「あ、あの、あのですね、あの、あの、はい、あの」


 ――ふふっ。

 ――はははっ。


「え、えと、わた、わたす、わたしは、わたすはぁぁ! あ、あ、あぁあ」


 ――なんで一回『わたし』って言えたのに、また『わたす』に戻ったんだよ……。

 ――うふふっ。

 ――やっぱり、あの人、ふふっ。


「え、えへへ、あの、それで、ですね、えと、なんでしたっけ、へへ」


 ――始まってもいねえよ。

 ――はははっ。

 ――早くしろーい。

 ――三分しかねーんだぞ。


「ええ、えと、はい、さんぴゅん! さ、三分間というのは、い、一瞬で過ぎ去るようでいて、永遠にも、か、感じられる時間ですよね! じ、実際、そ、そうなのかもしれません。つ、つまり、人生は、さ、三分間の、く、繰り返しであり、こ、この先の未来を左右する、貴重な時間なのです! そ、それで、さ、三分間スピーチと、いうことで、え、えと、その、私が今から何をお話するかというと……実は、私のポケットに入っていたスピーチ原稿が、今、逃げ出しちゃいました! ……え、えと、文字通り、原稿が足を生やしてですね、あ、見てください! 今、原稿がこの部屋を出て廊下に行きましたよ! 誰か捕まえて……あ、も、もう遅いですね。そ、即興でやりましょう!」


 ――は?

 ――原稿なら手に持ってるだろ。

 ――あのしわしわのやつ?

 ――何言ってんだあいつ。


「え、えと、じょ、じょ、ジョークでした! ……へへへ、わ、わた! 私たちの生活は、まさにこのスピーチのようなもので、け、計画を立てても、予期せぬ出来事が起こり、慌てて追いかけるばかりの日々です! わ、わたすは、ご、ご、ご覧のとおり、す、スピーチというものが、に、苦手でして、も、もはや天敵、あ、悪魔のような存在であります! し、視線や、ちゅ、注目を浴びるのが、にが、ニガー、苦手、でして、へ、変なことを言ったり、変な感じになっちゃうんですよ」


 ――それはもう知ってる。

 ――あの人よく、うちの会社に採用されたな。

 ――会社に勢いと余裕があった頃に運良く入り込んだらしいぞ。


「そ、それで、し、視界が真っ白で。あ、あはははははははは! 皆さんの顔が見えないから緊張しなくて済みますねただし私のスピーチを楽しむ皆さんのお顔が見えないのが残念ですが!」


 ――早口、怖。

 ――なんなの? いきなり笑い出したと思えば……。

 ――いや、たぶんジョークだろ。

 ――先に笑い出すのかよ。誘い笑いって後からだろ。


「そ、そ、そ、それで、きょ、今日は、なんの日でしたっけ?」


 ――は?

 ――こっち見るなよ。

 ――またジョークなんじゃないのか?

 ――空気読めよ。


「きょ、今日は、へ、へ、へへへ、へ、平凡な日です! ど、どういうことかと、も、申しますと、わ、私の日常というのは、とても平凡で、あ、朝起きて、し、仕事して、あ、ご飯は食べます、と、トイレにも行きます、で、し、幸せで、ゲホッ! すぅー、はー、ゲホッゴホッ!」


 ――口を覆えよ。

 ――深呼吸でむせるなよ。

 ――というかもう息しないでほしい。

 ――無駄に息を吸うな!


「え、えと、そ、それで、な、なんの話でしたっけ? な、なんか、頭がふわふわ、しちゃいますね。酸素が足りないのかなぁ? なーんて、ジョークです、はははははははは!」


 ――笑い声、うるさっ。

 ――スピーチが苦手にもほどがあるだろ。

 ――まー、あいつ最後だしな。緊張するだろう。

 ――早く締めろよ!


「と、とにかくですね、わ、わた、私は、も、問題をかかか、解決するために、た、多大な努力をしてきました。し、しかし、ざ、残念ながら、目標達成には至らずに、あ、新たな戦略を立てる必要が、あ、あります! そ、そしてそ、それは、み、皆さんで、協力し合うことがた、大切で、そ、そう、空気を大切することがね!」


 ――何、うまいこと言ったみたいな顔してんだよ。

 ――いい加減にしろよな。

 ――お前が空気読めよ。 


「そ、そ、そそうです、人間関係は空気を読むことが、大切です! コミュニケーション! フォオオオウ!」


 ――もういいでしょ。

 ――三分経ったよな。

 ――あともうちょいだな。


「そ、それで、えと、すーはー、すーはー、はぁぁぁぁふぅぅぅぅ、はぁぁぁぁ」


 ――だから無駄に息をするな!

 ――もう投票しましょうよ!


「え、え、え、え、ま、まだ話は終わっていません! それで、えと、なんでしたっけ?」


「サトウくん。ありがとう。素晴らしいスピーチだったよ」


「あ、せ、せ、銭湯」


「船長ね。それで、君の気持ちは良く伝わってきた。君は空気が大切だと、そう言いたいんだね?」


「は、は、はい!」


「そのために、君が犠牲になってくれるというわけだね? ありがとう。君自らそう言ってくれて、我々も罪悪感を抱かなくて済むよ。君は英雄だ。なあ、みんな!」


 ――おおお!

 ――そうだったのね、サトウさん。

 ――サトウさん、素敵!

 ――ありがとな! サトウ!

 ――最高のスピーチだったぜ! 


「い、い、いや、こ、こ、こんな、ひ、人前で、スピーチ、なんて、わた、わたすが苦手なことを知っていて、さ、最初から、こ、公開処刑じゃないですかあ……」


「フハハハハ! いいね、そのジョーク! なあ、みんな!」


 ――あははははは!

 ――あーっはっはっは!

 ――うふふふっ。

 ――ははははははっ!


「そそそ、それに、わた、わたし一人が犠牲になったところで――」


「もういいから、口を閉じて。はははっ。……さて、みんなも知ってのとおり、我々が乗るこの宇宙船は隕石群に遭遇し、多大な損傷を受けた。救難信号を発信することができず、空気循環システムも機能しなくなった。残された空気を節約するため、誰か一人が犠牲になる必要がある。そこで、みんなには思いの丈を三分間スピーチという形で発表してもらった。ありがとう、みんな、素晴らしかった! しかし、投票の必要はなくなった。彼、サトウくんは自ら犠牲になることを選んでくれた。ありがとう、サトウくん。君は偉大な男だ。君のことは忘れないよ。さあ、みんな、拍手!」


 こうして、サトウは宇宙葬用の棺桶に入れられ、船外へと射出された。

 耳に残る、けたたましい拍手の音と同僚たちの笑い声が精神を切り裂き続けた。

 その苦しさからサトウは棺桶の小窓を爪で引っ掻き続けたが、やがて動きを止めた。彼は安堵したのだ。あの場を離れられたことに、そして、もうスピーチをしなくて済むことに。

 サトウは仮死状態で、宇宙を漂い続けた。


 そして……


「おい、大丈夫か、あんた」

「ここはインペスト社の宇宙船だよ」

「ほっておこうと思ったんだが、棺の小窓に内側から引っ掻いたような痕があったから気になったんだ」

「あんた、オーラムテック社の人だろ? 棺に会社のマークがあったぞ。何があったんだ?」


 幸運なことに他の会社の宇宙船に回収された彼は、空気を読み黙祷を捧げたのだった。

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