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イグリアス国第二十六代目国王のマウリッツは一番高い席から、ギャアギャアと鴉のように騒ぐ議会をどんよりとした表情で眺めている。


「陛下!独立条約の第三項には農林関係者達が納得しないでしょう。早々に取り消しを」

「独立の国境ラインがこれでは元のラインからはみ出ているので侵略の可能性があると」

「二重国籍の問題について司法長官が」

「軍部から国境警備についての」


問題は次から次へと溢れ出ていた。

議会は意見がまとまらず、この一週間結局何ひとつ決まらないまま次の一週間を迎える。


「陛下」

後ろから宰相が耳打ちをしてきて、マウリッツはひとつ頷くと宰相に後を託して議場を去る。


「ご気分が優れませぬか」

側近のアルマが駆けよってきて、ふらつくマウリッツの腕をそっと支える。

「ああ、疲れたな…」


マウリッツは六十三歳。持病の高血圧が酷く、耳鳴りが止まない。

「鴉どもが威勢よく啼いて滅入る…」

「ええ、ええ。今は混迷の時期ですから。ささ、お部屋に参りましょう」

真っ赤な顔で浅い息を繰り返しながらなんとか自室にたどり着き、アルマに寝間着に着替えさせてもらうとマウリッツは薬を飲んで日も高いうちからベッドへ入る。

「…アルマ…バスティアンとコルネリウスから連絡はあったか」

アルマは目を伏せた後で、いいえ、と首を振る。

第一王子のバスティアンも第二王子のコルネリウスも沈みかかった船のような大国イグリアスを見限って留学に出たまま、長らく戻ってこない。互いに王位を押し付け合い、責任のない公爵位を狙って私腹を増やすのに懸命になっている。


もうマウリッツが即位する頃には国庫は自転車操業だった。

先代の経済政策は失敗で、莫大な国債を発行して異国に買い取らせるなどで凌いできたが、既に大した軍事力も外交能力もないイグリアスに金を融通し続ける親切な国などない。金の有る大国は早々にそっぽを向き、いよいよ国内勢にも足元を見られかつて併合した国々が独立を申し出てきた。

円満に独立する代わりに、金を納めるという。しかしその金は一時的なもので、もちろん独立してしまえばそれで終わりだ。


かつて祖先たちが併合した国々に押し付けた不平等な条約はそれは酷いものだった。円満な独立の申し出に感謝しても良いくらいに。独立を許さねばこちらの力が弱い今、謀反が起こるだろう。そうなればまた金が必要になる。だが円満に領土を失えば太い金蔓を失う。


議会は荒れた。

領土を失う補填は国民に向く。今度は国民の生活が脅かされるのだ。きっとこの政権自体が危うくなるほどに。だから議場は毎日紛糾している。

マウリッツも先祖もわかっていたのだ。こんなに大国となった政治は血筋だからと決められた王に捌き切れるものではないと。だけど贅沢の味は甘美で、権力の快感は絶大だった。


寝台の中から、壁に掛けられたイグリアス『第二の父』アレクシスの肖像画を見つめる。アレクシスの死後、子孫へ代々読み継がれた彼の手記があった。父などと呼ばれているが、高慢で卑小な男の手記。子孫達は次第に軽んじ、手記は手渡されるだけの遺品になった。そういうものは王の金庫に沢山ある。


見向きもされなくなって久しい遺物だったが、マウリッツはアレクシスの残した国が崩壊しつつある今、手記を読まない訳にはいかなかった。併合に関する彼の思いや不平等な条約が生まれた背景、なぜちっぽけだった小国が軍事強国として突如頭角を現せたのか…


手記を読んだ後、マウリッツは溜息をつくしかなかった。

馬鹿馬鹿しいにも程がある内容だった。


そこには、まるでイグリアスは一人の魔物が作った大国かのように記されていた。

魔物ってなんだ。意味がわからなかった。


アレクシスは死の間際、国中の魔術師という職を廃した。それまでイグリアスには魔術師という細々とした魔力と術式を組み合わせた技術を持つ職があり、国家を支えてきた歴史があったという。けれどアレクシスは人智を超えた力を良しとせず、人々の発展を妨げるとして職を取り上げてしまったのだ。


手記を読めばわかる。アレクシスは一人の力ある魔物を友と呼び、甘言を弄して取り込み、彼の力を持って全ての戦を制圧した。イグリアスは自国の兵の持つ一滴の血も流さず莫大な領土を手に入れた。いくつもいくつも…

他国は何が起こったのか理解も出来ないまま戦に敗れ、不平等な条約を呑むしかなかった。


だけど簡単に手に入った大国で、だんだんとこのアレクシスは恐ろしくなるのだ。いつか化け物が気づくかもしれないと。自分や子を殺して、王になるのが如何に簡単かを。


マウリッツは呆れてモノが言えなかった。感想もクソもない。

それで無理難題を押し付けて化け物を放逐し、魔力や魔術師そのものを国から消滅させてしまったのだ。


なんてざまだ!

もしまだ魔力や魔術師、この化け物がいれば、この国難を乗り越えられたかもしれないのに!マウリッツは手記を床に叩きつけ、何度も足の裏で踏みにじったものである。


手記にはいくつか気になる部分があった。

この友とした化け物は歳を取らなかったこと。

そして、この友が財を狙って国を乗っ取る気さえ起こさせなくなる為に、大国の国家予算相当量のコインに金塊、宝石を持たせたこと…


イグリアスの当時のコインは金そのものであった。

併合した後でつり合いと金が間に合わず、紙幣や銀を主としたコインに変わったのだ。今この昔の金塊が見つかればとんでもない価値があるだろう。


マウリッツは、再びこの化け物が目の前に現れさえすれば全ての問題が解決する気がした。魔力とやらを抑止力にして全員黙らせるのだ。


手記の最後の一行に記された名をマウリッツは思い出す。

呼べば聞こえるのだろうか。化け物の名を…


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― 新着の感想 ―
[良い点] 王子との関わりがレンブラントを人ととなり、ケイティとの関りで人として愛情を知る感じでしょうか。書いてて恥ずかしいですが。 レンブラントは邪気が無いのでケイティに「君は、この世で一番美しい」…
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