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星の瞬きが聞こえそうなほど、静かな夜だった。
人の形を模した魔物が現れ、美しい女とまぐわった。夫も屋敷の者達全てが眠らされ、誰も何も知らない。
激しい交歓の後で女は記憶を取られ、魔物の影すら覚えず朝を迎える。
それから正しく十月十日を経て、男の子レンブラントが産まれた。長く濃い睫毛の下には宝石を思わせる深い群青の瞳、通った鼻筋に白磁の肌、すっきりとした赤い唇。人形のように見目麗しい待望の一子を喜んだのも束の間、夫婦は我が子に恐れを抱くようになる。
レンブラントの周囲にはいつも黒い影があった。目を擦っても、擦っても拭えない靄。幼子はその影である冷たい魔物によりかかり、昼寝をする。人には見えぬ魔物達。子はわからないことがあれば父母や乳母、屋敷の者達ではなく影にたずねた。
群青の瞳はいつでも虚空に向かって視線を合わせ、笑いかける。その姿は異様としか映らない。
三つになり、高熱を出して倒れたのを好機とばかりに、伝染病だと騒ぎ立てた父親によって山の中に捨てられた。嘘だと承知していた母親も使用人達も、誰も咎めなかった。
山中で巨大な魔力が小さくなっていく気配を感じた高名な魔術師が、魔物のそれと勘違いをして生け捕ろうと現れた。土の上に横たわる死にかけた子供を見て驚くが、出会いの縁を疑わずレンブラントの体内に施しを与える。
息を吹き返した子供が山中で多種多様な魔の僕達と過ごした数年後、たまたま行き会った事情を知らぬ狩人が彼を保護した。村に連れて帰った狩人は温かい飯を与え、清潔な衣服と寝床を整え、レンブラントと会話をした。狩人は心優しい、少し知恵の遅れた男であった。その為拾った子供の常軌を逸した美しさにも素行のおかしな様子にも気づくことはなく、ただ淋しかっただろうと頭を撫でた。
だが、この村の人々は違った。目を奪われるその容姿に、女も男も彼に会いに来るようになった。月日を置かず、数人で美しい子供の奪い合いが始まる。力のある男達も、餓えた女達も、彼を手に入れようと毎日狩人の家を訪れた。やがて訪問者たちは示し合わせ、美しい子供を独り占めする狩人を袋叩きにし、死なせてしまう。
村は一瞬で灰になった。
狩人の骸を抱いて涙を流す子供の周囲には黒い靄。知らせを聞いて駆け付けた王立軍が近づこうとするたび、兵士も馬も燃え、灰は増え続けた。
話を聞いたこの国の王子と魔術師が村を訪れ、狩人の骸を丁重に弔うことを教え勧めた。子供は納得し、また初めて見る自分と歳の変わらぬ子供に驚く。弔いの後、招かれるまま王都へ、そして王城地下に部屋を与えられた。
王子は献身的にレンブラントに尽くした。共に鍵の付いた地下室で寝起きをし、同じものを食べ、文字を教えて本を与えた。国の成り立ちを教え、小国であるこの国が如何に危機的な状況なのかを教え込んだ。
狩人によって人の温かみを知ったレンブラントは、王子との友情に夢中になっていく。王子はレンブラントを騙したり罵ったり嫌なことは何もしない。それは常に側にある魔物達と同じもの。
だけど最初から魔力も持たない王子は弱い魔のように自分に媚び諂うこともなく、冷たい魔物と違って体温があり、心地いい環境をレンブラントに与えてくれた。ふかふかの寝台に最上級の食べ物、ぴかぴかの靴に上質な衣類。
レン、と呼ばれる度に信頼は降り積もる。
レン、僕の兄弟。
レン、僕の騎士。
レン、僕の親友。
レンしかいない。レンも僕だけにしてくれないか。
レンブラントは魔物達を捨てた。身の内の魔物すら眠らせて身一つになり、その膨大な魔力を王子の為に捧げるようになった。戦になれば王子と共に行き、最前線に立った。レンブラントに敵などいない。
人の身でありながらレンブラントは魔物であった。誰も彼に対して刃を向けることも、矢を放つことすら出来なかった。群青の瞳が瞬きをする間に大勢の敵が死んでいった。王子はいつも横で手を握りながら、戦を見ていた。国は多くの余力を溜め込みながら領土を広げ、豊かになる。王子も月日を経て王となり、結婚をして次の王子が生まれた。
相変わらずレンブラントは地下に住み、見た者の目がつぶれそうな程に輝く美しい男になった。だが王がいくら齢をとってもレンブラントは成人した姿から変わらない。魔物は歳をとらなかった。
―――レンブラントなら、いつでもこの国を乗っ取れるのではないか。
そう言ったのは誰だったのか。
我が身より大切な子が出来た王は、猜疑心の塊になった。国が強くなり外患が絶えると、内憂が彼を蝕み始める。妄想に憑りつかれたようにレンブラントを監視させ、地下への訪いは途絶えた。
レンブラントはいつまでも友を待った。
王にとっては長い時間も、彼には欠伸をする程度の時間。
次に現れた時、王は歳をとり、深く皺を刻んでいた。王は美しい青年レンブラントに頼みごとをする。
親友よ。最後の願いを聞いてくれ。
お前のその途方もない力で、この国の民全てを幸せにしてくれないか。我が子が、孫が、私の子孫が治めるこの国がいつまでも幸せにいられるように。
レンブラントは年老いた友に驚いたものの、頼み事を引き受ける。
わかったぞ、兄弟。お前が大きくしたこの国の民全てを幸せにしてやろう。
幸い暇な時間があったから、この世の書物は殆ど読んでいた。レンブラントには冴えわたる頭脳と無尽蔵とも呼べる知識が蓄積されていた。
王都からはるか離れた場所に、古城が与えられた。
古城の奥底の地下室で、その頃には追随もかなわぬ程の大魔法使いとなっていたレンブラントは机に向かう。作るのは永遠に民を幸せにする魔法の装置。彼の持っている知識を集めても、国民全員が永遠に幸せになれる魔術式など存在しない。だから無限に動くカラクリの魔術式と魔力を重ね合わせることにした。
兄弟が愛したこの国の民を幸せにする装置。
ペンを持ち、手のひらで魔力を捏ね、彼は装置の設計図をひいていく。理論上、レンブラントに不可能などなかった。だけど世界の知識と有り余る魔力をその身に宿しながらも、度々難しい顔をして手を止める。
彼には『幸せ』がわからなかった。
毎日更新、12で終わります。




