兄を思う弟
な、何が起きてるんだ?
俺は今の状況を理解するのに頭を働かせていた。
今起きた事をありのままに説明すると、エドウィンは弟のエルリックに謝罪をして今まで面会で会う事もしなかった理由も言った。
そして全て言い終えたエドウィンはエルリックから怒られる覚悟を持っていた。
俺も同じように怒られるんだろうなと思っていたんだ。
なのに。
「兄上、申し訳ありませんでした!!」
エルリックは何故か謝罪をしていた。
いや、何故!?
兄であるエドウィンに迷惑掛けられててっきり怒りを露わにして罵倒したりするのかと思ったら、まさかの謝罪だった。
「・・・・・・」
それはエドウィンも思っていたようで口を開けて状況が理解できていないようだ。
「はっ、いや、エルリック、何故お前が謝っている? お前は私に対して怒っているんじゃないのか?」
「怒る? 私が兄上に? 何故ですか?」
「何故って、さっき言っただろ、私があんな愚かな事をしたせいでたくさんの者に迷惑を掛け、お前の婚約者のウィスト嬢に冤罪を被せようとした、他にもたくさんの醜態を晒した、そんな状況でお前が新たな後継者になったんだ、好き勝手した私に怒りを覚えてもおかしくないだろ? 文句が言いたくて今まで私に面会を申し込んでいたのではないのか?」
「そんな事思ってませんよ、私が兄上に面会を申し込んだのは謝罪するためですよ、兄上の状態に気づいていながら何もしなかったのですから」
「気づいていた?」
「はい、二年前、兄上と最後に話した時、私は兄上に何か違和感を感じたんです、気づいたと言っても気のせいかと思うくらいほんの小さな違和感でしたが」
「二年前か、その時私の精神はまだ自分で抑えて隠せている状態だったな、むしろ気づけたお前が凄いな」
「貴族の者達が私と兄上を比べている事は知っていました、私は天才で兄上は私より劣っている、後継者は兄上ではなく私の方が相応しい、そう言う声をたくさん聞きましたからね、まったく陰でコソコソと陰湿な奴等ですよ、あいつらは」
「エルリック?」
エルリックの話を聞いているエドウィンは目を見開いて驚いている。
その顔はまるで目の前の人間は自分の知っているエルリックなのかとでも言いたそうな顔だった。
「あいつらは将来兄上が王位を継いだ時、間違いなく邪魔になると思いました、だから私はあいつらを排除しようと動く事にしたのです」
「排除!?」
エドウィンは驚いている。
あー、これ多分自分の中のエルリックはそんな言葉を言わないような人物だったんだろうな。
自分の中のエルリックの人物像と違う事に驚いているってところだな。
「まず、奴等を排除できる方法が何かないかを考えました、すると奴等は仕事をしていないという事がわかりました、仕事をせずただ私か兄上のどちらかに媚びを売れば良いという考えしかなかったようです、王家を舐めていますね、あのクズ共が」
「えぇ」
エドウィンはエルリックをただ眺めていた。
うん、俺もエドウィンから話を聞いただけだと凄く純粋そうな人なんだなというイメージしかなかった。
けど、今目の前にいるエルリックは全く違った。
これのどこが純粋なんだよ。
「あんなクズ共を野放しにしていたら兄上が王になった時に必ず邪魔にしかならないと思いましたね、ですが仕事をしていなかったという情報を知れたのでこれはチャンスだと思いました、仕事を他の者に押し付けてそれを自分の手柄にしているようなクズ共ですからね、他にも何かしらの悪事に手を染めていると思って調べる事にしました、真面目に仕事をして信頼できる者達にも協力してもらい、私自身もクズ共と接触したりしました」
「もしかして、二年間私と会わなかったのは」
「はい、クズ共の証拠集めに時間を費やしていました」
「しかし、接触していたのなら、そいつらもお前の行動に感づく者が多くいたんじゃないのか? よく気づかれなかったな」
「そこは簡単でした、私はクズ共に都合の良い存在と思わせるように演じてましたので」
「演じてた?」
「はい、何も知らずに純粋に言われた事を受け止める、人を疑う目で見ない、そんな奴を演じればクズ共は私が将来王になった時に都合よく操る事ができる存在だと思わせられるじゃないですか、それで油断を誘う事にしたんです」
「え? お前人を疑いの目で見て話してたのか!?」
エドウィンは驚く。
うん、俺は何となくそんな気がしてたんだよな。
さっき話をしていた時のエルリックの目は俺が信頼に値する人物かどうかを見極める感じに見えたからな。
いくらエドウィンが信頼していても自分の目で見るまでは納得しないというそんな強い意志みたいなものを感じたんだよな。
「ええ、だって兄上を悪く言うような連中ですよ、疑いの目で話しますよ、けど兄上にも私が疑いの目を向けずに接する純粋な人間だと認識させられたようですね」
「エルリック、お前いつから人を疑いの目で見るようになったんだ?」
「五年くらい前ですね、つまり十歳の時です、クズ共の嫌な感じのようなものは何となく感じていました、兄上の事を悪く言っていたりしていましたからね、その時に私は決めました、兄上は将来この国の王になる人、だったら私はそれまでにこいつらを排除しておくべきだと、ですがその時私はまだ十歳の子供、言ったところで協力してくれる者は少なかったと思いましたので、まずは知識を得るところから始めました、本をたくさん読み、会話で相手を自分のペースに持ち込む方法とか、兄上のために役立つ知識を身に着けようとしました」
「十歳の時からすでに人を疑いの目で見るようになっていたんだな」
エドウィンは気落ちしていた。
そりゃそうだよな、弟の事わかってるつもりが全く何もわかっていなかったって事だもんな。
兄として情けないって思ってるんだな。
「エルリック殿、もしかしてエドウィンに自分が人を疑いの目で見る事ができない人物だと思わせたのも、作戦の内だったのですか?」
「さすが、ケイネス殿は洞察力が高いですね、その通りです、こんな言葉があります、敵を欺くにはまず味方から、私が動きやすいように兄上にも私は人を疑いの目で見る事ができない純粋な人間だと認識させる必要があったのです、兄上には騙す形になってしまった事は申し訳なく思っています」
「そ、そうだったのか」
「私が人を疑いの目で見ない人物だと身内が言えば他人からしたらそういう人間だと認識できると思いましてね、事実上手く騙せる事ができました、それからが大変でしたよ、いくら演じるとは言え、あのクズ共と仲良く話しているのは苦痛でしかありませんでしたよ、しかもあいつら私を立てて所々で兄上の事を悪く言ったりしていましたからね、何度その減らず口を黙らせてやろうかと自分の怒りを鎮めるのに大変でしたよ」
おおぅ、本当に大変だったんだな。
好青年な彼がとんでもなく邪悪な笑みを浮かべているよ。
エドウィンは怒っていると言っていたが、その時はこんな顔に見えていたのかもな。
「最初は数ヶ月で証拠が揃って一網打尽にできると思っていたのですが、考えが甘かったと思い知りました、あいつら仕事をしないくせにバレないように証拠を隠すのが上手かったんです、一つや二つ証拠を集めてものらりくらりと躱されるだけだと思い徹底的に調べる事にしました、あいつらが言い逃れできないくらいのたくさんの証拠を集めました、そのせいで二年も掛かってしまいました、全ての証拠を父上に提出しようと私は貴族達が一同に集まる時を狙いました、そこで父上に告発すればもう奴等は逃げられず一網打尽にできると思っていました」
「まさか、それって」
エドウィンには心当たりがあったようだ。
当然俺も心当たりがある。
ここ最近で貴族達が一同に集まる機会があったのは一つしかなかった。
「ですが、一足遅かった、まさかあの会場で兄上が婚約破棄をしてさらに兄上自らがそいつらを告発するとは思ってもいませんでした、私が来た時には、すでに何もかもが終わった後でした、何が起きたのか後で父上に聞き全て知りました、私も驚きましたよ、兄上が廃嫡され私が新たな後継者となり兄上の婚約者であったアンリエッタと新たに婚約する事になって、色々な事が起きてその時はさすがに困惑しましたね」
「うあーっ!!」
エルリックの言葉を聞いてエドウィンは大声を上げて頭を抱え出す。
傍から見れば余計な事をしたバカ兄貴だもんな。
ますます愚かな兄となってしまったか。
「す、すまない、エルリック、やはり私を罵倒した方が良いのではないか? むしろしてくれ!!」
「何をおっしゃいますか、私がもっと早く証拠を集められていれば兄上を精神的に追い詰めたクズ共を早急に消す事ができたのに、行動が遅過ぎて申し訳ありませんでした」
「しかし」
「それに、私は兄上の事を恨んでおりません、こう言っては兄上に申し訳ありませんが、私はアンリエッタと婚約できた事を嬉しく思っているのですよ」
「そうなのか?」
「はい、兄上には隠してましたが、私は彼女に恋をしていましたので」
「そうなのか!?」
まさに衝撃だな、エルリック殿、実はウィスト嬢に恋をしていたとは。
「お、お前、いつからウィスト嬢に恋をしていたんだ?」
「初めて兄上と彼女がお会いした時ですよ、私は遠くから見ていただけですが、その、一目ぼれをしてしまいまして」
「マジで」
「はい、ですが、立場的に考えて兄上の婚約者となると思ってましたので、兄上が幸せになるならと私はこの思いを胸の内にずっと秘めて墓まで持って行くつもりでした、ですがこのような事態になってまさか私が彼女の婚約者になるとは思いませんでした」
「ウィスト嬢は、やはり感情を表に出してはいなかったか?」
「ええ、王妃教育で培ったものですからね、王妃として必要なスキルでもあるのでそうなってしまうのは仕方ないと思いました、けど私はせめて自分の思いをわかってもらおうと彼女に恋をしていた事をハッキリと伝えました、それから、何度か会って彼女と話をしてその度に私が愛している事を伝えたら彼女結構照れたりして表情が変わったりするんですよ、そこも愛おしいと思いました」
「そうか、思い返してみたら、私はウィスト嬢に愛しているなんて言った覚えがなかったな、私と彼女は元から合わなかったと言う事だな」
「兄上、私は今幸せなのです、むしろ私が兄上に恨まれるべきなんです、結果的に私のせいで兄上から全てを奪ってしまう形になってしまったのですから、本当に申し訳ありませんでした」
エルリックは頭を下げて謝罪する。
それを見たエドウィンは俺に小声で話し掛ける。
「ケイネス、弟が良い子過ぎて私は感動している、だが私にそんな資格があるのだろうか?」
「別に良いんじゃないのか? エルリック殿がお前を恨んでなくて良かったな」
「ああ、本当に良くできた弟だ、私にはもったいないくらいにな」
エドウィンは感動しているが、俺は思った。
エルリック殿、兄のエドウィンに対する愛が重すぎないかと。
俺は弟がいないからよくわからないが、何か兄に対する弟の愛が重い気がする。
兄上大好きという思いが恐ろしいくらいに感じて来るんだが。
「私が証拠を集めている間、父上と母上に兄上とちゃんと話をして兄上の話を聞いてくださいと申したのですが、どうやらその時にはもう手遅れな状態だったみたいですね」
「ん? 父上母上に話してもらうってどういう事だ?」
「え?」
エドウィンが言った事にエルリックは疑問の声を上げた。
「父上と母上と話をしていないんですか?」
「何の事だ? 何か言ったのか?」
「ええ、先程二年前兄上と最後に会話した時、兄上の様子に違和感を覚えたと言ったじゃないですか」
「ああ」
「その後、私は父上と母上に言ったのです、兄上と話をする時間を作って兄上とちゃんと話をしてほしいと、兄上の様子が何かおかしかったから一度ちゃんと見て話を聞いてほしいと、そう父上母上に申したのですが」
「いや、父上母上とは話をしていないし、一緒の時間を作る事もなかったと思うが、食事の時も特に何も聞かれなかった気がするんだが」
「・・・・・・は?」
エルリックが低い声を発した。
その声を聞いて俺とエドウィンは生唾を呑み込んだ。
そりゃそうだろ。
好青年だと思っていた男がいきなり低い声を出したんだぞ。
普通に怖いって思うだろ。
低い声を出した彼のその時の顔を、俺とエドウィンは決して忘れる事はないだろうなと思うのだった。
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本日二話目の投稿です。
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