吐き出される闇
「私はどれだけ頑張っても、誰も評価してくれなかった」
殿下は思い出すように淡々と静かに語り出す。
「最初は自分の努力が足りないのだろうと思ってた、だから頑張った、立派な後継者になれるように頑張った、どれだけ辛くても苦しくても、それでも父上の後を継げるように努力した、だがどれだけ努力しても父上も母上も私を褒めてはくれなかった、それなのに弟は褒められていた、確かに弟は私より優秀だとは思った、その時はまだ良いと思っていた、私は長男で次期国王となる身、長男と次男ならその責任も違う、だからこそ私は厳しく育てられているのだと、そう思う事にした、だが、そうではなかった」
殿下は強く歯を食いしばりながら続きを話した。
「アンリエッタが婚約者となってから、父上も母上もアンリエッタを褒めていた、彼女は優秀だと将来は立派な王妃となってくれるだろうと、私はショックだった、何故他人の彼女を褒めて実の息子である自分は褒めてくれないのだと、私が学園で一位になったと伝えても父上も母上も何も褒めてくれさえしなかった、私の婚約者になるのだから私の方からアンリエッタに歩み寄ろうと話し掛けても、彼女は素っ気ない態度で話していた、私は歩み寄りたいのに彼女は表情も変えずに将来の王としての立場や振る舞いなどといつも言ってくる、お前に言われなくてもわかってるんだよ!!」
突然の殿下の大声にウィスト嬢はビクッとする。
淡々と話しているが思い出して我慢できなくなったんだろう。
「私よりも弟の方が後継者として相応しいと言う者だってたくさんいた、当然だ、私よりも優秀で父上と母上に褒めてもらえるんだからな、アンリエッタも褒めてもらえた、私は褒めてもらえなかった、だから私は王に相応しくない!! そうだろ!!」
殿下が叫ぶがそれに答える者は誰もいない。
すると殿下は貴族の一人に向かって指を差した。
「貴様の事を言ってるんだ!! 陰でコソコソと誰にも聞かれていないと思っていたつもりだろうが私は聞いていたぞ!! 貴様も!! 貴様も!! 貴様もだ!!」
殿下に次々と指を差された貴族達はばつが悪そうに顔を背けるが殿下はお構いなしに次々と指を差していった。
「貴様も!! 貴様も!! 貴様も!! 貴様も!! 貴様も!! 貴様も!! 好き勝手言いやがって!! 城にいる時には大した仕事もしていないくせに!! 私は貴様達が仕事をしているところなど一度も見ていないどころかさぼっているところしか見た事がないぞ!! 貴様も!! 貴様も!! 貴様も!! 貴様も!! 貴様も!! 貴様も!! 貴様も!! 貴様も!! 貴様もだ!!」
殿下に指を差された者達はある者は顔を背け、ある者は顔を青褪め、ある者は冷や汗をかいている。
まさかとは思うがこいつら本当に仕事をしていないのか?
「口を開けば王に相応しくない、弟の方が優秀で王に相応しい、そんな事をずっと聞いてきた私がどんな思いで生きたと思う? いくら努力しても父上にも母上にもアンリエッタにも何も言われない私がどんな思いをしていたか貴様らにわかるか? 誰も私を見てくれなかった、エドウィン・ガルドムという一人の人間を見てくれる者は誰もいなかった、カルロスもファルスも優秀な弟がいて嫉妬していた、だから私と共に悩みを打ち明けられる仲間だと思っていた、だがあいつらも陰では私の事を見下しバカにしていた、もう誰も信じられない、そう思った時に私の前に現れたのがリリンだった、彼女は親身に私の悩みを聞いてくれた、だから私も彼女に心を開いた、私をわかってくれる、見てくれる人が現れたと思った、だが結局彼女も王妃になって贅沢な暮らしがしたいと言う理由で私に近づいただけだった、私を見てくれてはいなかった、ふふ、はははは、あーははははははははははははははははは!!!」
突然笑い出した殿下に全員が目を見開き、女性達は怯えたりする者もいた。
「何だ、結局私は愚か者じゃないか!! 誰にも褒めてもらえない、見てもらえない、そんな幼稚な理由で努力する事をやめ成績も落として、さらにはこのような場で婚約破棄をしてしかも冤罪まで被せようとした、この会場には他国の留学生も多くいて、しかも他国の王女とその婚約者に無礼な発言をした、これだけの失態を犯した私を愚か者と言わず何と言う!! さあ、貴様らも笑うと良い!! この愚か者である私を!! あーはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
狂気じみた笑い声を上げる殿下に周りは何か恐ろしいものを見るかのように殿下を見る事しかできなかった。
「エドウィン」
陛下の声が静かにしかしハッキリと会場中に伝わるように聞こえる。
その言葉を聞いた殿下は笑いを止めゆっくりと陛下の方に顔を向ける。
「私は確かにお前に厳しくしていたし、お前を褒めた事もなかったかもしれない、だが決してお前を愛していなかったわけではない、私も妻もお前に厳しくしていたのは、お前なら私の後を継ぐのに相応しいと思ったからだ、お前は確かに弟と比べると少し劣っているかもしれない、だがお前は努力を怠らなかった、お前の頑張りを私達はちゃんと見ていた、だから下手に甘やかさずに厳しくしてしまったんだ、だが私達はお前を愛しているし、お前の努力を認めていたんだ」
「だったら、何でそう言ってくれなかったんだ!!」
陛下の言葉を聞いた殿下は怒りを露わにして陛下を見る。
「あなた達が一度でも、良くやった、次も期待している、お前には将来私の後を継いでもらうつもりだからこそ厳しくしているんだ、お前の努力はちゃんと見ている、そんな言葉を言ってくれれば、私はちゃんと見ていてくれているんだってわかった!! 言わなくてもわかる、言葉の裏にある本音は伝わっていると言うが、私には本音と建前などわからない!! ちゃんと言ってくれなければわからないんだ!!」
殿下は大きく肩を震わせて呼吸をしている。
嘘偽りのない本音を言ったからこそだと思う。
やがて殿下は憑き物が落ちたかのような顔をしてウィスト嬢の方に向く。
「アンリエッタ、いや、ウィスト嬢、すまなかった」
「で、殿下?」
「婚約破棄だが、私の有責で構わない、私の弟はまだ婚約者が決まっていないから、おそらくあなたの新しい婚約者は弟がなるだろう、私より優秀だがまだ貴族の汚い部分をあまり知らない、どうか支えてやってくれ、本当にすまなかった」
殿下は謝罪をして頭を下げた後に俺とシルフィスタの方に向かって頭を下げた。
「シルフィスタ・バハムス第二王女及び婚約者のケイネス・リカード殿、無礼な態度を失礼した、私の独断の暴走によるものだ、バハムス王国と事を構える気はない、あなた達の気が済まないのなら、どうか私の首一つで赦していただきたい」
「こちらもそんな事する気はないですよ、そうだろ? シルフィスタ」
「ああ、そんな気はない、お前の謝罪を受け入れる、首を差し出す必要もない」
「感謝します、そして他国の留学生方、将来この国は私の弟が継がれるだろう、弟は私よりも優秀で愚か者ではないのでこの国の良き王となられる、だからこそ今は見切りをつけないでもう少しだけ様子を見ていただきたい、どうかこの通りだ」
殿下はそう言って頭を下げた。
他国の留学生達は殿下の姿にどう反応して良いのかわからずに困惑している。
「もう良いだろう、私を連れて行け」
「待って、エドウィン」
騎士達に連れて行かせようとするが王妃が待ったを掛ける。
「エドウィン、そんな人間はもういません」
「エドウィン?」
「王妃様、あなたの言うエドウィンとは誰ですか? そんな人間は最初からいません、あなたの前にいるのは国を危機に陥れようとした愚かな大罪人なのですから」
殿下の言葉を聞いた王妃は目を見開き、何かに絶望した顔をしていた。
そのまま騎士達に連れて行かれるが殿下は途中で止まってこちらに振り向いてこう言った。
「私が優秀だったら、お前達は私を認めてくれたか? 私自身を見てくれたか?」
その問いに誰も答えないと殿下は笑った。
「やはりな、すまない、行こうか」
殿下はそれ以上何も言わずに大人しく騎士達に連れて行かれるのだった。
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