覚悟を決める時
その光景は私にとってはあまりにも信じられないものだった。
シェフィーネとの婚約を認めてもらうためにシルフィスタ殿とシグフィス殿下からケイネスに頼ると良いと言われたので話してみたら。
『ドラゴンを倒せば文句なしで認めてもらえるぞ』
などと言った時は本当に自分の耳を疑った。
ドラゴンを倒すだぞ。
物語とかに出て来る火を吹いたり空を飛んだりするあのドラゴンだぞ。
それを倒すとは何を言い出すんだと思った。
それにケイネスはドラゴンと戦える力を持っていると言い出す。
そんなの誰が信じると思うんだと思ったら証拠を見せると言った。
そして次の日いつもより早く起きて外に出たらケイネスや使用人達が軍服を着ていた。
一体どういう事なのかと思った。
それから少し歩いていき城壁のような壁を通って行き少し歩いた先にある森で足を止める。
この森で一体何をするのかと思ったら森の奥からゴブリンの大軍が姿を現した。
私は当然驚いたし恐怖も感じた。
モンスターと呼ばれる動物とは違う異形の生物がいる事は知っていたが実際に目にするのは初めてだったからだ。
ゴブリンは幼い子供と同じくらいの身長なのにその醜い姿や私達を見て笑みを浮かべている顔を見て恐ろしいと感じた。
「殲滅開始!!」
使用人のルートの掛け声と共に他の使用人達が武器を構えてゴブリンの群れに向かう。
そこで私は自分の目を疑うような信じられない光景を目にする。
何だこの使用人達は。
何故こんなにも強いんだ。
迫りくるゴブリンの群れを次々と倒していく。
するとケイネスが私に使用人達を改めて紹介してくれた。
驚きだった。
まさか平民や孤児、さらにはスラムや闇ギルド出身の者達がいたなんて。
ガルドムなら絶対にありえない事だろう。
だがリカード家はそんな者達も実力さえあれば使用人として雇う。
改めてバハムスが実力を評価してくれる国なんだなと実感した。
おまけに剣や槍だけでなく鎧を貫通する鉄の塊を飛ばす銃と呼ばれる武器に魔法使いまでいるなんてな。
それからゴブリンは全滅した。
なのに使用人達はかすり傷一つ負っていない。
本当に強い。
上手く言葉が言えないがただ強いとしか思えなかった。
だがこれで終わりではなかった。
「グオガアアアー!!」
森の奥からさらに何かが現れた。
普通のゴブリンよりも巨大で私よりも二倍いや三倍くらいの身長があった。
「ジャイアントゴブリンか、大方このゴブリンの群れを率いていたボスってところか」
「ケイネス、何故そんなに冷静でいられるんだ!?」
私はそう口に出す。
こんな巨大な生物を前にして何故こうも冷静でいられるんだ?
「心配すんなって、皆、こいつは俺にやらせてくれ」
ケイネスがそう言うと使用人達はケイネスにジャイアントゴブリンを譲った。
すると次にケイネスは信じられない行動をしていた。
ケイネスはそこら辺に落ちていた木の枝を拾って構えたんだ。
するとジャイアントゴブリンは叫ぶ。
まるで怒っているようだ。
「おうおう、ジャイアントゴブリンの奴、若がそこら辺に落ちていた木の枝を武器にして戦うからバカにされたと思って怒ってるな」
「生意気な、ケイネス様に相手をしてもらえるだけでもありがたい事だと思うべきだ」
使用人のリックとルートが言う。
何だ? 二人の言い方からしてケイネスなら何も問題ないと言っている気がする。
「何だ? 俺が木の枝を持っているのがなめられてると思ったのか? と言っても俺は自分の武器を持って来ていないし、ちょうど良いのが落ちてたんだ、これが気に入らないとなるともう少し小さい枝が必要になるが」
「グオオオオオオー!!」
ケイネスの煽りが癇に障ったのかジャイアントゴブリンが巨大な棍棒を振り下ろしケイネスに直撃した。
「ケイネス!!」
「ご心配には及びません、エドウィン様」
「若にとっては何も問題ない」
フレイアとネロナがそう言うと私は信じられない光景を目にする。
ジャイアントゴブリンが振り下ろした巨大な棍棒をケイネスが受け止めていた、しかもさっき拾った木の枝でだ。
「エドウィン様、ジャイアントゴブリン程度のモンスターではケイネス様に傷一つ与える事はできませんので大丈夫ですよ」
「若にとってはこんなの朝飯前だし」
カリーナ、シオンが言う。
私にとっては十分驚愕な事なのにこれが朝飯前だと?
「若様の攻撃に気づいてないわね」
「若様の勝利だわ」
「え?」
双子メイドのルティとレティは一体何を言っているのかと思ったらジャイアントゴブリンが悲鳴を上げる。
見るとジャイアントゴブリンの左腕が切り落とされていた。
一体いつ切ったんだ!?
私がケイネスから目をそらしたとしてもほんの数秒だったはず。
その数秒の間にジャイアントゴブリンに気づかれずに左腕を切り落としたと言うのか!?
「どうする? 大人しく森に帰り二度と人間を襲わないなら見逃してもいいぞ?」
ケイネスがジャイアントゴブリンに言う。
「あら、若ったら最後の慈悲を与えるのね」
「若ちゃん、優しいー」
ユーリ、ミスチーが笑って言う。
「グ、グギャアアアアアアアーッ!!!」
するとジャイアントゴブリンは怒ってケイネスに巨大な棍棒を振り下ろすと大きな音を立てて地面に激突する。
「グギャ、グギャギャー」
「何を喜んでるんだ? 俺をその巨大な棍棒で押しつぶせて良かったって感じか?」
「グギャッ!?」
ケイネスはジャイアントゴブリンの頭上にいた。
さっきの左腕を切った時と違って私は目を離さなかった。
なのに全く見えなかった。
そのままケイネスは木の枝でジャイアントゴブリンの頭を突き刺したらジャイアントゴブリンはそのまま倒れて動かなかくなった。
あれはただの木の枝のはず。
なのに何故巨大な棍棒を受け止めたりジャイアントゴブリンの頭を刺す事ができるんだ?
何が起こってるのか全くわからない。
「腕は全く衰えていないみたいだね、若」
「ケイネス様の事だ、ガルドム王国でもしっかり鍛錬をしていたんだろう」
ラキムとジョルジュが感心して言う。
「さて、エドウィンどうだ? これが俺達の実力だ」
ケイネスが言う。
「言っておくが俺もルート達も全然本気を出していない、こんなのはちょっとした運動のようなものだ」
「これでちょっとした運動」
ちょっとした運動だと?
大量にいたゴブリンの群れを倒しジャイアントゴブリンを倒した。
あれでちょっとした運動だと言うのか?
だとしたら、本気を出したらどれくらいだと言うんだ。
「ああ、お前がシェフィーネ王女と婚約するために本気でドラゴンと戦う覚悟があるなら、俺達が鍛えてやる、お前にとっては地獄になるかもしれない、それでもやるか?」
ケイネスが私に問う。
最初聞いた時は絶対に無理だと思っていた。
しかし、今のケイネス達の強さを見たらもしかしたらと思っている自分もいる。
「本当に私はドラゴンを倒せるくらいに強くなれるのか?」
「お前の努力次第だ、だがドラゴンと戦う覚悟があるならドラゴンと戦えるように鍛えてやる、それは約束する」
私の問いにケイネスは答える。
確かにそうだ。
私の努力次第か。
「なら、頼む、私を鍛えてくれ」
「本当に良いんだな? 別にドラゴンほどじゃなくても強いモンスターは他にもいるぞ?」
私の言葉にケイネスは言う。
ドラゴンほどじゃなくても強いモンスターはいるか。
確かにそれでも良いかもしれない。
ドラゴンじゃなくても強いモンスターを倒してシェフィーネを守れる強さがある事を証明すれば良いんだから。
だが。
「今の私が彼女との婚約を認めてもらうには、陛下に強さの証明をするなら、ドラゴンくらい倒さなければ認めてくれないと思う、それくらいできなければ今の私が彼女の婚約者になる資格はない」
ここでケイネスの言う通りにドラゴンじゃない強いモンスターと戦うのも良いのかもしれない。
だが、それは甘えじゃないのか?
本当にそれで良いのか?
今までの私は何一つ最後までやり切れずに投げ捨てて逃げて来た。
ここでまた逃げたら、私は胸を張って私を好きになってくれた彼女の隣に立つ資格などない。
だから、もう逃げないと決めた。
「わかった、地獄にようこそだエドウィン、歓迎するぞ」
ケイネスが言う。
地獄か。
確かに私にとっては地獄になるだろうな。
望むところだ。
地面に這いつくばってでもくらいついてやる。
読んでいただきありがとうございます。
ここから四章が始まります。
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