異世界転移返し③
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皇子が目の前に立っていた。
彼はとびきりの笑顔を彼女に向けていとおしそうに囁いた。
「フィー…」
彼女と近しいものにだけ許される愛称である
王女もまた、顔を紅潮させうっとりとした表情で彼を見つめる。
「王女、お気を確かに…」
急に変なことを言われた。確かに彼にはぞっこんであるが、気が変になるほどではない。
皇子にからかわれていると思った王女はほほを膨らませる。
「なんですか?からかわないでくださいまし!」
少しあざとく見えてしまっただろうか?でも、彼の前ではかわいい自分でありたいと思う気持ちが抑えられなかった。
「目を覚ましてください…」
また、わけのわからないことを言ってきた。
刹那、目の前にいたはずの皇子の顔が尋問官へとすげ変わった。
「早く目を覚ませ。」
ギョッとした瞬間、体に衝撃が走り目が覚めた。
気づけば、尋問官に背を向けて床に座らされており、背後から自身の両肩を掴んだ尋問官が上から顔をのぞき込んでくる。
何が起きたのかわからない。
ひとまず目の前にいるはずの司教や魔術師たちの様子をうかがうと、全員が床に倒れ伏し、苦悶の表情を浮かべながらこちらをすがるように見ていた。
「な、なにをしたの!?」
王女らしからぬセリフが飛び出てしまっても仕方ない。もうとっくに限界は迎えていたのだから。
そんな王女の問いに答えるように背後で王女の両肩を抑える尋問官はこちらに語り掛けた。
「貴様から、精神干渉系の魔力が検知された。私には効かないが、敵対行動と判断し制圧した。投げ飛ばしたら気を失ったので活を入れて起こしてやったんだ。…貴様の取り巻きどもは余計なことをせぬように少しだけ強めに拘束しただけだ。」
どこまでも態度を変えぬ女はけろっとした顔でそんなことをのたまいながら、王女を立たせた。
「術式解析の結果もたった今届いた。だいぶ大雑把な術式だがこの魔術に当てられたものは術者に対して肯定的な感情を抱くように強制する事象改変能力が確認された。これで嫌疑の一つがほぼ確定したな。それでは、これより尋問を開始する。」
尋問が王女の目を見ながら宣言した。
「貴様の所属と身分、ここに拘束されるに至った行動の目的を偽ることなく答えろ。」
先ほどと同じ質問だ。何を疑っているのだろうか。目的も曇り一つなく明確だ。
「ハザマさん、先ほど申し上げました私の出自はすべて真実ですわ。アン・ドーダック王国第一王女のタミノフィー・サータリウ・テトリノノスと申します。私たちはガチ帝国との戦争に勝利するために神の軍団を召喚する儀式を執り行っておりました。あなたが神の軍団の一員なのでしょう?どうか力を貸してくださいませんか?」
なぜだろう、ハザマに質問されたことに答えるのがとても楽しい。まるで愛しの皇子との逢瀬を楽しんでいるときのような高揚感を抱いてしまう。
「なるほどな。では、次元穿孔の方法はどのように発見したのか答えろ。何者からか教わったのか?」
王女はご褒美を欲しがる犬のようにワクワクしながら答える。
「いいえ、わたくしが発見しました!城の禁書庫の奥に厳重に封印されていたのを偶然みつけたのですよ!莫大な魔力の調達に難儀していたのですが、イデク司教が必要な数の半分の極聖石を提供してくれたことで儀式に必要な魔力を用意できましたの!」
えっへん!とばかりに腰に手を当てて胸を張る。でも、頭をなでてもらえるように少しだけ頭を下げて上目遣いでハザマを見つめる。
ハザマはそんな王女の仕草を気にかけることもなく質問を繰り返す
「極聖石…貴様らが身に着けていたアクセサリーに関連するものか?例えば貴様がかぶっていた冠についていた宝石とか。」
ハザマの目に先ほどまではなかった光が宿り、極聖石について掘り下げるように質問してきた。
王女はハザマの興味を引くことができてそてもうれしい気持ちになった。
「ええ、ええ!そうです。あの石はオラヌカ教の秘儀でしか作ることのできないまさに国宝級の聖具ですのよ!我が国にも4つしか保有していないとっても貴重な道具なのですよ!この度はヘボ族国家連合とオラヌカ教の力を結集して、戦争の最中に12も集めることができました。私は儀式の中心となるため3つを、ほかの面々は一つずつ身に着けてこの儀式に参加できました。あ、でもいまはみんな極聖石をなくしてしまったんです。どこに行ったかご存じでなくて?」
ハザマは王女の質問には答えず、さらに質問を重ねる。
「では、この場で極聖石の詳細を知っているものは、イデク司教だけということか?」
王女の背後でくぐもったうめき声が聞こえた。どうやらイデクがなにやら主張したいしい。
でも、せっかくハザマと自分だけの楽しいひと時に割り込んでこないでほしいとばかりに王女はイデクを無視して聞かれるがままになんでも答えていった。
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気づけば、拘束されていたはずの全員が加わりハザマとの会話を楽しんでいた。
王女がハザマを楽しませたからなのか、途中からはイスとテーブルがどこかから現れ、テーブルの上にはよい香りのするお茶とおいしいお茶菓子も用意され、さながらティーパーティーのように穏やかで楽しい時間を過ごすことができた。
あんなに顔を青ざめさせていたイデクすら、今はまるでお酒に酔ったように頬を赤らめてリラックスした様子でぺらぺらと喋っていた。
その過程で極聖石の中身が何なのかもわかってしまい少し気まずい思いもしたが、なぜかそんな気持ちはいつの間にか霧散して陽気な気分で会話に参加することができた。
ハザマの表情は終始変わらずの無表情だったのが気になるが、王女一行がこんなに温かい気持ちになれているのだからハザマだって表情に出さないだけで楽しいに決まっている。もはや私たちは隠し事など一つもない親友だ。そんな風に思っていた。
「よし、ひとまず貴様から聞き出したいことは聞き出せた。追って沙汰は下される。今日のところは休んでよし。」
そんな言葉を残してハザマは部屋の壁に開けっ放しだった穴の向こうに消えていき、穴が閉じた。
楽しいひと時は終わって居しまったが、心地よい余韻に浸りながら親友のことを思い返す。
「あれ?」
王女は違和感を覚えた。
おかしい。
あれだけ語り合いお互いのことを理解したと思っていたハザマのことを何も思い出せない。
ティーパーティーが始まる前にハザマが自己紹介していたことは鮮明に憶えているのに、それ以外のことが何も思い出せない。
個人的なことから公的な立場のことまでなんでも打ち明けあったはずなのに。
「え?ハザマは友達だよな?」
誰かが声を上げた。
その通りだ。ハザマは友達を超えた親友であり、人生の楽しかったことやつらかったことのすべてを共有できる無二の存在。皇子なんかよりもよっぽど信頼できるパートナーみたいなものだ。
だけど、何も思い出せない。そういえばハザマと出会ったのは今日だった。
よく考えたら彼女への質問はことごとく無視されたような記憶がある。
「しまった!情報を抜かれた!」
イデク司教が寝坊した見習い司祭のように飛び上がりながら叫んだ。
ここに至り王女の意識を占めていたハザマへの信頼がジワジワと溶け出してダムの決壊のごとく流れ出した。ハザマの術中にはまっていた。その事実が彼女を責め立てる。
「なんということを…」
王家にまつわるものとして、万が一に備えて受けてきた魔術的/暴力的な尋問を回避するための訓練は何も意味をなさず、いの一番に王家の秘密、己の秘密をさらけ出してしまった。
羞恥が、怒りが、自責の念がうねる大波となり心の中を荒れ狂う。その先に訪れたのは諦め。
あるものは茫然と店を仰ぎ、ある者は椅子から崩れ落ち、あるものハザマが消えていった壁を見つめ続けた。
全員が魔術師として超一流の自覚があり、実際に活躍しており今回の儀式にも抜擢された猛者である。
それこそ、ガチ帝国の精鋭との戦いを幾多も生きて帰ってきた。
魔術への耐性についても万全の準備をしていたはずだった。
その全員が術にかけられた気配を一切感じることのできぬ完璧な精神干渉魔術を同時に行使されていたとしか思えない事象。
もはや、成すすべはない。
英雄たる神の軍団は確かに存在していたが、強大な力を保有する勢力が自分たちの思い通りになるわけがなかったのだ。
唯一イデクだけは青い顔で頭を抱えている。彼を除く9名もイデクに対する心証は最悪である。
そんな空虚な時間を過ごす面々に向かい、壁から声が届いた。
『お疲れさまでした。尋問は終了いたしました。皆様には以下の不法行為が確認されました。
手続きのない次元穿孔行為、日本国への不法入国未遂、日本国民に対する並列世界への越境誘拐計画及び未遂。また、イデク司教については12名の日本国民に対する不法行為……罪……などなど多数の犯罪行為の事実及び計画が確認されました。よって、ヘボ族国家連合およびオラヌカ教について敵性国家及び適正組織と認定いたします。現在の日本国新憲法十一条において、並列世界における敵性国家国民及び組織を構成する人員に対して人権を無効とするとあります。よって、皆様は裁判を経ることなく処刑されます。』
「……」
突然突き付けられた処刑の二文字にも反応できないほど疲れ切った面々は返事をすることもできない。
誰もが動けずにいると、イスとテーブルが床に吸い込まれるように消えていき、代わりにベッドが生えてきた。
また、部屋の片隅に個室がいくつか生えてきた。
『トイレとシャワーを用意しました。処刑は明日となりますので、それまでこちらの部屋でお過ごしください。飲み物は各々のベッドわきのサイドテーブルにご用意がございます。』
人権が無効になったはずなのにやたらと手厚いもてなしを受けるも、明日の朝には処刑される諦めからか、誰も深く考えることなく無為に時間を過ごし、やがて眠りについた。




