"PLAY" Your Role③
――――某所
――――徳臣開発DARG事業部
――――次元境界データセンター
薄暗い靄のようなものが立ち込める空間。
地面は見えず、かといって空も見えず、まるで永遠に終わることのない雲の中に囚われてしまったような異質な場所。
”可能性の海”と呼ばれるこの空間は、世界と世界をつなぐ次元境界の狭間に存在している。
その空間は取るに足らない4畳半の狭い空間のようにも見え、どこまでも広がる海のようにも見える。
この海の中で今もまた、世界は生まれ、滅びた世界は海へと還っていく。
何者でもないが確かにそこに存在する混沌であった。
そんな矛盾をはらんだ空間の中に浮き上がる気泡のようななにか。
その大きさは地球にも匹敵し、よもや可能性の海より世界が誕生したのかと見まごうような壮観である。
しかし、それは世界ではない。混沌に埋め尽くされた可能性の海の中でなぜか安定してそこにあり続ける不自然な物体であった。
その気泡の内側に張りつき、埋め尽くしているのは無機質な直方体の群れ。
直方体の一つ一つは2メートルほどの高さで両手を広げれば両端に手が届く程度の大きさだ。
所謂、一般的なデータセンターに設置されているサーバー群のようにも見える。
そのサーバー群が気泡の内側面の五分の一を覆いつくさんばかりに縦横無尽に設置されていた。
サーバーの筐体からは無数のケーブルが吐き出されるように繋げられており数十メートルに一つの感覚で中空に描かれている輝く図形の中に吸い込まれるようにして消えていた。
それは、いくつもの図形や数字や見たことのない文字を組み合わせた無秩序な図番のようであり、なぜ中空にそのようなものが浮いているのかも皆目見当がつかない。
しかし、何か大量の情報を演算していることだけは、チカチカと点滅するサーバー群から推して知ることができる。
そのサーバー群の一角に、動く影があった。人影のように見えるが、人ではない。人から肌や筋肉といった軟部組織をすべて取り払ったような出で立ちのボディは、リン酸カルシウムやコラーゲンではなく金属の骨を持ち、目玉のある場所には二つのセンサーがはまっていた。
その胸にはデカデカと徳臣開発のロゴが刻まれている。
そのヒトモドキ2体がサーバーの1台に取り付いて作業をしていた。
『0100110000001010010101000111111010101010001010001010100001010100101』
『0000001111010001001101010101011001010100100001111010101000101010101000』
何かの情報のやり取りを高速でしながらサーバーをいじっているようだが、機械言語は理解できない。
日本語に訳してみよう。
『ヤバシー!!コレヤバシデゴザルーーイナロー殿ー!!』
『これは面妖な……霊の仕業か!!?』
何を言っているのかはわかるが、何を言っているのかはわからない。
そんなふざけた会話を超高速で行うという器用なのかあほなのかわからないことしている二体のヒトモドキは徳臣開発DARG事業部が所有しているサーバー群を管理するAI搭載アンドロイドの型番スミス3510と型番スミス1760であった。
彼らは、今まさに開始される寸前となった待望の新作RRPGゴリラント・タイラントのサーバーの最終点検をしていたのだ。
そこでサゴジョーがサーバーに危険な仕掛けを発見し、直ちに仕掛けの除去と修復作業を実施していた。
『コレハゼムドヴァール製のワープトラップでゴザルーー!!ナニモシラナイゲーマーサンガ拉致ラレルトコデゴザルー!!』
『面妖な……ゼムドヴァールの怨霊め!』
それはゴリラントタイラントを起動してサーバーに接続した大量のユーザーのIPを瞬時に割り出し地球上の座標を特定し、同時多発的に次元転移魔法を発動することで地球側の異世界強制転移妨害機構に過負荷を掛けて機能不全を引き起こし、一部の人間を異世界へと連れ去ることを目的とした術式が被膜の内側に刻まれた1本のケーブルであった。
このたった1本のケーブルを見逃していたら本日アクセス予定だったβテスターが百名単位で異世界へと連れ去られていたであろう。
データサーバー間をつなぐためにどうしても大量に必要なケーブルの中に1本だけ紛れ込ませてあったその罠をサービス開始のギリギリで発見した2体は冷や汗をかく。
実はこの1か月のうちに回収した同様のトラップは10本にもおよび、すべてが稼働していたら全βテスターの1割が並行世界に消え去っていたかもしれない。
そして、徳臣開発は大規模なテロ行為を未然に防ぐことができなかった責任を追及され、株価は暴落。そこをハイエナのように群がった競合他社に買収されて消えてしまったことだろう。その先に見えるのは問題を解決できない欠陥アンドロイドとして人格を消去され、リサイクル工場へと運ばれる自分たちの姿。
『アブナシ―!!危機一髪でゴザルー!!ソレガシナイスデゴザルーーーー!』
『天晴なり!』
サゴジョーは些細な違和感を無視しないでまじめにチェックしてよかったと心の底から少し前の自分をほめてやる。
相棒のイナローもハイタッチで自分の発見を労ってくれた。
やっぱり自分たちは最高のコンビだと感慨深くなっているところに通信が入る。
『おい、サコジョー!あと50分でベータテストが開始されるぞ!問題はないか?』
『コレハ六軒マネージャードノー!タッタイマ問題ハクリアニナリマシタルゾー!!』
サゴジョーはサーバー群に仕掛けられたサイバー攻撃の詳細を報告した。
『そうか、やはり先週のギガンティックウェーブが起きた時に因果律をいじられたか……
サゴジョーよくやってくれた。』
ギガンティックウェーブとは、この混沌とした可能性の海で一つの世界が終わるときに起こる大津波のことで、世界が可能性の海に還るときに起こる極臨界次元裂の衝撃で混沌が巨大な波となって荒れ狂う現象のことだ。この現象によって可能性の海の混沌の靄は存在や可能性が固定されることなく漂うことができるのである。
しかし、可能性の海が荒れ狂うと、その中に浮いている次元境界データセンターもただでは済まない。太陽嵐のような暴力的な電磁場・粒子線などがデータセンターに襲い掛かり損害を与えようとしてくるのだ。この時のデータセンター内はリソースの90%を対ギガンティックウェーブ防御に使う必要があり、他の並行世界からの干渉に対して一時的に脆弱性が発露してしまう。
前回のギガンティックウェーブ発生時に、今回のテロ行為は仕掛けられたようだ。
しかし、ギガンティックウェーブ発生時に可能性の海にあるデータセンターに侵入することは、ギガンティックウェーブに呑み込まれるリスクと隣り合わせである。荒れ狂う混沌に少しでも触れてしまえば、一瞬で存在があやふやになり混沌の一部へと混ぜ込まれてしまう。
そのため、他の並行世界からの攻撃は成功率が極めて低く散発的なものとなるのだ。
だからこそ、ギガンティックウェーブというリスクを冒してでも、地球人はここにデータセンターを造り上げたのだ。
『イエイエソレガシ仕事をマット―シタダケデゴザルヨー!』
『うむ、苦しゅうない』
『そうなると、ゲゴン兵も送り込まれてくるかもしれないな……イナロー、頼めるか?』
『むむ、噂をすればなんとやら……サゴジョー下がれい!』
六軒マネージャーとイナローが意味深な会話を交わしたその時、突如サゴジョーが修復していたサーバーの下から赤い光が迸った。
『キヒィィヤァァアアア!!』
サゴジョーは悲鳴を上げながら脱兎のごとく駆けだして別のサーバーラックの影に隠れ、サーバーラックを吹き飛ばしながら蜘蛛のようなロボットが飛び出した。
それはゲゴン兵と呼ばれている。
とある世界から地球を侵略するべく派遣されてくる戦力で、基本的に生体部分を持たない自立機械式人形である。
完全自律思考は搭載されていないが、高度なプログラミングによる自立制御を実現しており、破壊能力と殺傷能力に優れた兵器である。その姿もバラエティに富んでおり、様々な用途に向けて特化された兵器群を大量に投入された《福井UFO戦役》では、今や日本国家元帥となった救世勇と、彼に選抜された各種魔導のエキスパート集団の通称〈救世レギオン〉が活躍したことでなんとか相手を撤退まで追い込んだが、その攻撃の凄まじさに東尋坊が遠浅の海岸へと作り変えられてしまったとが記憶に新しい。
今回現れたゲゴン兵の大きさはイナローの腰に届くぐらいの大型犬サイズであるが、本体から8本生えた脚からはナイフやチェーンソーのようなものが生えている。
ゲゴン兵がその場から跳躍してイナローへと飛び掛かる。折りたたんだ八本脚の先を一転に束ね、その足がドリルのように高速回転してイナローに迫る。
そして、イナローのボディに穴を穿つために、脚を急激に伸ばして襲い掛かる。
ギィィイイイイン
金属のこすれるような鈍い音が響き、すわイナローのボディが貫かれたのかと思われたが、そうはならなかった。
いつの間にかイナローの手に握られていた鉄パイプがゲゴン兵の攻撃を受け止め火花を散らす。
攻撃が防がれたと判断したゲゴン兵は鉄パイプを弾くように飛びのいた。
両者の間合いが離れると、イナローは外連味たっぷりに振りかぶり、ゲゴン兵に鉄パイプを向けた。
『今宵も”虎鉄”が血に飢えておるわ』
鉄パイプである。
ゲゴン兵の動きが一瞬止まったような気がしたが、演算が完了したのか脚についた車輪を用いて高速起動でイナローを惑わそうと縦横無尽に駆け回る。
イナローは心の目で、ゲゴン兵の気配を追いかけているため、微動だにしない。
そして、ゲゴン兵がイナローの背後に回ろうと見せかけてイナローにスライディングを仕掛けると、片足をスッと上げて紙一重で躱してみせた。
『ふん』
そうして、すれ違いざまにゲゴン兵の腹部に鉄パイプを振り下ろした。
なぜか、ロボットを切り裂いたのに鈍い音もせずズビシュッ!と生々しい音を立てて脚の一本が斬り飛ばされた。とっさに脚で防御されたのだ。
体勢を立て直したゲゴン兵は最後の覚悟を決めたのか、腹部からサラサラとした何かを大量に放出し、イナローに向かって真っすぐ特攻してきた。イナローは鉄パイプを正眼に構えて相手を迎え撃った。
2体の体が交錯し、通り過ぎた。
振りぬかれた鉄パイプと突き出された脚の動きが止まる。
ガシャン…
そして、蜘蛛形のゲゴン兵は静かに崩れ落ちた。
残心を解いたイナローがゆっくりと鉄パイプを放り投げると、サゴジョーが両手を振り上げて駆けつけてきた。
『フォオオオーー!!イナロー殿スゲーデゴザルー!!ヨ!ニッポンイチノサムライ!』
『某、し、しがない浪人ゆえ……』
褒められて嬉しいのにすげなく返事をしようとしてちょっと噛むイナローは、照れ屋である。
『ところで、さっきゲゴン兵から何かばらまかれてなかったか?』
六軒が疑問を口にする。ゲゴン兵がばらまいた何かが破壊活動などに用いられるマイクロロボットである可能性を考えて、βテストの中止を判断しようとする。
『ソレナラコチラニー!』
親に自分の成果を自慢する子供のように虫かごのようなものを頭上に掲げた。
籠の中には地面に転がっている蜘蛛型ゲゴン兵をミニチュアにしたような小型の雲形ロボットがぎっしり詰め込まれており、籠の中心に向かおうとイワシの群れのように蠢いていた。気持ち悪い。
籠の中に何やら紫色に光る石のようなものが設置されており、それに誘われるように籠の中に入ってしまったようである。
『おおっベイトトラップも仕掛けてあったのか!よくやったサゴジョー!』
『ナンノコレシキデゴザルー!』
『見事なり!』
イナローは仲間の活躍を素直に褒められるいいやつだ。
『イナロー、サゴジョー、ご苦労様!今回もかなり下級のロボットしか侵入できなかったが、侵入頻度が増えてきているな。君たちには面倒を掛けるが、どうかゲームの安全を守ってほしい。じゃ、バイパスよろしくー!』
『リョ!』『うむ…』
破壊されたサーバーを迂回して複雑怪奇なケーブルを見事に接続し、システムオールグリーンを確認完了したのはサービス開始3分前だった。
こんな直前のテロ活動があってもサービス開始を止めないのは企業の姿勢として正しいものなのか?それともこの世界の常識なのか?
かくして、ゲームサーバー管理AIたちの活躍により、徳臣開発の新作RRPGゴリラント・タイラントβテストは開始された。
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『――――ビッグデルタ様、それではゴリラント・タイラントの世界をお楽しみください!』
視界が白い光に包まれ何も見えなくなると、ビッグデルタは見知らぬ平野に立っていた。
周りには同じβテスターのプレイヤーだろう、多種多様な身体的特徴を持ったアバターが自身の体を確認している。だいたいのアバターの容姿はイケメンか美女だが、ちらほらとネタキャラのような独特な容姿を持ったアバターも見え隠れしている。
ビッグデルタも自分の身体をしげしげと眺めて悦に入っていた。希望通りの高身長を誇る精悍な竜甲翼人となり、鱗で覆われたボディを撫でてゴツゴツとした感触を楽しみながら、普段は感じられない視界を楽しんでいた。
「ほわぁ~、人の頭が下にある……快感…」
思わず隣にいた平均身長ぐらいのプレイヤーの頭を撫でてしまい揉め事になりかけたが、ナイスタイミングで運営からのアナウンスが入ったため、有耶無耶にすることができた。
『神の軍団のみなさんゴリラント・タイラントへようこそ!私はこの世界最大の宗教ウォホル今日の大神聖僧パキシア・テル・ウォホルと申します。本日より、βテストを開始いたします!』
周囲から歓声が上がる。
皆、この日を楽しみにしていたのか飛び上がって喜んでいるものも多い。
歓声が落ち着くのを待って、パキシアが言葉をつなぐ。
『これより皆様には、このチュートリアルタウンでゴリラント世界の一般常識を学んでいただき、世界へと踏み出していただきます。この世界に蔓延る魔王の眷属や、待ち受ける数々の試練。それらを乗り越えた先に待ち受ける魔王を倒し、この世界に平和をもたらしてください!それでは、ゲームスタート!』
大きく手を振り上げたパキシアの号令が合図となり、ただの平野であった場所に光が満ち溢れ、地面からにょきにょきと建物が生えていき、気が付けばプレイヤーは街の中心の広場と思しき場所に集められていた。
『この町は破壊不能オブジェクト指定されておりますので、様々な可能性を試してから世界へと飛び出しましょう!』
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」
プレイヤーたちは歓声を上げながら街中へと駆け出して行った。
ビッグデルタも波に乗り遅れないように駆けだし、チュートリアルイベントとの遭遇を今か今かとソワソワしている。
チュートリアルタウンでは、一定の確率で街の住人との間で偶然を装ったイベントが発生するようになっており、そのイベントコンテンツで世界情勢や常識などを自然と学ぶことができるようになっており、そのバリエーションは無数に存在している。そのため、攻略法を網羅することができず、だれかが通った道を辿るだけのプレイが普及しにくい仕組みになっており、ゲーム本来の楽しさをプレイヤーが満喫することができるようになっている。
周りでは、早速、街角でパンを咥えた女の子と衝突して相手から喧嘩を売られるイベントが発生していたり、道端で困っているおばあさんに話しかけて人助けイベントを発生させているプレイヤーなどが散見された。
そんな光景に目を奪われて、自分もかわいい女の子とボーイミーツガールしたいなぁとキョロキョロしていたビッグデルタに悲劇が襲い掛かる。
「あああ~~!しまった~~!手が滑って研究中の小人化薬があ~~~!」
側頭部にガラス瓶のようなものがぶつかったと感じた時にはもう手遅れだった。
割れた瓶からこぼれ出した液体がデルタの体を濡らす。
すると、先程まではプレイヤーたちの頭を余裕で見下ろせていたはずの視界が下がりだし、世界がグングンと巨大になっていった。
あまりのことに茫然としていると、見上げるほど巨大な何者かが話しかけてきた。
「おお、すまんすまん。ちと手が滑ってしまったわい。すまんついでに、付き合ってくれい!」
そう言うと、デルタをひょいと持ち上げて慣れた手つきで持っていた虫かごに放り込んだ。
虫かごに捕えられたビッグデルタが抗議の声を上げるも、キーキーとか細い鳴き声のようなものが聞こえるだけで、虫かごを抱える人物には届かない。
そして、熱狂に包まれる街の中で、デルタは何者かに連れ去られた。




