"PLAY" Your Role②
―――――第576並行世界ゴリラント
―――――ゴリアル王国
―――――国王レブロト・ジェド・ゴプロナードの執務室
中世ヨーロッパに造られた城郭のように荘厳な雰囲気を醸し出している石造りの建物の一室。
仕立ての良い服に身を包んだ男が質素な外見ながら非常に質の良い椅子に座っていた。
男は、目の前の威厳を感じさせる大きな机に肘をついて頭を抱えている。
机を挟んで反対側には数名の腹心が同じように難しい顔をして王の顔をうかがっていた。
「魔王が復活する……だと?……プレイヤーとは何だ?」
机の上に散乱する資料に目を落とし、何かに悩んでいる男は王だった。
この世界ゴリラントに数多存在する知的生命体の一つ”ヒューモ”の集合単位である”国”の一つ《ゴリアル》を治め、日々国家と国民の繁栄を実現するべく国家運営の舵取り役を担っている。
その男が頭を抱えている理由は、一年前に国教であるウォホル教の大神僧聖から秘密裏にもたらされた、とある神託がきっかけであった。
――魔王が復活し、魔族の軍団を率いて世界を荒廃させる
大神僧聖曰く、この世界で太古の昔に封印されたという【魔王】が、あと一年で復活するというのだ。
魔王が復活すれば魔族という得体のしれない種族によって、世界が危機にさらされるという。
この神託に王と側近達は大いに困惑した。
曖昧な神託という形の情報に、一体どれほどの規模の災害が世界を襲うのかというリスクの評価が正確に行えない上に、どれだけ古い史料を探しても、【魔王】についての記録はおろか、魔族の存在を示す歴史証拠すら欠片も残っていなかったのだ。
魔王の存在は、1000年も続くこのゴリアル王国でさえも知り得ない晴天の霹靂とも呼べる事実であった。それが混乱に拍車を掛け、予測不能の恐怖を増大させた。
それだけでも困難な事態に置かれているというのに、大神僧聖の神託には続きがあった。
――世界に危機が訪れた時、神の加護を授かりし聖なる戦士たちがウォホル門より顕れ、魔王を討ち滅ぼす聖戦が始まる
復活するという魔王を打ち倒すべく神が軍団を派遣するというのだ。
字面だけを眺めると、復活する魔王をプレイヤーが倒してくれるのだから全く問題がないように思われるが、そこにも問題があった。
魔王の復活は神託より1年後とはっきり明示されているのに対し、聖なる戦士は”世界に危機が訪れる”まで顕現しないのだ。最終的には魔王を倒してくれるのかもしれないが、それすら保証はされていない。ただ、魔王との聖戦が始まるだけなのだ。
つまり、世界に訪れる危機を回避する手段は現時点では存在しておらず、何時になれば魔王が倒されるのかもわからない。その間は常に国家存亡の危機に晒され続ける可能性が高いということなのだ。
「まったくもって馬鹿げている」
この半年間に何度もウォホル教の大神僧聖の下を訪れ神託に誤りがないかを確認したが、徒労に終わっていた。
なぜ、そのようなふざけた神託が自分の代に授けられたのか、その混乱と恐怖に王は悪態をつかずにはいられない。
それでも、千年王国を築く大きな原動力となり、戦乱などの国難の折に神託が重要な局面を打開してきた歴史的事実を無視することなど出来るわけがない。
特に、近年急激に頭角を現して電撃のごとく大神僧聖へと上り詰めた彼は、”神に愛されし者”と呼ばれ、生きながらに聖人認定された稀有な人物である。千年もの時を経て肥大化し、腐敗を始めていた教会を見事に浄化して民の信仰を取り戻した男を王も深く信頼していた。
座して待つことなど出来ない王は神託を信じてできうる限りの準備を推し進め、魔王に関する調査にも全力を尽くしてきた。
勿論、国民を混乱と恐怖のどん底に落す訳にはいかない為、様々な方便を用いて増税と軍備増強を図り、その裏では各国首脳に対して魔王復活の警告と情報収集の協力を求め続けた。
しかし、急激な軍事力の増強は他国に強い警戒を招き、不自然な増税に国民からも不安や不満が上がり始めてしまった。
周辺各国の王室や政府に魔王の存在を認識できる文献や口伝、遺跡の有無を問い合わせた結果は、どこにもそれらしき情報は見つからなかった。それどころか、狂言を隠れ蓑に他国への侵略を目論んでいると疑われ、それまで穏便であった周辺各国の緊張が高まり、きな臭い動きが見られるようになってしまった。その原因たるゴリアルの外交官たちは、他国との折衝の場において肩身の狭い思いをする事態に陥っている。
言い訳としては、ゴリアル辺境や周辺国にて見たこともない化け物が人を狙って襲う事件が散発しており、その駆除対策として多少の方便は通じそうなことぐらいである。しかし、国民に少なくない被害が出ている上に信託にある”魔族の軍団”のことが頭をよぎるため、少しも良いことではない。
国民の信用を失墜させ、他国からも孤立しかかっている八方塞がりの状況に、王は頭を抱えることしか出来ない。
「世界の危機に対処しようとすれば、この国が危機に陥るか……皮肉なものだわい」
コンコンコン
王のいる執務室の扉がノックされ、それまでは置物のように部屋の隅に佇んでいた執事が取次に向かう。
「時間通りに来たな…」
小さな声で呟いた王は、扉の向こう側にいるであろう人物の顔を思い浮かべ小さな期待の眼差しを一瞬だけ垣間見せた。
取次をした執事が王に向かい、来訪者の名を告げる。
「大神僧聖様がいらっしゃいました」
王は扉から目を離さぬまま、小さく頷いた。
「通しなさい」
執事は王に頭を下げると扉へと向かい、部屋の外にいた人物を招き入れた。
「陛下につきましてはご機嫌うるわしゅう……とはいきませんかな」
型式ばった挨拶を少しだけ崩して王の目の前に進んできたのは、ゴリアル王国と共に千年の道のりを歩んできた巨大宗教ウォホル教の頂点を戴き、このたびの王の苦難を生み出す神託を授かった大神僧聖ことパキシア・テル・ウォホルであった。
「それで、経過の方はどうなのだ?」
パキシアに問う厳しい表情の王の目が揺れる。
理知的な光を双眸に宿らせたパキシアは、少しだけ眉を釣り上げると王に報告を始めた。
「はい、我ら八使徒の力を合わせて古よりの秘儀を用いた結果、神の御使……つまり、天使様を召喚することに成功いたしました」
思わず机を両手で叩いて立ち上がってしまった。
「なにいっ!! それは本当か!?」
同席していた軍務大臣が前のめりになりながらパキシアに迫る。
「左様にございます。 我ら八使徒がファークトルに篭り捧げてきた呼びかけに応え、我々の眼前に光とともに顕現なされた天使様は、確かにウォホルの代行者の証たるキァンプールを背負っておりました」
キァンプール――ウォホルの教義を体現する聖なる象徴のことであり、それこそがウォホル教千年の礎となった筒状のアイコンのことである。多くの神と宗教が存在するゴリラントにおいて、一目見るだけでウォホル神を想起することの出来るシンボルの登場は、ゴリラント世界において宗教とその延長に存在する神の存在をかけ離れた存在から身近で親近感を覚える存在へと変貌させ、多くの信者を獲得することに成功した。また、神の御使いたちが現世に顕現する際には、光輝たるキァンプールを背負っていると記録に残っている。
期待と警戒。二つの思惑に支配されている王は先を促す。
「して、その天使はどのような情報をもたらしたのだ?」
「はい、天使様との対話から得ることの出来た情報には、プレイヤーの遣わされる刻限が示されておりました。 喜ばしいことに、本日より二周番の後にプレイヤーの先駆けたるベータテスターと呼ばれる者らがゴリラントに顕現されるとのことです」
「二周番だと?!急すぎる!!受け入れの準備が間に合わないではないか!まだ周辺各国への根回しも終わっていないというのに……。」
同席していた宰相が焦って声でパキシアを責め立てる。
しかし、パキシアの余裕の表情に息を呑み込む。
「これは神の決定です。ただの僕たる私に覆すことなどできません。しかし、安心してください。二周番ののちに、デントツカ平原にプレイヤーとともに拠点となる都市”チュートリアルタウン”を建設するとのことです。」
「我が国の直轄地に都市を勝手に築かれることのどこに安心する要素があるのだ……確かにプレイヤーという得体の知れない勢力を進んで受け入れてくれる領地などあるはずもないから助かることは間違いない。
念のため、南方軍に王都とデントツカ平原を結ぶロスニ街道警備を通常の5倍にするように通達いたします。」
軍務大臣が余裕のパキシアを恨めし気に睨みつけながら王に意見を奏上した。
王は軍務大臣の意見にうなずきパキシアへと向き直った。
「プレイヤーの矛先が我が国に向かうことはないのだな?」
「私が受けた信託では”魔王と魔王率いる魔族の軍団”を倒すために遣わされるとのことです。後ほど、私どもは神の奇跡を迎え入れる準備をするためにデントツカ平原へ向かわせていただきます。」
いつからだろう。あれほど信頼していたはずの大神僧聖がまるで別人のように感じられた。
それから二、三の会話を交わすとパキシアは軽やかに去っていった。
残された面々は、重苦しい空気に包まれながらも、脅威の評価もできない五里霧中のなかを彷徨うように、現状知りえた情報からいくつかの対策を検討しはじめた。」
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『ベータテスターの皆様、お待たせいたしました。アバターの造成が完了いたしました。8月1日0時よりゴリラント世界での冒険をお楽しみください。』




