異世界転移返し⑤
それから王女一行は、陽木の運転する空飛ぶ車に乗って、首都・東京を始めとして北は北海道、南は沖縄までの街々を巡り、日本国の隔絶した文明を目の当たりにした。
それだけでも驚きの連続であったのに、この世界には日本と同じ文明水準を持っている国が他にも多数存在しているらしい。日本は、地球という世界に存在する国の一つでしかないと知り、また、他国に対して王女一行のように不法越境をしようとした場合、苛烈な反撃からの侵略や搾取が待ち受けている場合が多いことも知り、古文書を記した過去の偉人に対して、日本を標的としたことに不謹慎ながらも感謝してしまった。
魔力を電力という雷の性質を持つエネルギーに変換して安定的な動力として利用していたり、魔力と電力を併用して電力だけでは解決の難しかった課題を多数解決する動力拡張を実現したのだそうだ。
その成果が空飛ぶ車であったり、おしりを瞬時に浄化してくれるトイレであったり、
すべて魔力で動かせないかと尋ねれば、陽木はフンスフンスッと鼻息を荒くしながら自慢げに説明してくれた。
魔力というエネルギーは瞬発的な出力では電力の比ではないぐらいの高出力を発揮するが、連続的な動力には向いていないらしい。
要は爆発みたいなことが起こるので、魔力を動力として採用した機械の耐久性が保証できないのだそうだ。それも、今後の研究次第では解決される可能性があるとのことで、陽木が魔力を利用した技術について説明するたびに”現時点では”という言葉を多用していたのが印象的だった。
なんでも、魔力というものが認識されて利用され始めたのがほんの10年前らしい。
魔力発見と、たった10年で魔力を自分たちの文明よりも上手に使いこなすまでに至ったある鬼才の貢献があったらしいことは聞いていたが、詳細については聞いていなかった。
そして、首都東京のどこまでも続くビル群に圧倒され、北海道で胃袋を掴まれ、そこから京都へ向かう途中の愛知県にて、とある資料館に立ち寄ることになった。
国民に限らず広く公開された資料館や博物館などがあることにすら感動していたので、文明を学び新たな知見を得て自国へと還元したいと思い始めていた面々は期待に胸を弾ませて車から降り立った。
名古屋という愛知県にある中心都市の郊外に佇む真新しい建物がその資料館であった。
資料館の入口には”魔力エネルギー資料館”と刻まれた銘板が設置されており、この国において魔力というそれまでに認知されていなかったエネルギーが発見された経緯や発展の道のりが時系列を追って紹介されているようだ。
世救勇という人物が並行世界の観測に成功したことから魔力の発見へと至ったのであるが、次の段階で世界の境界を突破して並行世界へと転移する実験を実施していた時に、助手であった妻とともに転移先の世界で拉致され様々な理不尽な目に遭わされたらしい。
そんな日々の中で魔力というエネルギー概念の発見と理解、エネルギー活用方法を模索して元居たこの世界への帰還を果たしたのだ。
その過程でともに異世界へと拉致された妻との別離や異世界で偶然出会った地球人たちとの共闘や別れを経て、絶体絶命の危機の中で何とか帰還することができたようだ。
王女一行は自分たちが同じようなことをしようとしていたと自覚して罪悪感を抱いてしまったが、今は正しい知識を得ることができたのだ。今回の件を反省し、なんとか協力関係を構築して自国の危機を救いたいと思うようになっていった。
同情を誘う悲劇のストーリーとそこからの躍進、日本国巡る中での驚きの連続と陽木の人柄などに触れ、政治的な宣伝も兼ねた日本国のプレゼンテーションであることは頭では理解できるが王女はすっかり日本の虜になっていた。
――また日本を訪れたい――
そんな思いを抱いてしまっては、敵対することな不可能だ。
最後まで反抗的であったイデク司教ですら5日目にはコンビニで買った有名なチョコレートスナック菓子である”つくしの沢”と”きくらげの森”のどちらがおいしいかを論じる程度には日本国を楽しんでいた。
正しくは三日目の夜まではかなり反抗的な態度を貫いていたのだが、その日の宿に特別渉外庁の職員が訪れてイデクと二人きりの面談をしたあたりから、憑物が落ちたように態度を軟化させて観光を楽しみ始めたのだ。
4日目の朝に宿のロビーで集合した際のあまりの変わりように王女一行は気味が悪くなったほどだ。
しかし、その変化がとても好ましいものに感じられたので、すぐに気持ちを改めてイデクの変化を歓迎したものだ。
それからも一方は日本各所を巡り、日本という国の先進的な技術や文化を目の当たりにしていった。
あっという間に1週間は過ぎていった。
――――日本某所
――――新東京ゲートステーション
――――渡航制限世界転移ゲートエリア
空港のような広大な敷地の中に建てられた大規模な施設の中に並行世界へと繋がる転移ゲートが多数設置されている。一般人が使うものから輸送用、ビジネスクラスやVIP専用のゲートまで、多彩な大きさのゲートがこの施設に集約されているらしい。
そんな施設の一画に軍によって厳重に管理されているエリアがあった。
このエリアから転移できる並行世界は、交流関係構築段階の浅い並行世界などで、安全確保が十分に確認できていない転移先に転移する際に利用されるゲートを管理しているエリアで、万が一の事態に備えて軍を配備して利用できる人員を制限しているとのことだ。
そのエリアの待機スペースでは、日本国の外務省や特別渉外庁の職員が減恒世界の国家との国交樹立のために相手方赴いたり、相手方の外交官を招いたりするために使われている都合から、国威を見せつけるためにとても豪奢な造りになっていたりする。
王女一行は、その待機スペースで陽木や硲と別れの挨拶をしていた。
「陽木様、本日までの1週間で日本国の素晴らしい点を紹介していただきありがとうございました。私たちが無知であったが故に、都合の良い情報を信じてあなたの国の国民を連れ去ろうとしていたこと、許されることではありません。にもかかわらず寛大な取り計らいをしていただいたこのご恩に必ず報いて見せます!貴国との国交を樹立して学ぶことが我が国の国難を救う道であると信じるに至りました!」
イデク司教も王女の宣言に大きくうなずきながら同意した。
「まったくですな。ヘボ族の未来は日本国といかに早く友好関係を結べるかにかかっておりますとも。我々オラヌカ教も早々に足並みを揃えて日本国とヘボ族との懸け橋になるよう努力いたします。」
他の一行もみな使命感を帯びた表情でうなずいていた。
陽木も別れが惜しいのか、少し切ない表情になりながら別れを告げた。
「皆様と過ごした1週間、あっという間でしたね……。
でも、その間に聞かせていただいた皆様の故郷のお話や、考え方などとても興味深いことが多くあり、私にとっても学びにつながった実りある交流だったと思いますー!どんな形に落ち着くのかはわかりませんが、皆様の世界の人々との友好関係を築いていけるように私も微力ながら後押しさせていただきまーす!」
最後までとびっきりの笑顔で明るく接してくれる陽木に、王女一行は明るい展望が見えたような気がした。
その傍らにはあの恐ろしい女傑・硲が控えているが、彼女は何とも言えない表情をしてムッツリと黙っていた。彼女とは、この1週間の旅先で二度ほど一行の前に現れて、いくらかの会話を交わしていた。基本的に彼女は感情を表に見せることはないようで、会ったときはいつも無表情を貫いていた。
今は、時々深呼吸をしては自らを落ち着けようとしている当たり、出会いこそ最悪の形であったが彼女も別れを惜しんでくれているのだろう。
そんな一行の下にゲートステーションの職員が訪れた。ついに別れの時だ。
「サマケミウよりお越しのヘボ族御一行様。お待たせいたしました。転移の準備が整いました。転移ゲートまでご案内いたします。」
陽木が涙ぐみながら転移ゲートまでついていく。
その後ろで硲も目元を隠している。
三番転移ゲートという案内が表示されている円環の前にたどり着いた。
ゲートの周辺には3名ほどの軍人が武装した状態で周辺を警戒している。
案内してくれた職員が円環の傍らに設置されている机で何かの作業を行う。
すると、円環の中心部分から白い閃光が迸り、やがて円環の中を満たした。
次の瞬間、靄が晴れるように白い閃光が弱まると、そこには召喚の儀式を行ったトーボエ神殿地下のドームが見えていた。
王女一行は、拘束されていた期間も含めると2週間ほどしか経過していないが、とても長い間離れていたようにも感じ、郷愁の念に駆られ始めた。
「陽木様、硲様、大変お世話になりました。次お会いするときは友好大使として正式に来訪できるように働きかけていきます。だから、またお会いしましょう。」
「はいー!また、お会いしましょーう!グスッ」
涙ぐみながらもやはり笑顔で元気に答えてくれる陽木と握手をして、転移ゲートへと歩み出した。
硲がイデク司教と何かを話し込んでいた。
きっと、サマケミウに帰った後に日本国と連絡を取る方法のおさらいだろう。
日本国と情報交換をするには、ヘボ族の国々を横断して状況を把握できるオラヌカ教幹部が適任であることから、連絡手段はイデク司教に託されている。
魔術にかけられてもあれだけ強硬だったイデクの態度を軟化させたのは、何を隠そう硲だったので、二人が真剣な表情で打ち合わせをしている光景も納得である。
「それでは、ごきげんよう!」
王女一行はゲートと呼ばれる円環をくぐり、元居た場所へとたどり着いた。
後ろを振り返ると、白い閃光が円環状の枠を形作り、その向こうに手を振る陽木や職員がこちらを見送っていた。
王女一行も手を振り返していると、あっという間に円環が萎んでいき、消えていった。
王女は、ともに日本国での時間を過ごした一行の面々を一人ずつ見渡して決意を帯びた表情で声を掛けた。
「さあ、私たちの仕事はこれからです!ヘボ族の命運は私たちの働きに掛かっています!」
王女は陽きから渡されたタブレットを取り出した。イデク司教の渡された機械とは異なり、連絡をすることは出いないが、日本国の文明・軍事力・文化などを紹介する映像が納められた板状の機械である。
こちらの世界にも映像を記録する魔道具の推奨などはあるが、とても貴重な素材が必要なことから他国に気軽にプレゼントすることなどできない。
これ1台だけでも日本国のすごさをヘボ族の国々に伝えられると希望を抱いていた。
その後、召喚の儀式の最中に姿を消したことで大混乱に陥っていたヘボ族各国に”神の国”は実在していることを伝え、隔絶された力を借りるために友好関係を結べるように国々に働きかけを開始した。
その3か月後に、ガチ帝国の皇帝ヤスが直々に参戦したアン・ドーダック王国への電撃的な王都ベクシテマーへの親征が敢行され、王族と主要な貴族が拘束された。
ヘボ族の要であるアン・ドーダック王国が陥落したことで各国の結束が乱れ、ことごとく敗戦を繰り返した結果、ヘボ族国家の歴史は終わり属国州へと下った。
皇帝ヤスの差配により、ヘボ族の描く属国州はそれまでの国境をそのまま流用され、各州の総督府のトップには召喚の儀に参加したメンバーや近しい関係者で固められることとなった。
歴史上初めてモトマヌラ大陸統一を成し遂げたガチ帝国はその後、異世界国家日本国との国交樹立と貿易の開始を宣言し、他の大陸の国家を揺るがした。
――――新東京ゲートステーション
――――渡航制限世界転移ゲートエリア
「はあぁぁぁーーーつかれたーーー……おい。」
王女一行に手を振っていた陽木は、ゲートが閉じた瞬間に深いため息をついたダウナーな雰囲気を纏わせながらつぶやいた。先ほどまでの笑顔が嘘のように霧散して、鋭い目つきになっている。多分、王女一行が今の陽木を見ても陽木だと気づけないだろう。それぐらい纏う雰囲気が変わっていた。
その傍らには硲が倒れている。否、腹を抱えて笑っていた。
「グスッ……だってぇ!!あの陽木が….…グスッだってぇえ!!ひゃっひゃっひゃー!」
陽木は硲を一瞥すると置き去りにすることを決めて歩き出した。




