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帰還


とある早朝、日本の地方都市。

薄ぼんやりと明るくなり始めた空がまだ星の輝きを空色の水彩で塗りつぶす少し前の現在。


パチンッ


閑散とした住宅街を線引きで区切るように引かれた片側一車線の道路上に、何かが弾けたような小さな音が響いた。


近くのゴミ捨て場でゴミ袋をつついていたカラスの1羽が首を傾げながらカァと一鳴きした。


すると、カラスの鳴き声に応えるように再び響き渡る小さな破裂音。


別のカラスが音の発生源と思しき空間に振り返るも、そこには黒塗りのアスファルト以外何も無かった。

カラスたちは気を取り直してゴミを漁りだした。


再び破裂音。今度は音が断続的に鳴り始める。


ピシッ


そして、破裂音は硬質なガラスのひび割れるような音へと変貌していく。


そして、小さな黒点が生まれた。


黒点から小さな黒い稲妻がほとばしる。


まるで空間にヒビを入れるように四方八方へと黒い稲妻が走っては消えていく。

そんな状況が一分も続いただろうか。


ついに異常な事態に気付いたのか、ゴミ捨て場のカラスたちがけたたましい鳴き声を周囲に響かせながら一斉に飛び立った。まるで外敵に遭遇したように慌てて飛び立ったカラスは、ありつけるはずだったご馳走を恨めしげに眺めながらゴミ捨て場の上空をしばらく巡った後、危機感が勝ったのか葛藤を振り切って遠い空へと慌ただしく消えていった。


高圧電流の放電音とガラスがひび割れるような音が徐々に大きくなっていくと、黒点は次第に広がり始め、黒塗りの空間が現れた。


そこから青白い右脚が突如として生えるように現れ、力強くアスファルトを踏みしめた。

その足首には重々しい枷が嵌められており、そこから伸びる太い鎖が途中から切断されジャラジャラとアスファルトをかき鳴らす。

よく見ると、脚の至るところには傷痕が刻まれ、指先の爪が剥がされていた。


今度は少し上から右腕が現れる。

全ての指から爪が剥がされ、傷痕によって埋められた腕には、やはり手枷が嵌められており、こちらも太い鎖が途中で引きちぎられ揺れていた。


何もない虚空に何かを掴み取ろうと開いたり閉じたりしている手が偶然、黒い空間の近くに並んでいるガードレールを掴んだ。

渾身の力を込めたのか前腕が急激に膨らみ始め、全身に貼り付いた何かを剥がすような音とともに、一人の男が黒い空間から引っ張り出され倒れこんだ。


やがて、男が抜け出てきた黒い空間が巻き戻すように小さくなり消えていった。


しかし、両手両足に枷をはめられ、深く刻まれた傷痕を全身に刻まれた何者かは、黒い空間とともに姿を消すことなく、その場に倒れこんでいた。

痩せこけた顔には、ボサボサの髪の毛が覆いかぶさり、その隙間から窺える両の眼には強い消耗の色が宿る。しばらくは男の荒々しい呼吸音だけが聞こえていた。


やがて、呼吸の落ち着いた男は周囲をひとしきり眺めると、喜びを爆発させて快哉を叫んだ。


「俺は、戻ってきたんだ……!やり遂げたんだ!ははは!やった!やったぞ!」


その場で寝ころびながら全力で喜びを体現させ続けた男は、やがてその叫び声に起こされた周辺住民により変質者として通報され、紆余曲折はありながらも警察に身柄を保護されることと相成った。


その日の夕方に放送されたトップニュースは、日本を、世界を揺るがすことになる。


なぜならば、その男は15年前、その妻とともに忽然と姿を消すことで世間を騒がせた鬼才。

空間転移理論を完成させた世救勇(ぜく いさみ)であったからだ。

そして、政府に保護され秘匿された男の情報がメディアを通して小出しに明らかにされていくと、世間は再び驚愕する。


― 世救が保護された当初、彼は両手両足に枷を嵌められ、全身に傷痕を刻まれた状態であったこと


― 日本国外において、とある国家に拉致監禁され、妻を人質に取られて様々な苦役に就かされたこと


― 妻を目の前で殺され、自身も過酷な拷問を受け、死期が近かったこと


― 組織の監視の目をくぐり抜けてなんとか完成させた空間転移装置にて、命からがら逃げ出してきたこと


衝撃的な情報が流れる度に、世間は世救に同情し、姿の見えぬ組織に激しい怒りを覚えた。

しかし、何よりもこの事件を不可思議で印象的なものへと決定づけた事実は、人々の妄想を激しく掻き立てることになった。


― 世救 勇(ぜく いさみ) は、失踪時よりも()()姿()で現在に至るということ



各種メディアはこの事件に大いに湧きたち、仮想敵国の陰謀論などを様々な切り口で妄想しては茶の間を賑わせた。





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