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「姿を変える魔法」

「この教会じゃ、多様な魔法研究が行われていてね? 先刻(さっき)の透明になる魔法なんかも、その成果の内の一つなのよ」


 ふーん、と相槌を打ち、アタシは訊く。「他にどんなのがあるんだ?」


「うーんとね……」と、ロマンが言う。「アンタも使っていた存在感をなくす魔法なんかも、結構スタンダードなんだけれど……、面白いのはアレね!」


「アレ」


「今はもう途絶えたとされている──いわゆる、姿を変える魔法」


「す……」


 ──姿を変える、魔法。

 

「そ、それは」


「読んで字の如く、よ」


 好きな姿に変身できる夢の魔法、と彼女は結んだ。

 

「現存のものだと、どうしても保険付きになっちゃうんだけどね……」


「保険?」と、アタシが訊く。「全体なんの保険なんだ?」


「殺しよ」


「は?」


「殺しの保険」


 剣呑な表情で、彼女は続ける。


「人を殺さない為の、保険」







 人を殺さない為の保険。

 アタシはそんな保険が設けられた背景を恐ろしく思う以前に、そんなことに意味なんてあるのかという疑念に意識を持ってかれていた──だっておかしいじゃないか。

 この世界には、顔を変えて油断させる魔法なんかよりも、よっぽど直接的に、人を殺す手段に溢れているのだから。

 ひょっとして攻撃魔法を知らないのだろうか?

 普通にファイアボールとか投げるぞ? 我々。

 保険をかけるなら真っ先に攻撃魔法にかけるだろう。

 ……と、そう思っていたのだけれど。

 ロマン曰く、


「この魔法の脅威はそういうとこにはないのよ。単に直接攻撃するよりも、自身の姿を権力者に変えて、その状態で好き勝手やられたら、攻撃魔法なんて目じゃないくらい、大量の死人が出ること請け合いでしょう?」


 なのだそうだ。


「なるほど……」


「使い方次第、ってやつよね」


 加えて、と彼女は続ける。


「魔法史的に言って、開発されてまもない魔法だったっていうのと……、その習得難易度の高さから、あんまり人口に膾炙(かいしゃ)しなかったのも、保険をかける至った一因でしょうね……いわゆる攻撃魔法みたいに、習得が易しくて当然のようにみんなが使うようなものであれば……、今更修正は効かないもの」


「はぁーん」


 そんなものか。

 確かにあんま大量の人間が使っていたら、そのフォローに回るのは大変な苦労だろう。


「ちなみにその魔法……、保険がかけられる前の使用者って、全体どのくらいの数がいたんだ?」

 

「五人よ」


「少なっ!?」


 想像以上だった。

 それなら、その魔法の存在を聞きつけて脅威に思った団体が、その魔法を使う一人一人の記憶から、それについての情報を消して回るのも、決して不可能ではないのだろう──尤も、消したのではなく、魔法により保険をかけただけらしいが。


「だから、難易度が高いのよ。応用が効く分構造はシンプルで、その完成度については、割と本人の資質──というかセンスに依拠してしまうの。何より、魔力も食うしね」


「ちなみに完璧な習得にはどのくらい……?」


「使ってる人曰く」


「曰く……?」


「曰く──十年、と」


「じ、十!?」


 驚愕の情報だった。

 魔法というものは一度コツを掴めば、割合すぐ習得出来るものなんだけれど……、いわゆる例外という奴らしい。


「魔力も食うというし……あまり使いたいとは思えんな……」


「そうね」と、ロマンは言う。「私もその人以外が使っているところは知らないもの」


「だろうなぁ」


 相槌を打ちつつも、アタシはその保険の内容を聞いていない事に気がついた。

 それについて訊くと、


「殺意や悪意が一定の値まで高まると魔法が解除されて、元の姿に戻るのよ」


 という、極めてシンプルな答えが返ってきた。


「でも、保険──まあ呪いと言い換えてもいいけど──をかけられたとして、使用者が元の魔法の習得方法を忘れてしまう訳じゃないんだろう?」


「もちろん。文書に残されてすらいるわ」


「じゃあ」


「後継者が出なかったのよ。淘汰されて、無くなっちゃったの」


「……なるほどな」


 それで『今はもう途絶えたとされている』なんて言い方になった訳だ。

 だが文書自体は残されているし、決して使えないわけじゃない──だから、この教会にも使用者がいるのだろう。

 酷く得心がいった。

 憑き物が落ちたようですらある。


「……ん? なんでそれなら、この教会にいる使用者にも保険がかけられてるんだ?」


「使ってたら、なんか普通にバレたらしいわよ。だから普通に保険はかけられてしまったようだし、文章はそれを契機に処分されている」


「なるほど」


 納得のいく説明だと思った。


「んーっ!」アタシは伸びをして声を漏らした。「ありがとう。色々聞けて楽しかったぜ」


「いいや、こちらこそ。面白い噂が聞けて楽しかった」


「そいつは重畳(ちょうじょう)」と、アタシは言う。「そろそろアタシは宿舎に戻るぜ」


 それじゃあ、と彼女が手を振って、それに手を振りかえしたところで……、宿舎を出たときのやりとりがデジャヴする。


「そうだ……トイレに行くって名目だったな……」


 いくらなんでも長すぎるだろう。

 ……ウンコマンの誹りは免れないかもな。








「あ、(ウンコ)野郎(マン)! おかえり!」


「………………………………………………………………」


 ウンコマンの誹りは免れないとは思っていたけれど、いやさまさかの、糞野郎にルビを振ってウンコマンか……、いや、間違ってはいないんだけれど……こういうのはウィットに富んでると言っていいんだろうか?

 

「そんなこと品のない言葉は使っちゃいけないよ?」


〇〇〇〇〇(ウンコマン)はセーフ?」


「ダメに決まって……え? それどうやって発音してんの?」


 規制されてるのかされていないのか。

 矛盾探偵より矛盾している気がする。

 アイデンティティ喪失の危機だ。


「それよりっ! どうだった? 《平和の会》は!」


 入信希望の人達とアタシが混ざる関係もあり、案内が始まってからはマリナとサラさんとは別行動を取っていたのだ──だから案内を受けたアタシがどう言うリアクションをとっていたのか、マリナの方は実は知らないのである。


「良いところだな」と、アタシは心にもないことを言った。「入信したくなる気持ちもわかるよ」


「入信する?」


「就寝する」


 おやすみ、と言って、アタシは寝台に横たわった。

 それを受けて──もとよりそんな本気で言っていた訳でもないのだろう──、マリナも横の寝台で横になった。

 すぐには入眠出来ず、寝返りを打ったり打たなかったりして、なんとなしに辺りを見晴るかしていると、そこでようやく、この部屋に於ける、サラさんの不在にはたと気づく。


 アタシは端的に質問した。「サラさんは?」


「風に当たりたいって」と、マリナは言う。「ガルさんとは入れ違いだったよ」


「そゆこと」


 そのやり取りを最後に、アタシもマリナもしばらくのあいだ緘黙(かんもく)した。

 夜の帳も下りて、完全にコレから、眠りに入る雰囲気だったのだ。

 窓から夜空を見上げると、星々が瞬いていて、言いようもなく、綺麗だった。

 まあ、そんな景色にいちいち感激していられるほど、純な感性の待ち合わせも無いが──兎に角、瞼は落ち始めていた。


「ガルさん」


 瞼は開かれた。 

 まどろみのぬかるみから急速に足が抜ける


「なんだ?」


「明日も楽しみだね」


「ああ」


「明後日も楽しみ」


「明後日もか? 《平和の会》にいるのは明日までだろう?」


「そうだよっ! 明後日も」


「明々後日も?」


「うん。明々後日も、一週間後も、一ヶ月後も、一年後も、その後も、ずぅぅーーーっと! 私は楽しみっ!」


「……な、なんで?」と、アタシは困惑しつつ、言う。「そんなに良いことがあるのか……?」


「ガルさんと会えたじゃんっ!」


「──え?」


「ガルさんに助けてもらってから──ガルさんに命を救われてから、私はガルさんと会うことがとても楽しみになった……だからガルさんがいる限り、私のこれからの人生は、楽しみで埋め尽くされているの」


 それこそ十年後だって、ね、とマリナは結んだ。


「そう……なのか?」


「そうなんだよ」


「そいつは」と、アタシは言う。「そいつは、そいつは本当に──重畳(ちょうじょう)だな」


 それは、心の底からの言葉だった。

 本当に重畳(ちょうじょう)である──この上なく満足である。

 そうか……そうだよな。

 本来人の命を救うという事は、これくらいすごい事なんだよな……なんだかこうも正面切って言われると、些か恥ずかしい感じはするけれど。

 アタシはマリナの顔を見た。

 マリナは胡乱そうな顔をしたけれど、すぐに笑い返してくれた──それは花のような笑顔だった。

 うーん。

 なんというか、アレだな。

 自分の娘にしたいな、この娘。

 尤もサラさんがいる手前、そんなことは叶うべくもないのだけれど……、そう思う気持ちが抑えられない。

 

「ないよ」


「え?」


 思っていたことが口に出ていたらしく、マリナはそれに応えてくれた──内容は聞き逃してしまったけれど……、なんと言っていたのだろうか。


「私、お母さんの──」


 今度は聞き取れた。

 アタシは次のセリフを待つ。


「──サラさんの子じゃ、ないよ」

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