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侵入! 《平和の会》!

 殺人犯が紛れ込んだ教会。

 一応は未遂という話だが……、ザインから話を聞いたとき、アタシはわななかずには居られなかった。

 別にいるならいるでこっちは避けるだけだし、ならばあまり関係無いかとも思っていたのだが、しかしサラさんやマリナは普通にその宗門にいるらしく……、とてもじゃないが、無関係と断じるのは無理だった。

 それならそれで、個人的に調べたりもしたいところではあるのだけれど……、奇しくも今日は、話が延びていた《平和の会》をサラさんとマリナに案内してもらえる日だったので、良い機会であるし、案内される振りをして、謂わばスパイみたいに潜入調査を試みても良いかもしれない。

 それで何かクサイ物が見つかったらサラさんやマリナを改宗するよう説得すれば良いし、何も見つからなければ、それはそれで何もなくて良かったというだけの話である──特にスパイを取りやめる理屈はない。

 見極めよう。

 自分が助けた人と、自分を助けた人がいるのだ。

 その人たちに危険が及ぶなら、人として立ち向かうのが筋というものである。


「着きました」


「ここが《平和の会》だよ! ガルさん!」


「ああ」


 以上が、今まさに眼前に立ちはだかる、《平和の会》に着くまでに考えていた事だった。







「おお、入信希望ですか? さあさコチラへ」


「違う」


「では入水希望ですか? ちょうど近くに川が」


「……自殺を促すなよ」


 入信じゃ無いとわかった途端要らない人間判定をする宗教なんて聞いたことねーや。

 ……まあ、「じゅすい」ではなく「にゅうすい」と発音していたし、ひょっとしたら本当に川遊びの可能性も、あるいは、残っているのかもしれないけれど……。


「冗談ですよ」と、彼は言った。


「冗談じゃねーよ」と、アタシは受けた。


 ……随分とご挨拶だな。

 攻撃力高過ぎて挨拶代わりかと思ったぜ。


「マルタさん!」と、サラさん。「初対面の人相手に変な事言わないで下さいっ!」


「すいません」


 慇懃無礼な男──マルタとかいうの──は思いの外すぐに引いた。

 

「でも、入信希望じゃないなら、全体どうして教会に?」不思議そうに小首をかしげていう。「今日は入信希望者に教会を案内する日じゃないですか」


「? そうだったのか、サラさん」


「あー」


 忘れていたらしい。

 あー、って。


「と、とりあえず入ります? 外は冷えますし」


「信仰の道と川の中以外なら、どこへでも」


「おや、つれない」と、マルタが会話に割って入った。「信じるものは救われる、ですよ?」


「信じない奴は川に沈めるもんな」


「ハハハ」


 恐ろしい笑いだった。

 目が笑っていないあたりが特に。


「とにかく、案内しますよ。入信希望の人たちと一緒にね」


「ああ、助かる」


 サラさんやマルタとの妙な掛け合いがありつつも、とりあえず教会への侵入には成功した。

 外側から教会に臨んだ時はその異様な外観の意匠(デザイン)に圧倒されてしまったけれど、内側もまた負けず劣らずに悪趣味であった。

 堂内は夥しい数のレリーフに彩られており、前衛芸術もかくやと言ったような、とにかく恐ろしい雰囲気をたたえていた──これではカルト宗教である。

 印象に反しその実は人を救うことを旨とした立派な宗教なんだと信じたい所ではあるが……、「やっぱダメだろここ」と言われても反証する材料を、現在のアタシは持てていない。


(具体的に否定する材料もないけれど……普通にこれだけでも二人を説得して改宗して欲しい感じはあるな……)


 まさかの印象論で既に勝負は決した感もあるが、一応案内されるだけされておこうと、アタシはマリナとサラさん、そしてマルタとかいう奴の後を追った。







「案内すると言いつつ、なんだかんだで広いですからねぇ。今日と明日の二日に分ける事になります。ご予定の方は?」


「自営業なんでね。今日明日は店を閉めるさ」


「あはは……」と、マリナがいかにも「苦笑」といった感じで笑う。「ガルさんが誰かの下で働くのって想像つかないもんね……」


「そうでもねーぞ? 一時期会社勤めだったしな」


「そ、そうなの!?」


「ああ。ホワイトカラーのデスクワークでブラック企業のデスマーチだぜ」


「思わず目を白黒させちゃう情報だね……」


 ホワイトなのかブラックなのか。

 デスクワークのホワイトカラーに対して、肉体労働なんかはブルーカラーというらしいけれど……、労働環境が悪いなら(すべから)くブラックと呼ぶべきだろうな。

 労働環境がブラックであれば、労働者は総じて顔面蒼白で働くだろうし、ひょっとしたら、ブルーカラーとホワイトカラーのネーミングで、さほど間違いはないのかもしれないけれど──本質が変わらないのでは無意味か。

 そんなどうでもいいことを考えているうちに、

 

「皆さーん! 今から堂内を案内しますので、私についてきてください!」


 いつのまにやら入信希望の集団と合流していたらしかった。

 マルタの(わだち)を有象無象が唯々諾々(いいだくだく)と追従する。


(まだ入信してないのだから当然と言えば当然だが……、入信希望の人たち自体にカルト宗教特有の不健全な雰囲気はないな……マリナやサラさんもそうだが。この教会は胡散臭いというだけで、別に悪徳なことをしている訳ではないのかもしれない……)

 

 まあ、所詮結果は調査次第だ。

 今は案内してもらおう──とにかく集中してかからねば。

 

「ここは〇〇の部屋です!」


「ここは◇◇の部屋です!」


「ここは☆☆の部屋です!」


 イマイチ入ってこなかった。

 なんだろう、全体的に目がチカチカする。


「今日はここまで! 最後に大講堂で教祖様のお話を聞いて、それでお開きにしましょう!」


 事前に告知した通り、今夜は教会に宿泊していただきます、と結んで、マルタは大講堂の扉を開けた。


「……っ!」


 なんというか、圧倒的だった。

 一言でいうとシンメトリーであり、構造全体がどことなく体系的な印象をたたえつつ、細部にも偏執的とも言えるレリーフがしつらえられていた。

 鮮烈さと繊細さを併せ持つアンビバレントな建築空間に、神聖かつ荘厳な雰囲気が各所に彩られており……、いかに信心のないアタシからしても、素直に瞠目(どうもく)する他になかった。


「す、すごいな……」


「でしょう?」


 いつまにかマルタが横に立っていた。

 先刻まで声を張り上げていたのとは対照的に、実にか細い声であった。


「お前……、なんだか疲れていないか?」


「疲れています。あんな語尾の全てに感嘆符がつくほど大声を出す機会なんて、普段ありえないんですから……」


 本当に辛そうである。

 まあ溌剌とした印象もないしな。


「どうでした? ウチの教会は」


「コエーよ。信徒にこう言うのもなんだが……、アンタらおかしいとは思わないのか?」


「本質は見た目にありませんからねぇ。大切なのは我々を救ってくれるがどうかです」


「……救われたのか?」


「救われましたとも。シリウス猊下(げいか)には頭が上がりません」


「シリウス猊下(げいか)? 誰だそれ?」


「教祖様です」


「ふーん……」


「信用ならない、という顔ですね」


「まあな」


「まあ、アナタもシリウス猊下(げいか)のお話を聞けば分かりますよ。あの人は何というか……()()()()()()


 そう言うマルタの表情にこそ、ただならぬ雰囲気が備わっていたが……、しかし、人間をそうも妄信させるシリウス猊下というのに、アタシは興味がわかないでもなかった。

 しばらくすると正面のステージ(?)に登壇する壮年の男性の姿が認められた。

 魔力の気配。

 魔道具を媒介に、音量増幅魔法を使ったらしい事がわかった。

 彼は口許をその魔道具に近づけ、凛とした発声で──言った。


「私は神の代弁者である」


「つまり、私は神である」


「神の言うことは絶対である。逆らうことなきよう」


「今宵は迷える仔羊たちに訓示を下賜(かし)する」


「一つ。髪は神に通ず。生活に支障を来さない限り、その頭髪を整える事、(あた)わず」


「二つ。髪は神のみならず、親にも通ず。汝、神聖さを倍加したくば、頭髪を手に触れること、親に乞う()し」


「三つ。短髪は神聖性に欠く故、悪鬼羅刹の類、宿らん。いやしくも教えを信奉する者であるなら、仮に禿(かぶろ)なれども、カツラを着用せんことで髪、つまり、神に代えよ」


「以上だ」


「これを聴く諸賢等に、願わくば幸福が在らんことを」


 言うと、彼──つまり、シリウス猊下が、ステージから降りてしまった。

 どうしよう、全然理解できなかったのだけれど……。


「……………………翻訳を頼めるか?」


「①髪は神に通じているから、生活に支障が無い内は髪を切っちゃダメだよ! ②アンタの髪っていうのはある意味でアンタの親が産んだようなもんだから、神→親→髪ってな感じで、髪は神だけでなく親にも通じているよ! 髪の神聖さを担保したかったら親に触ってもらうよう頼んでみて! ③長ければ長いほど髪って神聖だから、逆に短いと悪魔に取り憑かれちゃうかもしれないよ! ハゲはカツラでも付けて誤魔化しな!」


「なるほど」


 ①、③はまあ分かるけれど……、②は正直無理がないだろうか。

 つーか髪と神って。

 言葉遊びにも満たないぞコレ。

 

「でも」と、アタシは言う。「正直、正体不明の迫力があったな……」


「でしょう?」


 マルタは嬉しそうにアタシを見た。


「そうなんです。ぶっちゃけあの訓示は重要じゃないんです。見るからに自分より上の存在に導いてもらえること──それこそが、我々の精神に安寧をもたらすのです」


 カリスマによる宗教。

 《平和の会》が凡百の宗教と一線を画す点は、案外、ここにあるのかも知れなかった。







 教祖がカリスマなのはよく考えたら普通だった。

 多分本筋の理由は道程で解説された被災地への炊き出しとかの地道な活動によるものだろう──去年あった魔法災害なんかでも彼らの活躍は顕著だった。

 世界に偏在する魔力が時より偏って大きな唸りとなり、街ごと破壊させるという例は世界中枚挙に暇がないけれど……、去年あった災害──通称「終末の唸り」はその比ではなく、冗談抜きで街どころか都市一つ消えかねない勢いだった。

 その復興に、《平和の会》はかなりの貢献を示したのだ。

 まず炊き出しに始まり、生存者の救援、瓦礫の回収、被災者への簡易住宅の提供、などなど……、結構本気ですごい活動があったりして、それ以来、《平和の会》の世間的な注目度は決して低くない。

 それを差し引いても教会につきまとう黒い噂も無視できない程度にはあり、イマイチどう評価していいのか、よくわからない団体ではあるのだけれど……、どうも良い・悪いの二元論的な評価を下す事だけはハッキリとダメらしい事がわかった。

 ……まあ、そのあたりが、アタシに判断を迷わせている要素でもあるのだけれど──ともあれ。

 現在、アタシたちは教会の用意した(いや、用意したというか、元からあったんだろうけどね)宿舎に集まり、部屋で羽を休めていた。

 

「トイレ行ってくるわ」


「……? うん。行ってらっしゃい」


 部屋につくやいなやそこを発たんとするアタシを不審そうに見つつ、マリナは手を振ってコチラを見送った。

 アタシもそれに手を振りかえして、トイレ──などでは勿論なく、夜の教会へと向かった──本格的な調査に入るのだ。

 扉は開け放たれていた。

 隠密魔法で自分の存在感を希薄にする。

 この魔法は真正面から見られたら正直誤魔化しきれないくらいの効果しかないので、魔法におんぶに抱っこになる事なく、自分自身も息を潜めた。

 堂内は静謐(せいひつ)に包まれていた。

 取り敢えず案内されなかったところから見ていこうと、記憶にある所()()をしばらく探っていたのだけれど……、コレと言って怪し過ぎる所があるでもなく、その辺を考えなしに歩いていた時──アタシはその部屋を発見した。

 それは言いようもなく奇妙な構造をした部屋だった。

 それは部屋自体が変というのではなく、それに至るまでにある廊下などの、間取りを含めて変だという話なんだけれど……、どう説明すればいいだろうか。

 まず第一に、その部屋は扉に直結してあるわけじゃない。

 まず普通の廊下の最奥に扉があって、その扉を開くと更に廊下があって、その先に部屋があるのだ。

 いるか? その二つ目の廊下。

 扉開けてすぐに部屋、って間取りではいけなかったのか?

 目的の部屋に入るまでに明らかに要らない段取りを組んでいるではないか──余計にある廊下から他の部屋に入れると言うなら話は別だが、やはり現実はそうではない。

 廊下があって、扉があって、また廊下があって、扉があって、そして部屋がある。

 それだけ。

 それ以外は無い。

 もう一度言う。

 いるか? その二つ目の廊下。

 どう考えても「扉開けてすぐに部屋」という構造にしない理由がない。

 それは何というか……、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだった。

 あまりの意味のなさに気味が悪くなった。

 そこはかとなく嫌な気持ちになったので、調査もそこそこに、アタシは部屋に戻る事にした。

 音をたてずに抜き足差し足と、こっそり隠密スタイルである。

 次の角を折れたら出口が見えてくるな……、少し急ぐか。

 そう思い、少し駆け足になった──その瞬間、


「痛っ!」


 何かにぶつかった。

 尻餅をつき、臀部(でんぶ)を手で押さえつつも、何にぶつかったのかを確認せんとして、前を見()る──見遣るのだったが……、アレ?


「何も……ない」


 そこには何もなかった──或いは無があったというべきか、ともかく、あって然るべき物がなかった。

 人も物も、そこには一つもありはしなかった。


「一体──どういう──」


「ねぇ」


 飛び上がった。

 ジャンプスケアだった。

 アタシはビックリして、とにかく声の方向に吠える(小声で)。


「く──来るなら来い! ユウレイだろうと戦ってやる!」


「く……ふふふ。あ、ああ、ごめん。ごめんなさい」


 無からの謝罪を受けたかと思うと、声の方向から人が唐突に姿を現して──これは本当にそうとしか表現できない。とにかく何もないところから急に、だったのだ──、アタシの眼前に立ち塞がった。


「魔法よ。透明になる魔法」


「な──なぁんだ。ユウレイじゃないのな」


 ほっ。

 一安心一安心。


「そうよ。ユウレイなんでいるわけないじゃない」


「ダハハハ! だよな! そんな非現実的な」

 

「それで、あんたはココで何をしてんの?」


 う……。

 それを聞いてしまうか。


「……あ、怪しい人間がいないか調査を」


「有史以来イチバン怪しい女が何を言う」


 ちっ、誤魔化せないか。

 ……アタシは正直に話すことにした。


「ふう──、ん。殺人者の紛れ込んだ教会、ね」


 い、いけるか……?


「面白いじゃない。いいわ、黙っといたげる」


「っし!」


 セーフだった。

 好奇心の強い奴で助かったぜ。


「助かるよ……因みにアンタは何をしてたんだ?」


「透明になる魔法の練習よ。いかんせん人の多い昼間じゃあ、透明になると危ないのよね」


 そういうことらしかった。

 全く心臓に悪い奴である。


「あたいはロマン。アンタは?」


 手を差し伸べつつ、彼女はそう名乗った。

 アタシもそれに応えるべく、


「ガルムード。好きなモノはユウレイだ。断じて怖いとは思わない」


 と、短く自己紹介した。

 ……「嘘つき」も付け足すべきだったかな?

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