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青空の密室

 改めて事件現場の状況を整理しよう。

 中庭の中央には、死体が載せられた長方形の石があって、それを四角に取り囲む形で、整然と砂が敷かれていた。

 それも単に砂が敷かれる訳じゃくって、それなりに法則性のある、一種、芸術的(?)な模様が施されているタイプのものだった。

 なんて言うんだろう……、いみじくも表現しようとするなら、アートかな? 芸術?

 大変奇妙な感じはするけれど、しかし、不思議と美しい……。

 素人が適当に真似しても、とても再現できるとは思えなかった──当然本職の管理がある為、足跡一つも残されていないのだけれど……、逆にその辺りが、この中庭を密室せしめている。

 この中庭の中央には、長方形の石が据えられていて、そこに死体が載っている訳だが、そこからは──あくまで主観として──砂のゾーンが縦七メートル、横十メートル程度はある(長方形の石を更に大きな長方形の砂場が囲っているイメージだ)。

 そんな大きな砂場で、足跡ひとつ付けずに中央の石へ行くことも、中央の石から去ることも、普通絶対に不可能な上……、更に言うと、今回のケースでは、一切誤魔化しが効かないという点も、密室の確度を高めていた。

 ただの砂場なら自分が歩いた所だけ道具で均すという手もあろうが、この中庭に敷かれている砂の意匠は──既に先述した通りではあるのだが──、決して素人が一朝一夕で真似できる類の、生易しいタイプの物でもない。

 もちろん、この世界じゃ魔法ほど証拠として明白に残るものもないし、基本的に、犯罪には使われる事はないので、空を飛んだ線も薄い。

 結果どうしたって犯人は、あの長方形の石の所に、魔法さえ使わず──わざわざ証拠は残さないだろう──瞬間移動して、そこで被害者を殺した挙句、更に瞬間移動で逃亡した、という結論になりかねない。

 ……密室の定義が「脱出不可能な犯行場所から犯人が蒸発する事」だとするならば、この事件は世にも珍しい『青空の密室』という事になる。

 『室外の密室』とか『部屋の外の密室』みたいに別の言い方も出来るだろうけれど、取り敢えずはそう呼称するつもりだ。


「うー……ん」


 一応、現場検証というか、最低限の確認はしておくか。

 そう思い──思い立って、アタシは現場とレストランにいる人間全員を検証するべく、一通りの確認作業に打って出た。

 前に言ったかどうか忘れてしまったが、魔法というのは、全て二つに分類できるのであって、それに合わせて「透徹した眼(トランスパレントアイ)」を適切に運用すれば、基本的に露見しない魔法犯罪は無い。

 逆に言えば、今回のような密室等の、不可能犯罪を演出する際には、犯人側にとっても魔法を使うのはあまり()()()()()

 痕跡が残った時点で、その痕跡から何の魔法を使ったのかは露見してしまうし、トリックもクソもなくなってしまうからな。

 だからこそ確認を怠るなどあってはならないし……、詰まる所コレは、不可能犯罪と可能犯罪との三叉路を辿る作業という訳だ。

 三十分程経ち──結果が判明する。

 魔法の痕跡は一つも判明しなかった。

 どこにも、或いは、誰にも。

 発顕型ならば確実に現場に痕跡が残るのだがそれもない。

 付与型ならば確実に人間に痕跡が残るのだがそれもない。

 だから今回の事件では、どうあっても、どの形であっても、魔法を使っての犯行は無理筋なのだった。

 ……そんなこと言って、発顕型であっても現場以外に痕跡が残る事があるんじゃないの?

 付与型にも人間以外に痕跡が残る場合だってあるんじゃないの?

 なんて声も聞こえてきそうだが、それだけは絶対ないのである──コレは世界のルールだ。

 発顕型は現場に「のみ」痕跡が残るし、付与型なら人間に「だけ」痕跡が残る。

 それが数百年続く魔法科学が結論づけた、この世界の真実である──再三繰り返すように、やはりこの事件で魔法を使っての犯行は無理筋なのだった。


「はぁー……」不可能犯罪の厄介っぷりに嘆息しつつ、アタシは他の人間の助言が欲しくなって、横にいたサラさんに意見を求めた。「全体どういう事だと思う、サラさん」


「どう……って、どうも何もありませんよ……」


「だよなぁ……」


 意見を募るも、大体同じ意見(意見がないという意味で)であるらしい事が判明した為、実は全然密室じゃないんじゃないかという線で、独自に推理を進める。


(この「青空の密室」は、単純な「距離」と、庭を整える技術の「再現不可能性」による密室だ……。「距離」ね……、「距離」……)


 ……中央の長方形の石から測ると、砂のゾーンが縦から七メートル、横から十メートルはある……というのは、先刻(さっき)言った通りだけれど。

 しかし別に、一般的な人間は無理というだけで、十の方はともかく、七メートルくらいなら、跳べる奴は跳べる距離なんじゃないだろうか。

 平均的な跳躍力に関しての知識はまるでないから分からないが、この場にアスリート級の人間がいさえすれば……。

 

「居ませんよ」


 背後から声。

 アタシは振り返って、その姿を認める。


「少なくとも、今日はそんな人居ませんよ。……庭師もね」


 見る限り、店員であろう人間が、そんな劇的な感じを伴いつつ、割って入ってそう言った。

 ……なんでも、今日は例の「優遇日」であるから、名簿に載っている《平和の会》の人間しかいない関係で、来客のおおまかなプロフィールは割れているらしいのだ。


(それなら人間の限界を超えた説もなしか……)


 別に期待していた訳じゃないんだけれども、不思議と残念な感はあった。


「それに、短くても七メートルとなると、跳ぶにしても走り幅跳びになります。あの長方形の石の所にそんな助走をつけるようなスペースはないですし、少なくとも、帰りの時は足跡がついてしまう公算が大きいでしょう。……足がつく公算が」


「長方形の長い辺の方を走ればスペースはあるし、或いは……」


「それもないでしょう。長い辺の方を走れば、七メートルではなく、十メートルの方を飛ばなくてはならないので。……人類の跳躍力を、そこまで信頼はできません」


 コレだけでも、アタシには殆ど完璧な説明に聞こえたのだが、


「……確か、走り幅跳びの世界記録が八メートル半くらいだったような……」


 そんなエクスキューズまで付けて、彼はこの説明を締めた。

 この店員……できる……っ!

 ……まあこの店員が出来るというよりも、アタシがこの程度も気づけない間抜けだった、というのがより真実に近いのだろうけれどな……。

 なんだかんだ言って「自分はできる方」みたいな自意識は所詮欺瞞で、寧ろ結果的には、アレコレ理屈を弄することで密室の確度を高めただけという感すらある。

 それに、他に何を調べれば良いのかも分からないんだから、コレはもう詰み(チェックメイト)なんじゃなかろうか──なんて、調査の行き詰まりが予感されたタイミングで、


「ね"ぇ"ーーーーっ! ウチもう帰りたいんだけどぉ!」


「コイツのいう通りだぜ!! なんで無関係の俺が留まらなくっちゃあいけないんだァ!?」


 そんな、男女の無秩序な喚き声が聞こえてきた。

 騒音を煩わしく思いそちらを見()ると、少し前に外から戻ってきて、二人席の所に合流していた中年の男性と、その女性であるらしい事が分かった。

 あんまりうるさいんで「生息地に帰って頂きたい」と伝えるか迷ったが、しかし、故あって、そういう訳にもいかなかった。

 このレストランにいる人間が犯人候補、というのは言わずもがな。

 サラさん曰く、死体で発見された男性は、席を立つ際に、例の中年の男性に追われていた(追われる方にその意識は無さそうだった)らしく、帰ってきたのも中年の男性だけだったので、言ってしまえば、ほとんど犯人で確定なのである。

 今は『青空の密室』のトリックを解明出来ていないから断言しないだけで、彼らの前で仕組みを吐露したなら、それらしい反応が貰えること請け合いだろう。


「……コレで犯人探しの必要もないし、気にかける要素は少なくって済むんだけれど」


 しかし、問題は依然問題のままである。

 事態を客観的に考えて、浮かんだ違和感を指摘できれば、それで終わりなんだけれど……。


「………………んん?」


 何か引っ掛かったな。

 いや、引っ掛かるのは別に良いんだけれど……。

 ()()引っ掛かったんだ……?

 どれだろう、それほど前の事ではない筈だし……。

 

 ──問題は依然問題のままである。


 コレじゃないな。


 ──違和感を指摘できれば、


 コレでもない。


 ──事態を客観的に考えて、


 ! コレだ……! 

 しかし、まだ浅い。

 コレの中のどれだ……?


 ──客観的


 この部分!

 おそらくコレで正解だ……正解だが、何故アタシは「客観的」という言葉に引っ掛かったのだ……?

 考えろ、そこにヒントがある筈なんだから……。

 客観、客観的、客観視。

 言い換えれば、俯瞰したものの見方の事。

 

 ──俯瞰風景。


「!」


 アタシは(きびす)を返して、建物内にある階段を駆け上がった──別に空を飛べばそれで良かったのに、アタシをして失念してしまっていたのだ。

 ぎしぎしと軋む音も、おそらく住居スペースである事も意に介さず、勇み足で一足飛びに駆け上がると、窓から中庭の全体図──つまり、俯瞰風景を視認した。


「なるほど……っ! そういう事だったのか……っ! こんな程度の事……っ!」


 またしても頭を抱える事になったが、今度は自分の愚かしさに頭を抱えた。







 建物二階から俯瞰して眺めた結果、一応トリックは解明できた……、それ自体は非常に良い事であり、とっても喜ばしい事ではあるのだけれど、しかしその結果、調べなくてはいけない要素が他に判明してしまったので、その分の手間は、アタシが別で対応した。

 ……まあ、その調べ物だって概ね予想通りの展開になったし、大過(たいか)がある訳じゃないのだけれど──ともあれ。

 必要な情報も集まった所で、いざ解答編。

 アタシはレストランに居た人間を呼び出し、中庭の辺りに集合してもらった。


「さて、今回の事件。青空の下で起きた密室──「青空の密室」ですが、この事件を解明するにあたって、必要とされるのは割合初歩的な知識です」


 他の聴衆のどよめきには耳を貸さず「それは一体どういう意味ですか?」と例の店員。「割合確度の高い密室に見受けられましたが」


「……まあ聞いてください。学校に通っていればという条件をつけなくてはならないが、一応「言われてみれば」となる筈ですから」


 答えがわかったという興奮も相まってか、韜晦(とうかい)していた副将軍が身分を明かし万人(ばんじん)の膝をつかせるくらいの全能感を以て、アタシは解答を続けた。


「皆さんも見覚えくらいある筈でしょう? 犯行現場である中庭みたいに、中央に長方形の『石』があって、その周りを『砂』が囲っている光景を」


 アタシの問いに対する答えは沈黙だった。

 いや、「沈黙が答え」みたいな気の利いた話ではなく、単純に聴衆からの反応がなかった。

 

 ……なんか、恥ずかしいな……。


「が──」あんまり息苦しいものだから、酸素を確保するくらいのつもりで、(せき)を切ったように喋り出した。「学校で習っている筈なんだ。誰か、学校に通っていた人間は?」


「それなら、はい。私が通っていました」


救世主(メシア)!」


「……え、なんて言いました? 飯屋?」


「気にしないでくれサラさん。独り言だ。……改めて聞くが、全体どういう事だと思う?」


 彼女は考え込む仕草を見せた。

 仮に習った事があるとしても、そんな物忘れていたところで生活に支障は無いのだろうが……、果たして、彼女は解答できなかった。

 

「ならば、次はこう言い換えてみましょうか……。中央に長方形の磁『石』があって、その周りを『砂』鉄が囲っている光景……、と」


 サラさんはハッとした表情を見せると「この程度のことだったか」と小さく漏らし、すぐにこう言った。


「……磁力線、ですよね?」


「正に」


 渡り廊下に面するあの中庭自体、埒外(らちがい)に大きな磁力線の図形だったのだ。

 真ん中にSN磁石が据えられて、その周囲を砂鉄が囲い、磁界の流れを浮き彫りにする……。

 正に磁力線。

 こんな簡単な事に気が付かないなんて……、今の気持ちをいみじくも表現するなら、「穴があったら入りたい」という奴だった。

 

「磁力線に踏み入るという事は、つまり、「磁力」の効いている「磁界」に踏み入るという事であって、いくら足跡が付いたところで、磁力の方が勝手に、砂鉄の位置を修正してくれるという事なのです。だから証拠である足跡が残らなくって、結果的に「青空の密室」が演出できる。……これがこの密室の真相です」


「こ、こんな簡単な事だったなんて……、いや、やはりおかしい。中庭込みのトリックって……、こんなのこのレストランを抱き込んでの犯行じゃないですかっ!」


「その線もある種捨てがたいですが……、普通に夜忍び込んで、中庭の『石』と『砂』を運搬して、磁『石』と『砂』鉄にすり替えたと考えれば、或いは……」


「いや、でも、結構時間かかるんじゃないですか? それなりに広い範囲ですよ?」


「石の方は確かに手間でしょうが、砂の方はそうでもないでしょう。先刻(さっき)は砂と砂鉄をすり替える、なんて表現をしましたけれど、要は砂の上から砂鉄を敷けば良いんですから」


「た、確かに……」


「後で磁石と砂鉄を運んでいる人間を見た目撃者を探しましょうか。特徴が一致した人間が犯人でしょう。……ねえ、ヤンマさんとカルマさん?」


 あらかじめ借り受けていた名簿を見つつ、検討をつけていた、例の中年と妙齢の女性の名前を読み上げた。

 ……果たして、両名ともぎくり、とした表情でコチラを見る。

 殺人に直接魔法を使わなければ、確かに、痕跡は残らないだろうけれど、それ以外で痕跡を残したら意味ないだろう。

 ……やるにしてももう少し慎重にやりなよ。






「……いやでも、実験手順みたいなのもありましたよね?」


 アタシ達は結局、昼食にありつけなかった訳だが……、事態が事態なのだから、と、早々に諦めて、着々と《平和の会》へ向かう支度をしている最中に、サラさんがそう言った


「そうだな。①磁石を中央に置く。②砂鉄をばら撒く。③磁力線が浮き出るようにトントンと叩いて振動させる」


「ほ、ほら! ③はどうするんですか?」


「サラさんだって忘れたわけじゃないだろう? いざ食事が運ばれてくるってタイミングで起こったアレを……」


「あ──っ!」と短く声を切って、サラさんは驚く。「そういう事なんですか……?」


「そういう事なのさ。犯人は魔法による、ごく小規模の地震を起こしていた……、いや、地震というのは伝わり易いからそう言っているのであって、真実アレが地震という訳じゃない──レストランの外で黒煙が登っていたのは覚えてるよな? アレが、アタシ達が火事の煙だと錯覚してものこそが、あの地震の正体だったんだよ」


「え……?」戸惑ったようにサラさんは続ける。「あの煙が……、あの地震の正体……? どういう事ですか?」


「ヒントを言うなら、火事では無いにしろ火気ではあった、って辺りだろうな」


「ああ、成程」サラさんは膝を叩いて、回答する。「爆発──、爆弾ですか?」


「正解」


 前に「調べなくてはいけない要素が他に判明した」と言ったのはこの事である。

 まだ思索の及んでいなかったあの情報たち──

 

(地震が起こった時に感じた魔力──渡り廊下で人の背中越しから見えた黒煙──それらの二つからわかる相関図)


 もう少し早くこのことに気づけていたなら多少は格好つけられたのだろうが、アタシがそれをするには普通に勘違いし過ぎていた──アタシにも恥というものがあったのである。


「え、でもどうして火事だと思ったんでしょう……、普通、薪代わりの家屋や、そうでなくても、それに準ずるものが火元にあるものだし……、それがなければ、これは火事ではないと気付いたはず」


「…………それはまあ」と濁して、アタシは続ける。「見ればわかるかと」


 アタシは最初にこの店に入る時目にした()()を指差した。


「? ……? ……あ、ああっ、あああああああああっ!」


「……気づいたか」


 考えてみれば簡単な事だったのだ。

 我々は煙を見た時、なんとなく「火事があったのだ」と決めつけがちではあるものの……、しかし煙の出所が「何」であるかで、普通「火事」か「爆発」かくらい見分けられる筈なのである。

 しかし現実として見分けられなかったからには、「爆発」という可能性を逡巡すらせず、「火事に違いない」と予断を下したという事で……、それには相応の「理由」があって、むしろ然るべきなのである。

 そしてその「理由」──つまり「原因」とは、


「店に入る時に必ず目にする、あの高い塀」


 だったのだ。

 我々は黒煙が昇っていれば、ついつい火事に結びつけてしまうけれど……、しつこいようだが、可能性としては、一応その限りではない。

 ……煙の出所を辿ると、そこあったのは薪代わりの家屋なんかではなく、単なる何もない「空き地」だった。

 我々は高い塀越しに煙だけを見たので、そこ──爆発があった空き地──が見えずに、存在しない火事を空見したと言う次第である。


(……地震の時に感じた魔力の痕跡を見つけられなかったのだって、一応の理屈は類推出来る)


 あの時仄かに感じた魔力は、レストランの中にいた犯人が、あくまで遠隔用の起爆に用いたのであって、本体はあの爆発の方──言い換えるに、爆発があった「現場」の方なのである。

 ……何度も言うように、使われた魔法が発顕型ならば、痕跡が残るのは必ず「現場」だけなのだ。

 だからこそアタシ達は、密室の「現場」である中庭を探した訳だが、それが悪さをして、あの爆発の魔力の痕跡を見つけられず──「この事件には魔法が使われなかった」なんて予断を下してしまった、という次第である。


「今回の犯行を実験手順になぞらえて表現するなら、①中庭にある大きな長方形の石を、同じ加工をした磁石とすり替える。②周囲に砂の上から、大量の砂鉄をばら撒く。③被害者を殺して、中庭中央の磁石に死体を載せる。足跡はつくが一旦気にしない。④本来なら、磁力線が浮き出るよう、トントンと叩いて振動させるのだが、爆発によるごく小規模の地震を起こす事で「トントンと叩いて振動させる」の箇所を代用する。そうする事で磁力線の模様を再び浮かび上がらせて、足跡を消す。………………になるのかな」


「なるほど……」とサラさん。「確かに初歩的な知識ですね」


「まあ、この国じゃあ学校に通う人間が普通、というわけでもないから、一概には言えないんだけどな」


 天を仰ぎつつ、アタシは言う。


「格好つけて「青空の密室」なんて名付ちゃったけれど、お天道様にお目汚しするほど、大層なものでもなかったって訳だ」


 まあこの台詞自体かなり格好つけて言ったものだが、それにしたって、今回の事件程拍子抜けじゃ無い。

 密室なんてものは、第一発見者に殺害が不可能だと思わせる為に作られるもの……、らしいのだが、聞くところによると、最初の叫び声の主だって、あの騒がしい妙齢の女性だったらしいし……、地震が起きて(起こして)すぐに外に出た辺りも、相当に()()

 ……まあ、臭いというより本体だった訳だが──ともあれ。

 詮ずるところ今回の事件は、よくある平凡で、(あまね)く凡俗な殺人事件だった……、という訳だ。

 あんまりつまらないものだから、アタシとしても、退屈で欠伸(あくび)が出そうになった。

 

「ふう……」欠伸の代わりに、アタシは嘆息する。「もうこんなのは懲り懲りだな」


「そうですね。……変なお店ではありましたが、私は好きだったので、こんな事になってしまい残念です」


「うん………………うん?」


 サラさんの一言で、アタシは自分の推理の撞着(どうちゃく)に勘づく。


「………………そうだ。変な店と言えば、この店って1番最初に金属類の類を回収したよな? それっておかしくないか? いや、妙なのはそうなんだが……、おかしいというより、なんていうか……、そう。一つのストーリが見えてこないか?」


「ストーリー?」胡乱(うろん)な表現。「どういうことですか?」


「どうも何もないよ。入店前にわざわざ金属類を回収するなんて、中庭中央に据えられた巨大な磁石の存在を気取られない為としか思えない。強力な磁気に引っ張られる感覚が、ひょっとしたらあるのかもしれない。……いや、そうでなくっても。中庭に客が入っていって、あの磁石の存在が露見する、という展開を警戒したって線も、絶対にあり得ない訳じゃない」


「まあ、確かに……」


「それに、なんで店内に窓がないんだ? まるで、建物と建物とを連結する渡り廊下に臨んだ、犯行現場である中庭の方を隠しているみたいじゃないか……、犯行の瞬間を衆目に晒したくなかったという、犯人側の意思が見え隠れする。それに、よくよく考えてみれば、爆発源を塀で遮られて火事を空見したとか以前に、そもそも爆発の音が聞こえなかった。もしかすると建物の構造を防音仕様にして、振動だけを店内の客に伝える事で、「たまたま地震が起きた」という演出(パフォーマンス)で煙幕を張り、あの「爆発」と「密室」との関連性を秘匿したかったのかもしれない」


「………………そう、ですね」朴訥(ぼくとつ)になるサラさん。「何か怪しい、どころか……」


「ああ、先刻(さっき)アンタがいった通りかも知れない。建物自体が()()である以上、今回の事件は、この店を抱き込んでの犯行だったに違いないんだ……、否。この店があの二人を抱き込んだ犯行の線だって──────っ!」


 刹那、爆発があった。

 爆炎に身を焼かれつつ、サラさんを抱き抱えて、マリナの安否を確認する。

 二人とも怪我がない訳じゃないが、瞬発的に魔力の盾を張っていたのが奏功して、殆ど軽傷で済んでいるらしかった。

 

「くそっ! くそっ! くそっ!」


 真相に迫って興奮するあまり、大きな声で話していたのが良くなかった。

 真相を気取られた犯人サイドの人間──恐らく店の偉い人間──店長あたり──が、アタシ達ごと、真相を闇に葬ろうとしたのだ。


「やられた……っ! アタシは馬鹿野郎だ……っ!」

 

 いつのまにか推理に参加していたあの店員も、考えてみれば「密室の確度を高める発言」しかしていない。

 最初から公式的に迷宮入りを促していたと、言って、言えない事もない。

 それに、中庭を磁力線に見立てた密室トリックだというなら、最初から──犯人の二人がトリックを仕込む前から、あの中庭の砂のゾーンは磁力線でなくてはならない筈だ。

 そうでなければ中庭の模様の変化に「何かおかしい」と気取られる訳だし、店側が()()()()()()()()()()で中庭を設計していなくては、筋が通らない。

 

(コレだけでも十二分におかしかったのだが……、別にそれだけという訳じゃない)


 なんで犯人が犯行に及んでいた時間丁度に「外に出るな」──なんて、都合の良いアナウンスがされるんだ……、などと、密かに考えていたんだけれど、それはそうなのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………………ッ!」


 素人が名探偵の真似なんかするからこんな事になるのだ。

 アタシにそんなつもりがなかったとしても、とっとと捜査機関に受け渡して、早々に立ち去るべきだったのだ。

 立ち上る黒煙は空に吸われていく。

 それに促されて、アタシも力無く天を仰いだ。


「なんて……、なんで爽やかな……、快く晴れた、空」


 言葉に反して、アタシの表情は曇るばかりであった。


 ──が、別にここが底な訳じゃない。


 このレストラン「微妙に美味」のパトロンは《平和の会》だという事実を思い出していれば、真の黒幕はそっちかもしれない事に気付けていたのに……、今から考えてみれば、後悔する他になかった。

書いといてアレだけど別にレストランの外から犯人がやってきてその後脱出した可能性も全然ありますね……、主人公の「犯人はレストランの中にいる」って発想はちょっとガバ過ぎたかもしれないです……。

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