微妙に美味
《平和の会》の本部へ向かう前に、アタシ達──もちろん、サラさんとマリナとアタシの三人──は、最近話題のレストランに向かっていた。
昨日お相伴に預かった夕食のおかげで、こちとらは舌が肥えているんだから、それなりの物を出してくれないと満足できそうにない、という憂慮もあったのだけれど、その点、アタシ達の向かっているレストランのクオリティは折り紙つきだというので、あまり心配は要らないらしい──それに、紙を折ったのが他ならぬサラさんというのだから、何をか言わんやという奴である。
二十分程経って、風景の感じも変わってきていた。
自認としては結構歩いたつもりだったので、そろそろ帰りたくなりつつあったのだが、家を発って三十分ほど経った頃合いで、その建物の全貌は顕になった。
結構高い塀に囲われているから全貌と言いつつ全景は望めないものの、しかしそれを差し引いても門の向こうから覗く建物の意匠は異様の一言である──情けないが普通に気圧されてしまった。
「なんか……変わった雰囲気のレストランだな」
「そりゃそうだよ。《平和の会》がパトロンのお店だし」
……そうらしい。
なんか途端に入りたく無くなった感はあるけれど、横二人が信仰している宗教にケチをつけるのも良くないと思い直し(昨日散々貶したのは夢ってことで)、高い塀で囲われたレストランへと、アタシは素直に追従した。
「金属類のお荷物、お持ち致します」
高い塀を抜けて、建物内に入って聞いた第一声がコレである。
「……お荷物お持ち致しますじゃなくって?」
「お荷物もお持ちいたします。ですが当店、金属類はタブーですので、悪しからず」
(な、なんで………………?)
サラさんに「この店ではそういうもんなのか?」と耳打ちすると「金属類を渡せと言われたのは初めてですね」と帰ってきた。
(意味がわからん………………)
流石に疑問を挟まざるを得なかったが、有無を言わさぬ態度に気圧されて、全ての金属類をウェイターに渡してしまった。
もう既に怪し過ぎて仰天という感じではあるけれど、しかし、店の良し悪しを決めるのは、究極的には料理である。
一口食べてからでも遅くはないと、渡り廊下を経て、奥まった所へと、促されるまま歩を進めた。
途中、渡り廊下に面している中庭──中央に長方形の石があって、その周囲には砂が敷かれている──の砂のゾーンを見て「妙な模様だな……」なんて思う幕間もあったけれど……、基本的には何事もなく、無事、テーブル席に着席できた。
……それで、一息ついて、各々持つ手荷物の類を、余った一席に集めていた時に、
「皆様申し訳ありません、コレより少しの間、店外にて危険な作業が始まりますので、コチラから合図があるまで、外には出ないよう、よろしくお願い申し上げます」
なんてアナウンスが、慇懃な店員から、強い口調で聞こえてきた。
「……そんな危険な作業なのかね」
ふー……ん。
今やる必要があるとは思えないし、なんだか妙な感はあるけれど、しかし、取り立てて「おかしいだろうっ!」なんて怒り出す程のものでもない。
まあいいか──、と思考を切り替えて、アタシは当座の問題である、メニュー選びに執心した。
「ねぇガルさんっ! コレなんか美味しそうじゃない?」
「肉にハズレはないもんな……。だからこそ慎重を期さねばならん」
「え、なんで? 全部いいんでしょ?」
「どうせならイッチバン美味い肉食いてぇだろ?」
「食いたいっ!」
実に快活な笑顔だった。
そんな彼女のプラスの力(?)に癒されつつも、アタシは周囲にある違和感に気を取られていた。
アタシ達の他にテーブルに就いている、五、六人の客達……。
「なぁ、サラさん」
「なんですか?」
「……なんでこの店に居る人間は、揃いも揃って長髪なんだ? 男女問わず」
「ああ、その事ですか」
サラさんはさも当然の事みたいに、この店の『優遇制度』について概説してくれた。
「さっきマリナが言った通り、このレストラン「微妙に美味」は《平和の会》をパトロンに持っているので、《平和の会》の人間だけが、取り分け安く料理を提供してもらえる日が設けられているのです。逆に《平和の会》に所属していなければ、その日だけは入れない制度になっているので……。人気の割に客入りが少ない理由はコレですね」
「なるほど……。今日がその優遇日で、《平和の会》の人間しか居ないという事は……。え、《平和の会》って全員髪が長いのか?」
「はい。それが教義ですから」
「へぇ〜〜〜〜」
何というか逆説的な説明だった。
最初に「なんで長髪の人間しかいないの?」という疑問があって、答えが「今日は《平和の会》の人間しかいないんです」ならば、逆説的に「《平和の会》に入ると長髪を強いられる」という事が分かる。
……ある意味でテクニカルなんだけれど、アタシの頭はあまり良くないのでやめて欲しいかな、と思った。
「皆様、ご協力ありがとうございました。作業が終わりましたので、以降はどうか、お好きに行動なさって下さい」
……ああ、さっきの奴、終わったのか。
禁止されると破りたくなる性分のアタシとしては、終わってくれて良かったな──、と、冗談半分でそう思った。
それに、割合、時間がかかったように思ったんだけれど、クレームをつけようって輩が出るでもなし、危険な作業が平和裏に終わりそうで、結構、結構──なんて、そう思ったタイミングで、
(全っ然メニュー決めてなかった……)
いい加減、何を食べるのか決めても良い頃である事に気づく──少し考える仕草をした後、アタシはすぐに決断を下した。
「アタシ、コレにする」
「え、早いっ!」
早かないだろう。
結構時間はあったはずだ──なんて、内心ツッコミを入れつつ、他二人の注文が決まるのを待つのも兼ねて、手持ち無沙汰になったアタシは、こう──、クルッ、と、店内を見晴るかした。
暇な時間があると周囲をつぶさに観察する悪癖があって、だから、これは習慣みたいな物なのだけれど……。
「………………アレ?」
先刻は五、六人だと思ったのだけれど、トイレから戻ってきたであろう中年の男性が、二人席の所に一人でいた妙齢の女性と合流したので、店内はアタシ達を除き、六、七人の人間がいる概算になった。
いや、概算も何も、しっかり数えればいいだけの話で……。
……うん、計算した結果、店内に居るのは、アタシ達を除き七人だという事が判明した。
わかったからなんだという気持ちもあったけれど、しかし、もとより暇潰しに意味など無い。
ナンセンスな問いをした事にこそ、アタシは自問自答するべきであった。
「あら、さっきまでいらっしゃった人が居ませんね?」
唐突にサラさんはそう言った。
「? 今いる七人だけじゃ無かったのか?」
「ええ。たしか……、先ほど席についた男性が、十……いや、二十分ほど前くらいに──そう、外に出るなってアナウンスがある少し前です──別の若い男性を追うように離席していたので……。本当なら、その男性も、そろそろ帰ってきてもおかしくないと思うんですが……」
サラさんは胡乱な表情をしていた。
別に気にするような事でもないけれど、しかし、不自然なのは確かにそうだった。
「まあ、何かあったんでしょう」不審そうにしつつも、そう続けた。「別に悪い事があったとも限りませんし」
「……そうだな」
アタシは短く応じて、視線を窓に外す……つもりだったのだが、どうやらこのレストランには窓が無いらしい事に気がついた。
奇妙と言うほどでは無いにせよ、やはり、コレだって違和感だ──何かがおかしい。
そう考え出した辺りで、
「ご注文は?」
店員が急かしに来た。
サラさんとマリナは慌てて注文を決め、それぞれ「魚料理」と「肉料理」という結論に落ちたついた。
なんだか両名の個性が出たな、と微笑ましく思いつつ、アタシも予め決めていた注文を頼み、皆んなで料理の完成を待つ段に入った。
「楽しみですね」
「いやぁ、サラさんの折り紙つきだもんな。期待しちまうよ」
「いやいや……そんな……えへへ……」
この人、結構可愛い反応をする人なんだな、という新たな発見の一幕もありつつ、アタシ達三人は、料理が来るまでの時間、他にする事もなし、ご歓談と洒落込んでいた。
……それで、十分経ったか、二十分経ったか。
ともあれ、厨房から店員が料理を運んでくるのが見えた。
やっと食べられる、とにわかに色めき立ったアタシ達だったが、その期待は見事、裏切られてしまう事になる。
一瞬、魔力の気配を感じ取ると──────、
《ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……》
それなりに震度のある地震が起こった。
いやまあ、魔法でも小規模なら地震は再現できるが、わざわざそんなことをする利益もない。
魔力を感じたのはアタシの勘違いだろう、と思い直し、一旦は身の安全を図って、頭を抱えた。
《……ゴゴゴゴ……ゴゴ……》
……時間はさして長くなかったんだけれど、しかし、揺れはそれなりに大きくって、悲しいかな、店員が持ってきた料理を落としてしまった。
「ああっ! 申し訳ありませんっ! 申し訳ありませんっ!」
「いや、いいよ。アンタが悪いわけじゃないだろう」
サラとマリナの方を見つつ、言う。
二人とも異存は無いようだった。
店員は「すぐに作り直しますっ!」と平謝りし、厨房の奥へと消えていった。
「まあ、雑談続行だな」
「そうですね……」
「そうだね……」
誰が悪いという訳でもないので、二人も「苦笑」という感じでそう言った。
さて、何を話したものか……と、少しだけ、話題の在庫が気になりつつあったんだけれど……。
その心配は必要なくなった。
雑談なんかしていられる状況は、今この瞬間までだったのだ。
「キャアアアアーーーーーッ!」
事件性のある悲鳴。
黄色どころかむしろ青ざめた悲鳴。
アタシは嫌な予感がした。
……悲鳴を聞いていい予感がする奴がいるなら是非とも会って見たいものだが──ともあれ。
悲鳴が聞こえた方向が中庭だったので、そこに向かうべく──マリナに「一緒に来ちゃダメだ」と噛んで含めるように言い聞かせた後──中庭に面している、渡り廊下の方面へと走った。
(一体何が起こったんだ………………)
内心で燻る暗澹とした不安を、そんな訳ないだろう、と半ば雑な思考で切り上げる。
先に現場に着いていた数人の背中が見えた──その背中越しに、火事の煙が立ち昇っているのを知覚する。
……あまりの脈絡の無さに「一体何が?」とは思ったんだけれど、まあ敷地の外だから、明らかに本題には関係なかろうと、視線を敷地内に戻して、再度驚く。
明らかに空気が沈んでいた。
澱のように濁った雰囲気に、ともすれば、アタシは「上を向け!」と喝を入れかねなかったが──皆一様に頭を抱えて「こんな事起こるはずが無い」と漏らしていたので、アタシは少し、それを見るのが怖くなった。
一旦深呼吸。
天を仰いで、快晴の空を認めた後、大きく息を吐いて、ついに本丸へと視線を見遣る。
(………………さっき快晴の空が見えた筈だよな?)
アタシはそれを再度確認する。
快晴だった。
視界の端に映る火事の黒煙を除けば、やはり雲一つない、誰もが認める快晴であった。
いや、天気の方はどうでもいいんだ。
大事なのは……。
大事なのは、ここが屋外という事実だ。
……だけど確かに、確実に、
その屋外で、つまり、部屋の外で、
──────密室殺人事件がおこっていた。
「中庭の中央の石に……死体……? 足跡もつけずに?」
アタシも例に漏れず、頭を抱えるハメになった。
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