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Q《非公開情報1》は誰か?

「調査結果は、どうだった?」


 ついさっき、最近仲良くなった《非公開情報1》が死体で発見された。

 今はその事件の解決を目的に、色々と調べて回っているところだった。


「ええ。魔法捜査の結果によると、《非公開情報1》が死亡したと思われる時刻は、第一発見者が死体を見つけた、ほんの十数分前であり……、そしてその間、この建物唯一の出入り口である正門から、人の出入りがあった事実は認められませんでした」


「何故そうだとわかる?」


「その唯一の扉のそばに立っている見張りに聞いたので、コレは間違い無いでしょう」


「なるほど……では犯人候補として挙げられるのは、被害者が死んでから建物から一歩も出ていない、この教会の中にいる人間全員──、という事か。……事件の以前と以後で、建物に居る人間の数に変動はないんだな?」


「はい。それも確認済みです」


「《非公開情報1》の死因は絞殺だったな……そして、犯人はまだ教会の中……あ、そう言えば凶器は? ロープとか紐とか」


「見つかっていません。一応、教会の中にいる人間が隠していないかボディチェックしたのですけれど、めぼしいものは……」


「なら手で絞めたんじゃないのか?」


「それはないでしょうね。アレは()()()()()ではありませんでした」


「そうか」アタシは小さく漏らすと、確認すべき質問を続けた。「魔法による殺人の線は?」


「ありえません。魔法での殺人なら、絶対に魔力の痕跡が残りますから」


「そうか」


 言わずもがな当然の話だった。

 それはこの世界の常識だし、当たり前過ぎて、逆にチェック漏れが生じることの多いケースだから訊いただけに過ぎない、初歩の初歩である確認だった。


「うーん……」


 通り一遍の質問を終えて、アタシは少し俯き、思索する。

 他にどんな可能性があるか……。

 えーと、えー……と、

 

 ──そうだ。


「付与型の魔法を使っての犯行、という可能性もあったな。透徹した眼(トランスパレントアイ)での確認は?」


「まだですね。……もっともこの手の犯罪で、その手の痕跡が残っているとは思えませんが……」


「そうだろうな」


 いや「そうだろうな」とか言われても、一人で勝手に納得しないで欲しい、という感じだろうので、一応ざっくりと概説(がいせつ)する。

 ……魔法には様々な種類が存在するのだが、その枝葉末節(しようまっせつ)について考えなければ──というか考えたとしても──全ては二つのグループに分けることが出来る。

 一つは発顕型。

 物理的に顕現する、視覚による確認が可能な物で、基本的に攻撃魔法が主たる分類だ。

 一つは付与型。

 任意の対象に、元からある特性を倍加させたり、新たな効果を与えたりする、基本的には視覚に及ばないタイプのものだ。

 後者は発顕型と違い、魔法をかけられた「人間」にのみ痕跡が残る為、いくら現場を検証しても証拠など出てきやしないのだけれど……、どうあれ痕跡は残ってしまうわけで、適切に運用すれば、その二つ全ての痕跡を看破できるのが、先述した「透徹した眼(トランスパレントアイ)」という訳である──逆に、発顕型は絶ッッッ対「現場」にのみ痕跡が残る。

 だからと言うか何と言うか──上手くやればその限りではないだろうが、基本的に、魔法犯罪はすぐ露見する。

 だから先の「そうだろうな」という発言になる訳だ。


「一応その辺の確認も、後々やっておいてくれ……。んで、実際に魔法の痕跡が残っていないと、そう仮定した場合……、その場合は、やはり犯人自身が凶器を持ち歩いているわけではなく、教会のどこかに凶器が隠されている……、と。そう考えるべきなんだろうな。……しかし、それでも見つからなければ」


「はい。そうなれば──「凶器なき殺人」という事になります」


 もちろん、《非公開情報1》の首に跡がある以上、原理的にそんな事はまずあり得ない。


 ・首に残る強く絞められた痕(手で絞め殺したにしては痕が違う)。

 ・現場に「発顕型」特有の、魔法の痕跡が残っていない事実。

 ・「付与型」の魔法で何らかの手段を講じた可能性。

 ・未だ見つからない凶器。


 この四点を踏まえても、中でも誤魔化しが効くのは、やはり凶器だ。


「どこかに隠されているに違いない。徹底的に探してくれ……、それと、さっき言った「付与型」の魔法の痕跡も、確認を忘れないように!」


「はい!」


 アタシの命令に対して特に疑念を抱く事なく、教会のスタッフ(教徒?)は可及的速やかな調査に乗り出した。

 事態が事態だし、自分の頭を選んでいる場合ではないというのもまああるんだろうけれど、この感じなら、その気になれば割合簡単に乗っ取れるんじゃねェかな、という、悪い気持ちが脳裏に過った。

 いやいやいや、と首を左右に振って、追うべき思考に立ち返る。

 不可能犯罪になりかけのこの事件。

 真逆(まさか)、証拠がないから犯人候補の人間達をここから解放するなんてわけにもいかないし、さてどうしたものかという感じだ。

 事件があった時やるべきタスクは、教会の人間がいみじくも対応してくれたから、その点の心配はあまりないけれど、問題はやはりこの後なのである。

 それは調査という意味でもそうだし、《非公開情報2》に《非公開情報1》の死を告げなくてはいけないという意味でも、そうだ。

 と言うかアタシにとっては、後者が何より重大な問題だった。

 きっとどんな伝え方をした所で、《非公開情報2》は最低最悪の絶望を味わうハメになるだろう。

 そりゃあそうだ。

 《非公開情報2》にとって《非公開情報1》は唯一の家族なのだからな。

 アタシが逐次真実を告知する次第、《非公開情報2》は生きる希望を失くし、しまいには自死してしまうかもしれない。

 真実を知る事が、取りも直さず死を意味するなら、別に教えなくても良い気さえする。


「……ったく、どうすりゃあいいんだよ、こんなの」

 

 当然アタシとてショックではあったのだが、しかし、所詮は数日前に知り合っただけのアタシと違って、《非公開情報2》は《非公開情報1》と血のつながった親子である──その衝撃は比較にならない。


「はあ、どうしてこんな事になったかね……」


 昨日から今日に至るまでなにがあったのか。

 色々あったような気もするし、何もなかったような気もする。

 記憶がどうも曖昧模糊(あいまいもこ)で、瞭然(りょうぜん)としないものだから、アタシは順次回想するという決断に至った。

 




 


 あれはよく晴れた日の午後。

 出先からの帰り道で起きた事だった。

 その日はやけに疲れていたので、とっとと帰ってベッドに入ろうと思い、足早で帰路についていたのだけれど、そんなアタシをして見逃せない現実を──本当なら見逃したかったんだけれど──この目で認めてしまったのだ。

 少女がいた。

 見るからに良い子そうで、白いワンピースを着た、三つ編みの似合う天衣無縫(てんいむほう)の女の子。

 (もっと)も、天衣無縫というのはアタシの想像であり、なんとなく「笑ったら良い顔するんだろうな」という感想を持った程度の根拠なのだが──ともあれ。

 その少女が。

 三つ編みの少女が。

 背後から、ステレオタイプど真ん中の、見るからに下卑(げび)た悪漢に追いかけられていた。

 

「っ──────!」


 だが「見るからに悪そう」という印象は、取りも直さず、「事実として悪い人間だ」という事を意味する訳じゃない。

 確かにハチャメチャにあやしいんだけれど、それは別に、必ずしも"事案"であるとは限らないのだ。

 単なる勘違い。

 原因と結果の取り違え。

 そういう事なのかもしれない。

 だからアタシは関係ない。


 そう思ったところで──、


「ぐへへへ……」

 

 という声が聞こえた。

 どうやらコッチが正義という認識で間違いないらしい。


「オイ! そこのアンタ!」


「──────」


 無視された。

 路地裏の方へ少女が追い込まれていく。


「くそ!」


 他に選択肢もないので、アタシはあの奸物(かんぶつ)を追うことにした。

 

「待てよっ!」


「ククク……」


 路地裏を抜けると、小径(こみち)に出た。

 誰もいない通りではあるけれど、しかし、燦然(さんぜん)と輝く陽光は、明々とアタシや奸物(かんぶつ)体躯(たいく)を照らしていた。

 (だいだい)色の夕日(せきじつ)に思わず目を細めてしまう。

 お互い、正面から相対しているけれど、陽光を背にした奸物の影は、アタシの足元ではなく、少し右へと背を伸ばしていた。

 じりじりとにじり寄って立ち位置を調整する。

 右へ、ごく自然に、右に、右に……。


 ──よし。


 奴の影の直線上に位置取りが出来た。

 ……コレでアタシのやりたい事は完遂出来よう。


「なあ、一応聞くけれど、なんでこんな事をするんだ? その娘怖がってんじゃねーか」


「ハッ! テメェには関係ねーだろ」


「関係あるさ、目に入ったしな」


「それを無関係というんだよ」


 胸糞の悪い偽善者が、などと、口さがない事を言ったかと思うと、返す刀で、偽善者への余りある一家言を披露してくれた。


「テメェみてぇな偽善者はブタも同然の存在だ」


「………………」


「ブタはブーブー鳴いてりゃいいんだよ」


 差別的発言大いに結構。

 気持ち良くなった分、痛めつけてやるだけの話だ。


「────」


「────」


 緊張感も言い具合に高まってきたので、やろうと画策していた計画を実行する。

 大上段に構える奸物を()め上げると、奴の影の直線上──つまり陽光の直線上──に立っている事を利用し、護身用に持ち歩いているナイフで光を反射させた。

 刹那──鋭利な光が奸物の網膜を焼き、完膚なきまでに視力を奪う。

 

「っ──────、ぐあ…………っ!」


 その間隙(かんげき)を──つまり隙を、アタシが見逃すはずもなく。


「が────っ、は────!」


 みぞおちに右ストレート。

 奸物はひとたまりもなく吹き飛ばされた。

 正に鎧袖一触(がいしゅういっしょく)

 ……いやまあ、鎧袖一触ってのは一瞬で敵を撃ち倒すことの意なんだから、遠方に吹っ飛ばしただけ、という点を鑑みれば、少し誤謬(ごびゅう)があるのかもしれないが……。

 ……ともあれ、コレで戦況は大きく傾いた。


「よお、立てよクソ野郎」

 

「……クソ!」


 起き抜けに一閃。

 奴のナイフは、アタシの鼻っ柱を紅く滑った。

 

「おお、怖」

 

 あんまり舐めてかかっちゃあいけないか。

 窮鼠猫を噛む、って奴だな。

 禍福(かふく)(あざな)える縄の如し……は少し違うかもしれないけれど──今度辞書で調べてみよう。

 足払いして奸物を転ばせる。

 アタシってば優しいから、奴と目線を合わせて、(つくば)った。

 白刃(はくじん)の切先で奸物の顎をちょいと上げさせる。


「待────っ!」奸物は大きく目を見開いた。「待て待て待て待て!! 悪かった!! 俺が悪かったよ!! 謝るから話し合おうぜ!! な!? 暴力なんて野蛮さ! 言葉による決着が今のトレン「クイズしようか」


 奸物が喋り切る前に横入りする。

 一瞬の間。

 場に、剣呑(けんのん)な雰囲気が流れ出した。

 気にせずに続ける。


「実は一目見た時から、アンタとは仲良くなりたいと思っていてね……お近づきの印に」言葉とは裏腹に、奸物を()めつけるアタシだった──心にも無い台詞を、さらに続ける。「言うならレクリエーションってやつさ。回答は何回してもいいから、気軽にやろうぜ」


 奸物は混乱しているらしかった。

 この状況で唐突にクイズなんていうから、外したら殺されるのだろうか、とか、正解ならどうなるんだろうか、とかをつらつらと考えていた時に、「回答は何回してもいい」なんて条件が付いたので、目的を図りかねているのだろう。

 状況が状況なだけに無理からぬ話ではあるんだけれど、胡乱な表情を浮かべつつ、しかし言う通りにせざるを得ない彼の様子は酷く滑稽に映るのだった──思わず本来の意味での失笑をこぼす。


「な、なんだよ……」


「なんでもないよ。……ほら、クイズクイズ」面倒くさかったので、アタシ適当に応じて、本題、というか、問題に入った。「太陽が昇るのはどっち? 東か西か」


「えぇ……?」


 二択って……、全体どういうつもりだ? 

 という表情を作りつつも、とりあえず奸物は回答する。


「ひ、東…………」


「ブー! 不正解!」


 アタシは口でそう言った。

 若干のチープさは否めないが、しかし奸物が相手ならこんな物だろう──当の奸物は自身の回答が不正解だったことに当惑しつつ、もはやそう言うしか無い回答を、予定調和的に、おっかなびっくり回答した。


「じ、じゃあ西…………」


「ブー! またまた不正解っ!」


「はぁ!?」その理不尽極まる疑惑の判定に、奸物は素っ頓狂な声を上げつつも強く抗議した。「そ、そんな……っ! 二択の問題なのに二つとも不正解はないだろうっ! 片方が「ブー!」と鳴るのなら、もう片方はすべからく「ピンポーン」と鳴るべきだっ!」


 なにをおかしなことを、という表情を作り、アタシは短く応える。「いやいや」


()()()()()()()()()()()()()()…………なんだろ?」


「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!」


 奸物は思わぬ意趣返しに言葉を失ってしまったらしく、口をぱくぱくさせていた──実に無様である。

 この調子で失禁なんかされたら敵わないので──とっとと決着を着けるべく──アタシは白刃(はくじん)を天に振り(かざ)した。


「遺言は?」


「…………今後は「ピンポーン」と鳴くブタも認めてやらないでもない」


「アホ」


 街角に断末魔が響いた。

 






 まあ断末魔っつっても、流石に殺すわけにもいかないし、ナイフの持ち手の所で気絶させただけなんだけれどな。

 豚野郎でも断末魔は自由に選べるらしいという見識を得たのは確かに収穫だったけれど、この疲労感に釣り合うかといえば、答えはNO!だと思った。


「問題! 今回得た収穫とこの疲労感は釣り合うか?」


 この出題形式なら、やはり答えは「ブー!」なのだろう。

 

「ハァ……」


「どうしたの? ガルムードさん。ため息なんてついちゃって」


「ああ、いや、何でもない。それより君、怪我とかは無いんだよな?」


「うん! お姉さんが来てくれで助かったよ!」


 先刻(さっき)助けたこの女の子は、名前を「マリナ」というらしい。

 最初に天衣無縫(てんいむほう)なんて表現したけれど、果たして彼女は、天真爛漫の美少女だった。

 ……どうも、アタシの勘はアテになる方らしい。

 その点で言えば、今あるこの疲労感だって収穫と見合うと、言って言えない事もない。


「ねぇ! 私の家に来ない? せっかく助けてもらったんだからお礼がしたいわ!」


「いいのか? 遠慮はしないタチなんけれど」


「いいの! 事情を話せばきっとお母さんも歓迎してくれるわ!」


 莞爾(かんじ)と笑うこの美少女は、アタシの手を引いて、自分の家へと案内してくれた。

 今いる小径(こみち)をそそくさと脱し、大通りのある街へと抜けると、マリナは、そこにある目立った建物やオブジェクトへの注釈をつけて説明してくれた。

 いかんせんすこしも頭に入って来なかったのは、アタシが集中力を欠いた馬鹿だからという訳ではない。

 アタシは目を奪われていたのだ。

 先導して歩く少女の、少しだけ茶色がかった、絹のように美しい三つ編みに──目を。

 ……この娘は愛されているんだろうな。

 直感的にそう思った所で、


「ここだよっ!」


 マリナは快活にそう言った。

 いつのまにか目的地に着いていたらしい。

 

「おじゃまするぜ」


「邪魔じゃないよ〜っ!」


 楽しそうに言う。

 邪魔じゃないかどうかは君の一存で決めていいのか、と思いはしたけれど、すぐに命の恩人(?)だしまあいっかと、半ば開き直る形で思い直した。

 古いが味のある木製の扉を引いて中に入る。

 廊下から奥まった所に通されたかと思うと──おそらくマリナのお母さんなのだろう──妙齢の女性がアタシを歓待(かんたい)してくれた。

 

「娘を助けてくれたんですね……。本当にありがとうございます。真逆(まさか)そんな事になっていたなんて……」


 名をサラというらしい美人の女性は、アタシに深々と頭を下げた。

 どうにもこういった扱いに慣れないものだから、すぐに辞めさせようとしたのだけれど、それでも、と、彼女は頭を下げ続けた。


「いや、弱ったな……」


 なんだかいたたまれなくって、アタシの方も、おずおずと頭を下げる始末だった。

 側から見れば、相当に滑稽な様子だったに違いない。


「ゆっくりしていってください。大したものはありませんが、夕食くらいなら用意できます」


「いや、いいよ……。そこまでの事はしていない」


 アタシは傲慢なので実はそんな事少しも思っていないのだけれど、ここは体裁のためにそう言った。


「あ、なら……」


「冗談っすよ」


「こっちも冗談です」


 サラさんは目を細めて、悪戯っぽく笑った。

 全く敵わないな……。

 そう思いつつ、アタシは命の恩人として、お相伴に預かる事にした。





「……なあマリナ。アタシはさっきたまたまお前を助けてあげられたけど、自分があの変なヤツに尾けられるような理由に、何か身に覚えはないのか?」


「………………」


 マリナは困ったような顔をしてそのまま緘黙(かんもく)してしまった。

 口数が多い娘なだけに、彼女のその静寂は何より印象的であった。

 多分沈黙が答えという意味で身に覚えがないだけなのだろうけれど、それ以上に触れてほしくない話題らしい事が推察されたし、だからこれ以上、この話題を続けることは辞めにしたかった──何か他の話題はないだろうか?


「あ、あー……、サラさん。最近新興宗教が話題だけどさ、アレってなんていう名前だっけ? 確かへい……平……うーん」

 

「ああ、《平和の会》ですね。私もマリナも所属していますよ」


「え!?」


 思わずフォークを皿に落としてしまうくらいには、衝撃的すぎる情報だった。

 一瞬場を支配する不快音にバツが悪い顔を作った後、《平和の会》に対する知識を総動員して話の輪郭を探る。

 ……確か、今急激に勢力を伸ばしている、胡散臭い新興宗教だったか。

 詳細な情報がないから中傷になりかねないが、ハッキリ言って、微妙な気持ちにならざるを得ない。


「本当に……? あの《平和の会》に入ってんの?」


「ええ」サラさんは食事の手を止めてそう答えた。「少なくとも巷間(こうかん)で噂されているよりは良い宗教なんですよ」


「へぇー。なんか胡乱(うろん)な集団だなとは思ってたんだけど、実態は別にそうでもないんだな」


「まあそう思われてしもかたありませんよねぇ……、五年前できたばかりの新興ですし……建物がアレですから……」


「? どんな建物なんだ?」


「説明したじゃんっ! ガルさんも知っているはずだよっ!」


 マリナに怒られてしまった。

 憤懣(ふんまん)やる方ないといった様子である。

 ……ていうか、ガルさんって。

 長いから便宜を図って略称で呼ぶという意図はわかるけれど、言っても「ガルムード」という名前は、たかが五文字しかないのだけれど……。

 それに、その話を置いておくにしたって、アタシが話を聞き逃しているとは心外である。

 そんな不実な人間に見えるのだろうか。

 コレが事実でなければ怒っていた所だ。


「ごめんごめん。それで、どんな建物だったんだっけ? もう一度教えてくれないか?」


 マリナは「今回だけだよっ!」とぼやきながら、《平和の会》本部の外観を、克明(こくめい)に説明してくれた。


「結構大きな建物なんだけど、外に通ずる扉が一枚しかないの。各所に散りばめられたレリーフの意匠(デザイン)も、言っちゃえばなんか気味悪いし。建物全体で胡散臭さを演出しているみたいな場所で、他の人から誘われでもしなきゃ、誰も入ろうとは思わない……そんな教会」


「改宗しなよ」


 信仰は自由だというのに、瞬発的にそう言ってしまった。

 幸いアタシの無遠慮な発言にも「そう思いますよね」と、むしろサラさんの方から助け舟を出してくれたが、以降気をつけるべき軽挙妄動(けいきょもうどう)だった。


「そんな所でも、一応信用に足るというか、実績があるんですよ? 災害時や飢饉の時なんか、積極的に炊き出しをしてくれるくらいで」


「フィクションに触れ過ぎていると、何だかそれだって、マッチポンプの予感もするけどな……」


 サラさんは果たして「アハハ……」と苦笑すると、それが自身の義務であるとでも言わんばかりに、教会へのフォローに入った。


「無いと思いますよ。教祖様に会えばわかります」


「フーン……」


 生憎と無宗教なアタシだから、そんな無機質な返答になってしまったけれど、実際、信用と人間性は不可分である。

 それも演技であればその限りでは無いけれど、いちいち疑ってかかるのだって、許されざる不道徳なのだから、これ以上の追及は余計だと判断した。


「今日は泊まっていきますよね? どうせなら明日案内しますよ」


 アタシはああ、とか、うん、とか、要領を得ない返事をしつつも、振る舞われた食事を口に運んでいた。

 いや実際、レストラン顔負けのクオリティである。

 だから返事がおざなりになるのも、さもありなんという感じだった──自分ごとながら。


「ご馳走様ッ! 美味かった!」


「気に入ってもらえたようで嬉しいです」


 それは言葉の上だけではなくって、本当に嬉しいと思っているらしかった。

 このクオリティの料理に賛辞を送るくらい当然だとおもうのだけれど、あんまり褒めてもらうことがないのだろうか。


「貴女に気に入ってもらえて、安心しました」


 ……そういう事らしい。

 つくづく、命の恩人という看板は重い。

 背負ってしまったからには捨てる訳にもいかないし、一種枷だなと、一瞬思った。

 それこそ不実だったので秒で思い直したけれど、いい加減、性格の悪過ぎる思考である。

 ……反省しよう。

 そんな、一人脳内反省会を開くアタシを横目に──いつのまにか時間は結構経ってたらしく──なにやらマリナとサラが戯れている姿を認めた。

 三つ編み……を、解いている? 様子らしい。

 アタシがちょっとからかうつもりで「自分で解けないのか?」と聞くと「そもそも自分で三つ編みを編めない」と帰ってきたので、少し驚いた。

 あんなに堂に入った三つ編みなのに。


「教えてもらったりしねェのかよ」


「教えてもらってるよっ! 覚えられなかっただけでっ!」


「過去形だけど、コレからは出来るのかよ」


「うん、多分、というか絶対出来る」


「大きく出たな」


 マリナをからかっておいてなんだが、実は三つ編みをした事のなかったアタシは、なんとなく気になって、「どうやって教えて貰ってたんだ?」と聞くと、奇妙な事に、サラが三つ編みを実演して教えるんじゃなくって、サラが、マリナ自身の髪で実演する事で、三つ編みを教えていたらしい事が判明した。

 それだけ聞くと、正直「どうやってんの? マリナから見えないだろ」と説明を求めたくもなったけれど……、そこはやはり、一定の工夫がなされているらしく、「今度やり方を教えてあげるね」なんて言って、マリナは鈴を転がすような笑い声を上げた。

 うーむ。

 天使かもしれん。

 わざわざそんなやり方で三つ編みを教える必然性はわからないけれど、可愛いので詳細はまあどうでもいいかと思い、マリナの三つ編みが完全に解けたタイミングで、ひょい、と、彼女の顔を覗き込んだ──その刹那、アタシは言葉を失う事になった。


「……お、おい、マリナ?」


 マリナは、呪いから解放されたかの様な。 

 森羅万象に対して感謝でもするかの様な。

 そんな表情を作っていた。

 少し気を抜いたら、凱歌(がいか)でも奏で出すんじゃないかってくらいに──いや。

 むしろ彼女は、泣き出していた。

 滂沱(ぼうだ)の涙を流して、コレまでの全てが報われたとでも言わんばかりに、嗚咽を上げて泣いていた。

 ……コレは一体、どうした事だろう。

 しまいには「神に祈りが届いた事を感謝すべく、更に祈りを捧げる」みたいなループに陥り出したので、もう笑うしかない──否、笑えない。


「ま、マリナ……」


 アタシはなにか恐ろしくって、その先の言葉を嚥下(えんげ)してしまった。

 一体、彼女の身に何が起きたのだ……?

 というより、()()()()()()()()()……?

 サラさんとアタシは、宥めるばかりで、彼女の為に、何もする事が出来なかった。

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