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かつて犬猿の仲だった友達の家に泊まってみた

作者: 丘多主記

 借りてきた猫という言葉を表すのなら、まさに今の私の事を指すのだろう。


「とんでもないとこに来ちゃったなあ……」


 私は心臓をバクバクさせながら、大きな門扉の前で立ち竦んでいた。


 事のきっかけは私、笠野涼花(かさのりょうか)が友達の大島優梨華(おおしまゆりか)の家に泊まりにいった事だ。なんでも優梨華は家に友達を呼ぶという事に凄く憧れがあったらしい。それなら折角の春休みということもあるので、泊まりに行くのはどうだろうかと提案したところよろこんでOKを出してくれた。


 それで住所を教えてもらい、そこへ向かったらなんとびっくり。町中で知らない人はいない超巨大な豪邸が優梨華の家だったわけだ。優梨華の家の住所を母親に教えた時、慌てふためきながら客人用のお菓子を渡して、絶対に失礼のないようにと言われたのだった。そんなこと言うくらいだから立派な家なんだろうと思っていたが、まさかここまで大きいとは思いもしなかった。


 門扉の隙間から覗ける範囲で言うと広々なんて使い古した形容詞じゃ表せないほど広いお庭。噴水ももちろんお約束と言わんばかりに完備しており、それとは別に池もある。建物自体も自分の通っている学校の校舎と同じくらいでかい。地区では有数の大きさを誇る校舎と同じ位なんだから相当広い。掃除が行き届くか心配になるレベルである。


 インターホンがちょこんと備え付けられているが、果たして押していいものだろうか。押したら黒いスーツを着た人に追い出されやしないだろうか。いや、そもそも優梨華の伝えた住所が間違っていて、本当はもっとこじんまりとした家なのかもしれない。そうだ。きっとそうに違いない。


 そんな事を考えながら立ちすくんでいると、メイド服に身を包んだ赤みがかった髪の女性に声を掛けられた。背は私と同じくらいだから百七十三以上はありそうだ。それに、顔も整っていて美人。非常にクールな感じの人だ。


「あら、こんなところでどうかされましたか?」


「えっと、優梨華さんの家に泊まらせていただく笠野と申しますが……」


 私は意を決して尋ねてみた。まあ間違いだったとしてもこの人なら優しく答えてくれそうな気がする。そんな微かな希望を持った。すると、女性はあー、と言って手を叩いた。


「優梨華お嬢様のお友達でいらっしゃいましたか。お待ちしておりました」


 そう言うと女性はポケットからカードキーのようなモノを取り出し、インターホンの所にかざした。すると、ピィーという音ともに門扉が開いた。それと同時に、優梨華の家であることが確定した瞬間でもあった。


「ささ、どうぞこちらへ」


 女性に手招きされ私ははぐれてしまわないようにピタリとついて行った。


 改めて中に入るとこの豪邸の大きさを肌で感じる事ができる。こんな大きな家を持つくらいだからきっと相当な金持ちに違いない。と言うことはドラマとかで出てくるようなSPなんかもいるはず。いざとなれば実力行使で私なんか容易に排除することもできたのではないか。


 私はとんでもない奴と喧嘩をしていたもんだ。そう思うと、途端に寒気がしてきた。


「しかし、お嬢様にもお泊まりをしてくださるご友人ができるとは。(わたくし)感激でございます」


 女性は目元を拭っていた。そのくらい嬉しい出来事なようだ。


 言えない。口が裂けても最近まで喧嘩する仲でしたなんて言えない。私は口を固く結んだ。


「あれだけ内気でいらっしゃるのに、ようやく一歩が踏み出せたのですね」


「あはははは……」


 私は笑って誤魔化した。絶対に言ってはダメだろう。間違いなく。


「ところで、何さんと呼んだ方がいいですか?」


波瑠(はる)とお呼びください」


と波瑠さんは答えた。


「波瑠さんはこの家? ではどんな仕事をしているんですか」


「お嬢様のお世話と炊事を担当しております。お嬢様のお世話はお嬢様が産まれてからずっと勤めて参りましたが、炊事はここ最近任されるようになりました」


「へえ、そうだったんですね。人のお世話って大変そうですけど、その辺どうなんですか?」


「お嬢様は自分でするべき事は自分でするので、負担に感じることはありません。むしろもっと私に頼ってほしいくらいです。もっと色んなことで……いえ、なんでもありません。とにかく、仕事はそんなに重荷ではありません」


「へえー……、そうなんですね」


 こんな感じの取り留めのない会話をしていると、大きな扉の前に着いた。つくなり、波瑠さんは扉のすぐ側にあるタッチパネルを押し出した。少しするとガチャっと言う音と共に扉が開いた。


「こちらです。どうぞ」


「あの、靴はどうすればいいですか?」


「そのままお上がりください」


 波瑠さんにそう言われ、私はそのままで入る。このレベルの豪邸になると靴のままでもいいのか。私は新たな発見をした。


 波瑠さんに連れられて歩いて行く。この家は本当に大きい。次に来た時に優梨華の部屋まで一人で行ってくださいと言われたら絶対迷子になる自信がある。そのくらい広い。そして、所々に高そうな壺や絵画が飾られている。走ってもいいと言われても絶対に走りたくないという気分にさせられる。


 ところで、歩いていて私は一つ気付いたことがある。この家には女性の数が多い、というか女性しかいないのではないだろうか。こう言う所はイメージとして、スーツ姿の男性が多いイメージがあったが、ここはそうではない。掃除をしてる人、部屋の前に立っている人皆女性だ。何か理由があるのだろうか。


「あの、波瑠さん。ここって女性の方ばかりですが、何か理由があるのでしょうか?」


 思い切って波瑠さんに聞いてみた。すると波瑠さんはピタリとその場に立ち止まった。もしかして、何かとんでもない地雷を引いてしまった? 私は気まずくなった。


「あ、あの。決して理由を知りたいとかそんなのではなく、ただ気になっただけと言うか……」


「――――なのです」


「え、えっとなんと」


「お嬢様は、極度かつ不治の男性恐怖症なのです」


 波瑠さんはそう静かに告げた。驚きのあまり、私はえっと声が漏れた。


「お嬢様は幼い頃に男性に酷い暴力を受けてしまいました。本当に人に言えないほど酷いものでした。私がいながら、そう言うことをされてしまいました……。そのせいで男性に触れること、もっと言うと近づくことすらできません。唯一平気な幸長様ですら、数秒触るのが限界と言う有様です。ですから、当家の使用人は殆ど女性なのです」


 波瑠さんはとても哀しい目をしていた。知らなかった。言われてみれば思い当たる節はあるが、今日ここで言われるまで全く気づかなかった。男性がダメとなると、授業とか日常生活にも相当な支障が出ていたはずだ。なのにそれを一ミリも出すことなく、生活していた。なんという精神の強さなのだろうか。そしてどれだけ辛かったのだろうか。私は優梨華の精神の強さに感心すると同時に、その苦労に胸が痛くなった。


「この事は優梨華お嬢様には秘密にしておいて下さい。本人は可能な限り人に言わないことにしていますから。ここだけの秘密にしておいて下さい」


「わかりました」


 私は首を縦に振った。


 それから私と波瑠さんは優梨華の部屋まで歩いて行った。何度も言うが、自分がこの家の住人なら迷子になる自信しかない。そのくらい広い。何分歩いたかわからなくなってきたところで、優梨華の部屋に着いた。


「お嬢様、お客様をお連れ致しました」


 波瑠さんがそう言うと、勢いよく扉が開かれると同時に優梨華が私に飛びかかって抱きしめてきた。


「いらっしゃい! 涼花ちゃん! 波瑠も連れて来てありがとう。波瑠はあっちで準備でもしていて頂戴」


(かしこ)まりました。お嬢様。それでは楽しいお時間を」


 波瑠さんはスタスタとその場を立ち去った。


「なあ。準備ってなんのことだ」


 私はこの言葉が気になったので聞いてみた。だが、


「えーっと、秘密。後でわかるからその時にね」


と優梨華にはぐらかされた。


「さあ涼花ちゃん。入って入って」


 謎の言葉を考える私を優梨華は少し強引に部屋へと押し込めた。


 優梨華の部屋は外の外見から想像できる通り大きい。私一人で使いこなせと言われても正直困ってしまうレベルの大きさだ。部屋の中央の右隅にはおそらく二人で寝ても有り余るベッド。その隣に少し大きめの木製の洋服入れ。窓は人一人入るのではないかと思うくらいデカい。


 左隅に勉強机が設置されており、その上にはパソコンが置かれている。テレビもその近くに配備されており、いくつかのゲーム機が綺麗に整頓されて置かれている。エアコンも当然のように完備されており、まさに快適な空間というわけだ。


「すっげえ部屋だなあ。私の部屋が超狭く感じちゃうわ」


「部屋の良し悪しは大きさだけじゃ決まらないわ。この部屋は広すぎて、私もちょっと持て余してるもの」


 やはり優梨華でも持て余していたんだ。それを知って私は少し安心した。


 さて、これから何をしようか。お泊まりに来たのはいいが、やることが思い浮かばない。他の友達ならすっと出てくるものだが、優梨華とはここ最近仲良くなったばかり。共通の友人も趣味も知らないし、好きな食べ物とか話題も思いつかない。


 うーん、と悩んでいると優梨華がチョンチョンと肩を叩いてきた。


「あ、あの。このゲームをしない?」


 優梨華が出して来たのは、様々な有名キャラクターがステージで戦うゲームだった。ゲーム自体は多少するし、このゲームはそれなりにプレイした事がある。これなら遊べそうだ。私はいいよと返事をした。


「うふふ。こうやって友達とゲームするの夢だったんだ」


 優梨華は嬉しそうにCDをゲーム機の中に入れた。





 一時間後。優梨華はぷくーっとかわいく頬を膨らませていた。


「涼花ちゃん強すぎぃ……」


 優梨華は少しだけ涙目になりながら呟いた。


 誤解はして欲しくない。私は別にいじめたり、嫌がられるプレイをしたりしたわけじゃない。あくまでフツーにプレイしただけだ。


 だが、優梨華がそれを上回るレベルで弱かった。私自身もそんなにやりまくったゲームではないから弱い部類だろうけど、それ以上だから相当だ。


「すまんかった……。こんなになるなんて……」


 私はとりあえず謝っておいた。ただ、優梨華はぷいっとしたままだ。仲良くなる為のゲームでこうなってしまうとは……。


「……まあいいわ。弱いのは私が悪いから、私練習する」


 優梨華の中で折り合いがついたようだ。練習してどうこうなるかは分からないが、とりあえず次回はこうならないように祈っておこう。


「それより、一時間経ったからもう準備はできてそうね。バッシュ持ってきた?」


 優梨華の機嫌は元に戻ったようだ。バスケットシューズだが、当然持ってきている。


「ああ。そう言うことだから、運動用の服とかも持ってきたけど要らなかったか?」


「ううん。あるならあった方がいいから助かるわ。じゃあ、着替えて行こう!」


 そう言って優梨華は着替え始めた。私もそれに合わせて服を取り出して着替え始めた。


 しかし、なぜバスケットボールシューズが必要だったんだろうか。まさか、バスケができる体育館があるとか?


 それはありそうだ。となると、優梨華とワンオンワンでと言うことかな? なら練習をしたかったわけか。


 それで準備と言うのは、波瑠さんに体育館の準備をしてもらうと言うわけか。一時間も掛かるかは疑問だがそう言うことだろう。


 これは楽しみだ。優梨華とワンオンワンは中々に鍛えられそうだ。


 私は期待に胸を躍らせていた。


 そして、着替え終えた私と優梨華は部屋を出て、外の方にある別館へと向かった。


 別館の前に着いたが、デカい。デカすぎる。体育館二つで足りるのか不安になるレベルの大きさだ。


 優梨華の話によると別館は二つに別れていて、手前側が野球用になっているらしい。ここでお兄さんの幸長さんは練習をしていたとのことだ。家でそう言う練習が出来るというのは凄い事だと思う。家でそんな練習しようもんなら、窓ガラスが二、三枚は犠牲になるだろう。


 そして奥の方がバスケ用になっているとの事だ。どんな練習場なんだろうか。期待して入る。


 目の前に広がっているのは、バスケットボールコートが丁度一面分ある練習場だった。高さも充分あり、少しばかり上に放り投げても大丈夫そうだ。まるで、学校の体育館の中にいるようだ。


 これには驚いた。普通の家では絶対に出来ないものだ。一体どれ程の金持ちの家なんだろうか。少し考えたがそれをやめた。私の想像でも足りないレベルだろう。深く考えない方がいい。


「波瑠。来たわよ」


 驚いている私を尻目に、優梨華は波瑠さんを呼んだ。呼ばれた波瑠さんは奥の方から、スポーツウェアを着て現れた。


「あれ? 波瑠さんも参加するんですか?」


 予想外の格好に私は再度驚かされた。波瑠さんが参加するとは思っていなかった。


「そうよ。波瑠は私の練習パートナーなの。今日はこういう機会だから、涼花ちゃんも一緒にと思って」


 へぇー。優梨華の練習パートナーと。それなら腕前も期待できそうだ。楽しみになってきた。


 というわけで、準備運動をしてからまずは波瑠さんとワンオンワンという事になった。


 まずは、私がオフェンスだ。優梨華からボールを渡される。優梨華の練習パートナーだから、油断は出来ない。慎重に行こう。


 いきなりドリブルで相手をぶち抜こうとしてはいけない。ちゃんと見て、隙を見つけて、あるいは作って抜かないといけない。


 ボールを跳ねながら、観察する。隙は、隙は……。全く見当たらない。距離感も姿勢も完璧だ。優梨華の相手だからこのくらいはないとね。


 ならば、隙を作りに行こう。まずは左から右に急に切れ込む動き。これは当然のようについてこられる。次は、シュートフェイントを入れて。ただ、これも引っかからない。フェイントを完璧に見切られている。ならば、ピポットターンから抜いてみせる。


 ボールを持ち、キュッと急ターンをする。この速さならついてこれ……⁈


 気付いたらボールをスティールされていた。今までこんな事は一度もなかった。大体これでぶち抜けるはずだが、抜けないどころか奪われるとは。私は驚きを隠せなかった。


「では、次は私ですね」


 今度は私がディフェンスになった。もしかすると、波瑠さんはディフェンス中心の選手で、オフェンスはそこまでかもしれない。そう思っていた。それは直ぐにぶち壊された。


 私自身はそこまでディフェンスが得意というわけではない。それでも最低限以上はできるし、抜かれた事もあまりない。


 そんな私があっさりと抜かれるのだ。


 スピードは私の方が上なのに振り切られるし、フェイントには簡単に引っ掛かってしまう。レイアップを阻止しようとして当たっても、こちらが弾き飛ばされた。


 ここまで絶望的な相手は初めてだった。


「はぁ……。はぁ……。波瑠さん、一体何者なんですか……」


 息を切らしながら波瑠さんに聞いてみる。波瑠さんは冷静に答えてくれた。


「元大学日本代表候補レベルの選手でした。正式な代表にはなれませんでしたが。ポジションはシューティングガードです」


 元大学日本代表⁈ そりゃこんだけ強いわけだ。私は納得した。こんな人と練習してたのか。そりゃ優梨華も上手くなるわけだ。


「それで、いつから優梨華と練習を?」


「小学校二年生の頃から、ほぼ毎日ですね」


 だからか。だから優梨華は入った頃からあんなに上手かったのか。それで、優梨華は男性恐怖症だから、混合チームになりがちな小学校時代はクラブチームには所属してなかったわけだ。そして女子だけのチームになるから、中学で入ったと。つまり、単なる初心者で入ったわけではなくて、実は経験者が入ってたという事だったのか。なるほど。全てが線で繋がった。


「だから、優梨華は入った時から上手かったわけですね。そう言う事だったんですね」


「そう言う事です。とは言え上手くなられたのは、お嬢様の努力の成果でもありますが」


 波瑠さんはそう言ってのけた。


「優梨華は、波瑠さんに勝てるの?」


「うーん。たまに抜けたり止めたりできるけど、まだまだかなあ。」


 首を少し傾け、頬に人差し指を置いて優梨華は答えた。優梨華でも殆ど勝てないのか。となると、相当凄いレベルだ。


 ただ、全国を目指すとなるとこのくらい出来ないといけないのかもしれない。身近にいい目標ができた。


「じゃあ、私が次に来た時。また波瑠さんと勝負してもらっていいっすか? 勝つまで行きますんで」


「ええ。喜んでお受けしましょう。お嬢様の目標達成の為に、私もお貸しできるものはお貸ししたいので」


 波瑠さんは嬉しそうに答えていた。笑顔を見た事なかったが、素敵な笑顔をしている。こう言う表情もするんだ。私はそう思った。


 この後、優梨華に変わったり私と優梨華の勝負になったりしながら二時間近く練習を楽しんだ。


 これだけでも、優梨華の家に泊まりに来た価値はあった。そう私に思わせてくれた。





 練習が終わり、着替えて風呂に入りまた部屋に戻ってきた。何度でも言うが、本当にいい練習になった。出来ることなら、高校の練習も教えにきて欲しいレベルだ。あのプレーを間近で見られるなら誰にとっても相当いい経験になる。


 そして、シャワールームというかお風呂もデカかった。ザ・金持ちって感じの風呂だった。あんなお風呂に毎日入れるのは羨ましい。ただ、掃除とか維持費も大変そうだから私は自分家(じぶんち)の一般的な風呂でちょうどいいかな。


 さて、部屋に戻ったはいいがどうしようか。今優梨華は風呂に入っていていない。つまりこの部屋に一人ってわけだ。


 一人で出来ることははっきり言ってあまりない。スマホでバスケの動画でも見ていようか。NBAの試合の動画とかが、きっとサイトに上がっていることだろう。それを見て色々参考にしよう。そんな事を考えていた時だった。


 奥のクローゼットの扉が開いている事に気づいた。他人の家のそう言う所を触るのはあんまり気が進まない。ただ、一度空いていると言う事に気づいてしまうと、気になって気になって仕方がない。よくない事だとは思うが、動画に集中するためにも締めておこう。私はクローゼットの方に向かった。


 すると、下に一本のDVDケースが落ちていた。明るい色をしたケースだなあと思いケースを拾い上げる。


「えっ、これ……」


 私は驚くしかなかった。ケースはアニメと思われる作品のDVDケース。これは別に問題じゃない。最近はそう言うのが好きな人も多いし。問題なのは、そのアニメの登場人物と思われるキャラが私にものすごーく似ていると言う事だ。


 茶髪に少しつり気味の目。目鼻立ちがはっきりしている感じも私そっくりだ。体の作りも私をアニメに召喚しましたよってくらいな感じだ。一体どう言う事だろう? 私の写真を色々盗撮して作ったとか? いやそもそも学校とかはそう言うのの持ち込みは禁止……。優梨華がルールを破るようには思えない。じゃあ一体どうして……。


「涼花ちゃん。見ちゃったのね」


 背後から風呂上がりの優梨華に声を掛けられる。ちょっと優梨華が怖くなってしまい、ヒィッと声をあげてしまった。


「どうしたの⁈ そんなに驚いて」


「だだだだだって! 私にそっくりなキャラがいるじゃん! どうしてこんなキャラが……」


「あー、それね……」


 優梨華は自身のスマホを使って説明をし出した。


 優梨華の説明によると、これは四年前から始まった、女子中学生が悪の組織と戦うアニメらしい。それで、このキャラはその作品の主人公とのことだ。デザインが似ているのは、偶然の事で、別に私を盗撮したとかそう言うのではないらしい。半信半疑だったが、アニメの公式ホームページを見てそれが本当だと言う事を確信することが出来た。まあ、いくら金持ちでも会ってもいない四年前から、私を模したキャラを作ったアニメを放送するなんてできないからね。


「へぇー。それでこのアニメが好きでDVDとかグッズとか一杯持ってるんだ」


「うん。本当は隠そうと思ってたからクローゼットに隠してたけど、私も爪が甘かった見たいね。見られちゃったから、開けるね」


 そう言うと、クローゼットの扉を全開にした。そこには所狭しとグッズやDVDなんかが並べられていた。凄い数だ。これだけで私の部屋なら一杯になってしまいそうだ。そのグッズの半数くらいが私に似たキャラのものだ。滅茶苦茶好きらしい。


「涼花ちゃんを初めて見た時、美里ちゃん――私に似たキャラの名前――に似てたから、すっごく驚いたの。でも、興奮しすぎて冷静になれなくて……」


 そう言うのもあったんだ。まあこれだけ似てる子が現実に出てきたら、そりゃびっくりするだろう。そう思うと優梨華が可愛く思えた。


「まあ、それはもう過ぎたことだしさ。それより、このアニメどんな話か気になるから見せてよ」


 私の言葉を聞くなり優梨華は嬉しそうにDVDをテレビの方に入れた。私と優梨華はテレビの前に座ってアニメを見始めた。


 三十分後。1話を見終えた。まあ普通に面白かったし、アクションも凄くド派手ないいアニメだったんじゃないかなと思う。アニメの良し悪しはわからないけど、きっとそうだろう。


 それで気になったのが主人公の味方ポジションの子だ。別に優梨華と姿がそっくりとかそう言うのではない。ただ、平常時はかわいい声なのにいざとなるとかっこいい声になるって言うのが、学校と普段の優梨華のオンオフっぽかった。


「これ見て思ったんだけど、優梨華が声を変えてたってのもこれの影響だったりするの?」


 そう聞くと優梨華はうんと頷いた。


「こうやって声を変えれば、イジメられないかなあって思って……あっ」


 優梨華はしまったと言う顔をしていた。私は知っていたが、一応聞いてみた。


「イジメ……られてたのか?」


「うん。小学一年生の頃にね。そのせいで男の人が今でも怖くて近づけないんだよね……。今は大丈夫だけど、女の子と言うか人間全般が怖かった時期もあったんだ。今は女の子は大丈夫だよ。それで、どうやったらイジメられないかなあって考えてたら、小学六年生の頃にこの作品に出会って、それでこんな感じで声を変えたらいいんじゃないかなって思ったの。だから、普段は違う声で話してたの。声を作るのに凄く時間かかったけどね」


 そう言う事だったんだ。地声と普段の声の違いはそう言う所から来てたんだ。あんだけ高くてかわいい声出すのが、低くて女王様の様な声にするんだから相当しんどかったんだろうなあって思う。これも優梨華なりの処世術だったんだろうなあ。ただ、これからはそんな事を考えさせない様にしよう。


「優梨華。これからはその声使わなくていい様にしような。頑張って声作らなくて地声で全然いい世界を見せるから」


「うん! ありがとう」


 優梨華は私の腕に絡んで、頬をすりすりしてきた。





 それから私達は夕食を食べ、しばらくアニメとかNBAの動画を見たりしていよいよ寝る時間になった。


 夕食は野菜炒めと味噌汁と案外普通のものだった。食材も別に拘っている感じはせず、本当に普通の食事だった。曰く、金持ちでも庶民感覚を忘れない様にする為とのことだった。まあ私も変に高いご飯出されても食べ方とかで困っただろうから凄く有り難かった。


 動画とアニメも色々見れて楽しかった。最初はどうなることかと思ったけど、泊まりに来てよかったと心の底から思っている。


「今日は楽しかったよ」


 広々とした同じベッドで眠る優梨華に声を掛ける。


「うん。私も来てもらえてよかったよ」


 声だけしか聞こえないけど、優梨華は嬉しそうだ。この声が聞けただけでも本当に良かったと思う。


「また、いつか来るよ。楽しかったから」


「毎日来てもいいよ! 私も楽しいから!」


 優梨華はとんでもない提案をしてくる。私は少しため息を吐いた。


「毎日は無理だよ……。けどたまには来るよ。波瑠さんとも練習したいし」


「それって波瑠と練習したいだけじゃないの?」


 優梨華は怪しむ様な声をしている。


「そんなことないよ。波瑠さんとの練習はついでだ。ついで」


「それならいいけど。私の事も忘れないでよ」


「忘れないよ。絶対」


 そう言って私は何故だか優梨華を抱き寄せていた。何故そうしたかはわからないけど、悪い気はしなかった。優梨華がどんな表情かはわからないけど、体温が熱々になっているのだけはわかった。前に抱きしめられた事があったけど、その時同様柔らかい。しばらくして、


「……ありがとう」


と優梨華は言った。それから優梨華は一言も喋る事なく、寝息を立て始めた。どうやら寝ちゃったらしい。私は離そうかと思ったけど、優梨華もぎゅっと抱きしめているから離れられない。このまま寝ようか。悪い気はしないから。


 そう言えば今日が高校受験の合格発表だったと思う。私が誘った(なぎさ)(ゆう)と佐々木はどうなっただろうか。明林だから受かったとは思う。それを確認して、来週にでも顔合わせしておくか。優梨華も連れて。


 そんな事を考えながら眠りについた。

ここまで読んでいただきありがとうございました


また読んでいただけると幸いです


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