90.ダークブロンドの令嬢の正体
本日、二話目です。
「起きてたのか」
入ってきたのは、私に負けず劣らずへとへとな様子のグレイだった。
「こんな夜に眠れませんよ」
私はほっとしながら答える。
グレイはゆっくりソファまで来ると、私の横に座り、片手でそっと私の顔をなぞった。
「フェンデル王子は目を覚ましましたか?イオさん、大丈夫でした?」
今しがた心配していた2人について聞くと、手を止めて、顔をしかめるグレイ。
「こんな時に他の男の心配はいい」
他の男って、王子だぞ。
「まず、アンの無事を確認させてくれ」
「私?私は何ともないです」
「そう聞いた。だがこうして見て触れるまで、どれだけ心配したと思ってるんだ」
言いながら、グレイは両手で私の顔を包んだ。
頬を撫でられ、琥珀色の瞳でじっと見つめられて私はドギマギする。
目を逸らすと、おでこと後頭部に手が回されてから、耳をこしょこしょされた。
「ひゃっ、こそばいんですが」
抗議してみるが、手は止めてくれない。
顔の後、グレイは私の首すじ(ひゃあっ)と肩と腕を確認し、手の指、一本一本を丁寧に見てくる。
「あのう」
「じっとしてるんだ」
グレイはそっと私の腰を抱え、ソファから降りると跪いて、私の膝と足首に異常がないか調べた。
室内履きが脱がされて、足指も確認され、足裏がムズムズする。
体を点検し終わると、グレイは跪いたまま、私の腰に手を回して抱き締め、私のお腹に顔を埋めてきた。
「どこも何ともなくて、よかった」
顔をお腹に押し付けたまま喋るので、くすぐったい。
「ふふ、くすぐったいです。もう終わりです」
手でグレイの顔を押すと、今度は簡単に離れてくれて、私の横に座り直す。
「それで、フェンデル王子とイオさんは?」
さっそく聞くと、少しむっとしながらも、答えてくれた。
「第二王子殿下なら先ほど意識が戻った、水も飲め、受け答えも問題ない。第三王子殿下は、まあ、何とか、最後まで持ちこたえてはおられた。途中から俺とワーズワース長官が現場を仕切ったし心配いらない」
「ワーズワース長官?」
「リサ様が呼びに行ったらしい」
おおー、ナイスだわ、リサちゃん。
「こちらとしては、第三王子が現場にいてくれて助かった。高位の貴族も多かったからな。俺と長官だけでは反感を買っただろう。先ほどやっと全員お帰りいただいた所だ」
「じゃあ、あのダークブロンドの令嬢の単独犯だったんですか?」
「ああ、彼女の父親さえ、何も知らなかった」
「あの方はどなたなんです?私を恨んでいるようでしたけど」
「彼女は、エミリー・レバンド。レバンド伯爵家の令嬢だ」
グレイの言葉に首を傾げる私。
「レバンド伯爵令嬢?」
聞き覚えはあるけれど、面識はない。
「アンズは会った事はないだろう。あなたがこちらに来る前に噂になったレディだ」
「噂に?」
「アンの人形劇が流行る前は、レバンド伯爵令嬢をモデルにしたものが流行っていたはずだ」
「そっか、あれ、実話を元にしてるんでしたよね」
私の人形劇の前に流行ったもの。
私はいつだったかに聞いたスミスくんの言葉を思い出す。
「1つ前に流行った演目は、想い合う恋人達が、その男性に横恋慕した貴族令嬢によって引き裂かれる悲恋の話だったので、その反動もあって今回のこの優しい話は人気です」
確か、そんな事を言っていた。
「あー………そっか、レバンド伯爵令嬢は、男爵家の三男を、当時の恋人と無理矢理別れさせて、婚約したんでしたっけ」
「よく知っているな」
「お城で軟禁状態の時に、暇に飽かせてゴシップ紙も読み漁ったので。
恋人だった女の子が顔に火傷を負わされて、男爵家の三男は恋人のために婚約を受け入れ、でも婚約中に自殺を図り、一命は取り留めたけど足が不自由になって、結局、伯爵令嬢はそんな三男をぽいしたっていうやつ」
なかなかの最低な内容だったから、細部まで覚えている。
あのダークブロンドの令嬢がその人か。
「恋人の火傷が令嬢のせいだったかは、立証出来ていない」
「そこも読みました。三男は自殺をしようとしただけだし、酷い仕打ちなのに、伯爵家と令嬢に問える罪もなく、そのせいで庶民の怒りが爆発したんですよね」
男爵家三男の恋人は、町の食堂の看板娘で、近所で評判の仲良しカップルだったのだ。
「そうだ、それを受けて、各紙がレバンド家について書き立てて、貴族達も距離を置き、伯爵家はかなりの痛手を被った。令嬢本人も社交界からは一旦いなくなった」
「ちょっとだけ、スカッとしますね」
ちなみに、男爵家三男と恋人は、アマリリスさんが保護して、サバンズ伯爵家で働いている。
アマリリスさんは、2人を支援している事を最高のタイミングで公にし、お陰でサバンズ伯爵家は庶民人気が爆発的に上がった。という裏オチ付きだ。
「あれ?でも、それと私、関係ないですよね?」
全て私がこっちに来る前の話なのだ。
そこからなぜ、令嬢は私を殺そうとしたんだろう。
「いろいろな噂のほとぼりが冷め、レバンド伯爵令嬢が社交に顔を出しだした時に、アンの人形劇が話題になったんだ。相思相愛の恋人達に割ってはいる婦人。状況が似ているだろう?もちろん、アンの人気が高まるほどに、皆、レバンド伯爵令嬢の醜さを思い出し、噂が再燃した。自業自得だがな」
「はあ、なるほど」
「アンが有名になればなるほど、令嬢は肩身が狭くなり、逆恨みしていた。前の図書室への落書きは令嬢が親戚の受付のレディに頼んでやった事だ」
「うわあ」
なら、イオさんとの変な噂を流していたのもきっと彼女なのだろう。
「今回の瘴気の解明で、アンはもう王族以上の人気だ。それをひたすらに妬んで殺意になったようだ」
私はレバンド伯爵令嬢の暗い目を思い出す。
彼女はどうなるんだろうか、何となく、生きて罪を償うとかではないのだろう。
「伯爵令嬢はどうなるんですか?」
「王子を刺したんだ、極刑だろうな」
「そうですか」
「アン、君が気にしてやることではない」
「そうですね」
刺されたのはフェンデル王子だ。私じゃない。
私は頭を振って、レバンド伯爵令嬢の事を考えるのをやめた。
「それにしても、王族以上の人気は言い過ぎで、」
私の言葉の途中で、グレイが私を抱き締める。
「グレイ?」
「いい加減、いろいろ自覚してくれ、身に覚えのない怨みを買うほどの名声なんだ。しばらく夜会には出さない。茶会も行くな」
硬い声だ。レバンド伯爵令嬢の刃が私に刺さったのを想像したのかもしれない。
「また心配をかけました」
「出来れば、侯爵邸から出したくないんだ」
「大丈夫です。出ないし、行きませんよ」
ええ、元々、ほとんどお城と侯爵家の往復だけでしてよ。
私はグレイの背中に手を置いて、ポンポンしてあげた。グレイの強ばりが緩む。
「…………俺が遠征中は、仕事も休まないか?」
おっと。
「それはちょっと、暇になりますし」
「そうだな、暇だからと、何か別のものに手を出されても困るな」
人をトラブルメーカーみたいに言わないでほしい。
「今日はもう寝ましょう。疲れました。眠れなさそうだったけど、グレイが来たら眠くなってきたので、今なら寝付けそうです」
安心したからか、急激に眠たい。
「男としては、今の言葉は微妙なのだが」
「寝ますよー」
この後私は、ぐっすり眠った。
次話、最終話です。明日の夕方か夜には投稿出来ると思います。




