89.事後処理
リサちゃんの癒しの光がフェンデル王子を包む。
苦しそうに寄っていた眉が緩み、その唇にも色が戻る。
光が収まった後、そこには顔色は悪く、意識もないままだけど、ゆっくりと呼吸するフェンデル王子がいた。
「殿下!」
「傷を塞いで、毒を浄化しました。治癒で体力が奪われて、失血もしているので、目を覚ますのには少し時間がかかるでしょう」
リサちゃんが、騎士に伝える。
「よかった、すごい、リサちゃん」
涙目の私にリサちゃんが微笑む。
「だてに聖女やってないっす。こういうのは任してください」
とりあえずの危機が去り、やれやれと思う間もなく、会場がざわめきだす。
私達の周りは人だかりになっていて、ローブを血まみれにした私達と倒れたままのフェンデル王子に、人々は驚愕し、その背後の何が起こったのか分からない人達には、戸惑いと困惑が広がっている。
「パニックになったりしますかね、まずいっすね」
「そうね」
これだけの人が一気に出口に殺到したりしたら危険だ。
フェンデル王子も倒れたままでは、踏みつけにされるかもしれない。
「すみません、まずはフェンデル王子をどこかに、」
私が人混みを掻き分けて集まってきた騎士の方にお願いしようとした時、響いたのはイオさんの声だった。
「夜会の出席者を会場に集めて、会場を封鎖してください。確保した令嬢の動機と目的、協力者の有無がはっきりするまで、誰も出さないように」
イオさんはリサちゃんと一緒にここまで駆けつけていたようだ。
「陛下と第一王子、第二王子と聖女様達をすぐに安全な場所へ。ここの指揮は私が執ります。警備以外の騎士の出動も要請して、まずは参加者と出席者の名簿をつき合わせてください」
周囲の騎士達は、いつもと全然違う第三王子の様子に驚きながらも指示に従いだす。
イオさんが私の側にかがむ。
「アンズさん、立てますか?騎士達と移動してください」
私に聞くイオさんの顔は、蒼白だ。
「はい、たぶん。イオさんは大丈夫ですか?」
いつもと違うイオさんに、騎士達同様、私も面食らいながら聞く。
「まあ、何とか。私がやるしかありませんからね。兄上の真似です」
真っ白な顔で、フェンデル王子を見るイオさん。その瞳が心配そうに揺れる。
「フェンデルなら、もう大丈夫っす」
「ありがとうございます。リサ様も、この会場は安全ではないので移動してください。先ほどのレディが単独犯とは限りませんし、アンズさんだけを狙ったのかも分かりません」
「でも、じゃあ、イオさんは?」
「私は第三王子です。替えがききますので、私はここに」
今にも倒れそうな顔のイオさんだ。
替えがきくって、イオさんに何かあるのも私は嫌だ。それにこのままでは、何もなくても卒倒するんじゃないかしら。
「何か、手伝います」
「いえ、結構です。そんな状態では、かえって皆が怯えます」
倒れそうなイオさんは、私の提案をきっぱりと拒絶する。
私は自分を見下ろす。ローブと手が血まみれだ。
リサちゃんも同様で、私達がここに長居するのは恐怖を助長させてよくない、出来る事も少ない。
イオさんの事は、とても気がかりだったけれど、私は騎士達に誘導されて、会場を出た。
***
城の奥、ガチガチに警備の固い王族達の居住エリアの客室にと私は案内される。
他国の王族なんかが泊まるやたら豪華なお部屋にて、ローブを脱ぎ、湯浴みをして、服を着替えた。
ダークブロンドの令嬢が狙っていたのは、私だったようなので、着替えた後は、騎士の方達に簡単な取り調べも受ける。
あのレディは誰だったのかしらね?
何度思い返しても見たことがなかったと思う。
私にいろいろ質問してくる騎士達も、詳細は知らないのか、「あの方はどなたなんですか?」という問いには曖昧な笑みしか返してくれない。
取り調べが終わる頃、侍女達がやって来た。
「本日はこちらでこのまま、お過ごしください。カサンディオ侯爵様にも紫黒の聖女様がこちらにいらっしゃる事をお伝えしております」
途中から予想はしていたけれど、侯爵邸には帰れないみたいだ。
「侯爵は今どこに?」
「夜会の会場だと聞いております。落ち着き次第、来られるでしょう。軽食を召し上がりますか?」
私は軽食をお願いする。
ほどなく、食事が運ばれてきたので、テーブルに置いてもらい、後は大丈夫、と言って下がってもらった。
「はああああぁ」
長いため息とともに、私はソファに座り込む。
疲れた……、へとへとだわ。
朝からの、顔見せに夜会に大神官に刃物沙汰、死にかけのフェンデル王子。
もはや、広場での顔見せが遠い過去だ。
お昼からは、お菓子をつまんだくらいで、ほとんど何も食べてないけれど、お腹は空いてるのか空いてないのかよく分からない。
分からないまま、何となく持ってきてくれた食事を食べる。
食べ終わるとやる事がなくなり、私はぼんやりとそのままソファに座った。
体はへとへとなので、寝た方がいいのだろうけれど、気持ちは落ち着かなくて眠れそうもない。部屋だって豪華過ぎるし。
結局、あのダークブロンドの令嬢は誰だったのかな?という疑問に、あの後、イオさんは大丈夫だったかな、フェンデル王子は目を覚ましたかな、という心配も出てきて悶々と過ごしていると、夜半に部屋の扉がノックされた。
「はい」
返事をすると、特に名乗られもせずに扉が開いて、見慣れた黒髪の夫が入ってきた。




