85.よく来てくれた
どうも、アンズです。
ふうーーー、私は今、緊張している。
この日の為に特別に誂えてもらった、濃い紫色の式典用のローブに身を包み、外の喧騒を聞きながら、迎賓館のふかふかした椅子に腰かけて緊張している。
「大丈夫か?」
騎士の正装姿のグレイが私の肩にそっと手を置く。
「ええ、はい、まあ何とか」
無理に笑顔を作りながらちらりと外を見ると、広場はすごい人だ。
あれに挨拶して、微笑んで、手を振るのかあ。
足が震えるんじゃないかしらね。
「バルコニーには共に出られないが、俺はすぐ後ろにいるから」
微笑むグレイ。
そうですよ。
今日は、国民の皆さまに王族と聖女がそろって挨拶をする、顔見せ、の日ですよ。
都の中心の広場には、朝から大勢の人達が詰めかけていて、私は今、その広場にある迎賓館の控室にて控えている所。
グレイは家族兼護衛という事で、側に付いてくれている。バルコニーにはフェンデル王子のエスコートで出るのだけど、近くにグレイがいるのは心強い。
「いいなあ、私も結婚したくなるっすね」
私の向かいで、やっぱりふかふかの椅子に座るリサちゃんが私とグレイを見て言う。
リサちゃんは夜明け前の空の色、薄い水色のローブに身を包み、本日もとっても可憐だ。
つい先ほど、この控室にて久々の再会を果たして、散々、瘴気の原因を閃いた事について「ほんと、大卒は賢いっす!」と褒められた。
疲労でダウンしていた、と聞いていたけれど、すっかり回復しているようでひと安心。
前回、凱旋パレードまでしたリサちゃんは全然緊張してない様子で、さっきからグレイと一緒になって、飲み物やお菓子を私に勧め、他愛もない話をして気遣ってくれている。
「私も誰かもらってくれないかなあ、どうっすか、長官」
これもきっと私の気を逸らすためだろう、リサちゃんが、背後の禍々しい男を振り返り、すごい提案をした。
わお、リサちゃん、大丈夫かしら?
「よかろう」とか言われたら、きっと今日中には婚姻の誓いをして捕らわれるわよ。
その人は、それくらいは出来るし、する男よ。なんせ魔王なのよ。
「聖女様に食指は動かんな」
すぐに地獄の底から返事が返ってきた。
あ、もちろん、これはワーズワース長官ね。
王族全員に聖女のセットなんて、もうこれ以上ないだろう、っていう国の最重要人物達なので、魔法部長官御自らが護衛なのだ。
「ひどいっすねー」
リサちゃんはカラカラと笑う。
どうやら、ワーズワース長官とリサちゃんは、思ったよりも気を許しあってるみたい。
そして私の背後からは、リサちゃんと長官のやり取りを聞いて、悲愴感が伝わってくる。
ええ、私の背後には、緊張で吐きそうなイオさんをさすさすしてあげているフェンデル王子がいるはずなのだ。
背中に感じる、ひんやりと湿っぽい空気。
もう、可哀想で後ろは見れない。
リサちゃんは、フェンデル王子が入ってくるなり、つーんと横を向いていて、まだ許してはないようだ。
許してはない、というよりも、許すタイミングを逃してしまっている感はあるけどなあ。
案外、ずばっと男らしく謝れば絶交を解消してくれるんじゃないかしら。
ちなみに、控室にはまだ、私とリサちゃん、グレイとワーズワース長官に、イオさんとフェンデル王子しか入っていなくて、リサちゃんは伸び伸びといつもの口調で話している。
リサちゃんが魔王に身を捧げようとしたのと、可哀想なフェンデル王子に気を取られて、緊張が少し和らいだ私は用意されているお茶を味わった。
やがてカイザル第一王子が奥方と入られ、国王陛下と妃殿下も揃われた。
リサちゃんもお澄ましモードに戻る。
1回目の顔見せの時刻も近付き、広場の群衆から「聖女様~」「アンズ様~」「リサ様~」とお声がかかりだす。
ひええ、私も呼ばれている。いよいよだわね。
再び高まる緊張。
「アンズ殿、倒れそうになったら、私が支えよう、存分に頼ってくれ。さあ、行こうか」
顔色をなくした私に、悲愴感より復活したフェンデル王子が力強く言う。
差し出された腕に掴まると、がっしりと安定感があってほっとした。
今度はグレイから負のオーラを感じるけれど、それどころじゃないので、私はフェンデル王子にしっかりと掴まって、バルコニーへと向かった。
こける訳にはいかないのだ。
合図のラッパが鳴り響く。
私達が一斉にバルコニーに出ると、どおおっと広場が揺れた。
空気がびりびりして、地面が揺れる。早速よろめく私をフェンデル王子が支えてくれた。
バルコニーから見下ろす広場は、びっしりと人で埋め尽くされている。
人、人、人、だ。
皆さん期待に満ちた眼差しでこちらを見つめていて、紫黒の聖女と黎明の聖女のカラーである、紫や水色を身に付けている人が多い。
とてつもない数の視線に晒されて、肌がちくちくする、早くも引っ込みたいわよ。
歓声が続く広場を、国王陛下が片手を上げて宥める。さすが国王、人々が静かになり、よく通る声で国王が何やら喋りだした。
せっかくのありがたそうなお言葉だけど、私の頭は真っ白で、その内容は全然入ってこない。
たぶんだけど、「この慶ばしい日を」とか「2人の聖女の奇跡の力によって」とか「王室は聖女と共に」とか話しているんだろう。
お言葉が終わると、わあっと歓声が上がる。
再びラッパ。
「アンズ殿、笑顔で手を振るんだ」
フェンデル王子が囁き、とにかく笑顔らしきものを作って手を振る。
広場が再び、どおおっと揺れた。
ひいい、くらくらする。
フェンデル王子のリードの元、体の向きを変えて広場に集まってくれた方達にまんべんなく手を振る。
「アンズ様~!!」「紫黒の聖女様~!!」
手を振り、笑顔を向けるとすごく嬉しそうにしてくれてドキドキしてしまう。
「アンズ様~、ありがとうございます!」
お礼を言ってくれる人も多い。皆、とても嬉しそうだ。親に肩車された小さい子供なんかも紫のハンカチを振ってくれている。
瘴気の正体が分かり、その根本的な解決への光が見えた事は、この国の人々にとって本当に歴史が変わる事なのだ。
「アンズ様!来てくれて、ありがとうございます!」
そんな言葉も聞こえてきて、こっちに来た当初はおまけ扱いだった私はちょっと、うるっとしてしまう。
そんなうるっとした私に、フェンデル王子が小声で告げた。
「アンズ殿、ずいぶん遅くなってしまったが、私からも言おう。よく来てくれた」
このタイミングでそれは、泣いちゃうから止めて欲しい。こういう時はしっかり王子だな、このやろう。
私は、なんとか涙を堪えて、手を振った。
そんな、顔見せ、を広場の人を入れ替えて、朝から昼過ぎまで3回やった。
途中からは、手の振り方が分からなくなるくらい、手を振ったわよ。
あああーーーーー、疲れた。




