83.露見する恋心
「イオ……?」
フェンデル王子がびっくりしている。
ぶうーん、と小さなハナムグリが飛び立って、私は頭を低くした。
「何をしてるんですか、と聞いてるんです」
相変わらず険しいイオさん。
「いや………ローザの髪にハナムグリが付いていたので、取っただけだ」
イオさんは、つかつかとフェンデル王子に近づくと、ぐいっとローズに触れていた手首を掴んだ。
「ローザ、じゃなくて、ローズ、です。気安く彼女に触れないでください」
「あ、ああ、すまない。ローザとはいえ、虫は怖いかと思ってな」
「兄上、ローズです」
どすが利いてくる、イオさんの声。
「うん?」
「ローザ、じゃなくて、ローズ、です」
「え? ローズ? ローズだったのか? ローズ! なぜ言わない、私はずっと、ローザだとばかり……いやはや、すまんな、ローズだったか、ローズ」
「兄上!」
「うわ! 今度はなんだ?」
「何度も彼女の名前を呼ばないでください! おまけに、ローズって呼び捨てじゃないですか!」
ぎりぎりと、フェンデル王子の手首を強く掴むイオさん。痛そうだけど、フェンデル王子はそれを気にする余裕がないくらいに驚いてる。
「……………… ああ、えーと、うーむ、分かった。イオ、お前……」
ひとしきり驚いたフェンデル王子が、何かに気付いた顔をして、イオさんをまじまじと見た。
うん、気付くよねえ。
これで気付かなかったら、かなり鈍いわよね。
もちろん、渦中のローズも、ローズにしては珍しく、目を真ん丸にしてイオさんを見上げている。
これは、バレたわね。
ばっちり、恋がバレたわよ、イオさん。
イオさんはというと、自分を見るフェンデル王子の顔にはっとなって、掴んでいた手を離した。
そこで、目を丸くして見上げているローズにも気付く。
みるみる真っ赤になるイオさんだ。
「あっ、ローズさん、すみませんっ、勢いで私まで呼び捨てにしてしまって、あのっ」
じりじりとイオさんが後ずさる。
「あのっ……」
まだまだ赤くなるイオさん。
見ない方がいいのかな、とは思うけど、ここで目を逸らすのも変だし、私とローズとフェンデル王子はとりあえず、イオさんを見守る。
「あのっ……」
今度は白くなっていくイオさん。
大丈夫かしら?
「とっ、あっ、しっ、失礼します!!」
逃げる事にしたイオさん。
くるりと踵を返すと、すごい勢いで走っていってしまった。
「…………」
「…………」
「…………」
後に残された私達。
「えーと?」
口火を切ったのはフェンデル王子だ。
王子は私とローズを交互に見た。
「その……アンズ殿は、知っていたのかな? イオの想いを」
フェンデル王子がまず私に控えめに聞いてきた。
「はい、たまたま、というか、行き掛かり上というか、ですが」
「そうか、ローズ……嬢は、今、知ったということか」
「そうみたいですね」
2人でローズを見ると、今度はローズが、はっとなる。
ローズは、ぱちぱち、と2回まばたきしてからフェンデル王子に頭を下げた。
「申し訳ございません。身分は弁えておりますので、心配なさらないでください」
いつものローズの隙のない声だ。あんなに目を真ん丸にしていたのに、完璧に動揺を押さえこんでいるのはさすがだ。
「えっ、いや、なぜ謝るのだ? 完全に愚弟の片思いだよな?」
「知らずに、私の思わせ振りな態度があったのでしょう」
言い切るローズ。
いやいやいや!無かったよ?
「いやいやいや!あなたに限って無いだろう」
私の心の声とフェンデル王子の突っ込みが、きれいに被る。
「いいえ、でも、」
「いいんだ、思わせ振りだったとして、引っ掛かるイオが悪い。思わせ振りだったとしてだが………えー?絶対、無かったと思うぞ?」
ローズを見て首を傾げるフェンデル王子だ。
どこからどう見ても、言い寄る隙なし、のローズ。
思わせ振りなんてあった訳がない。
「正直、どこでどうやって、と思ってしまうな。いや、ローズ嬢は十分素敵な方だが、見込みゼロのとこに普通いくか?」
フェンデル王子が頭を抱える。
「それにしても、はあ、それにしてもだなあ。あいつ、大丈夫だろうか」
「殿下、本当にお気になさらないでください。先ほどお伝えしましたように、身分は弁えております」
「あー、うん、そこは気にしてない。身分なんていかようにもなるからな。私もだが、イオもいずれは王位継承権は放棄するし。私が気にするのは、身分ではなくてだな…………これ、どうやって落とすつもりなんだ、という心配だな」
「落とす?」
「いいんだ、ローズ嬢は気にしないでくれ。弟を想う兄の独り言だ」
ふるふると首を振り、フェンデル王子は「無理だよなあ」「いっそ、母上に相談……いや、ダメだな」「でも、失恋するあいつを見るのはなあ、立ち直れるのか?」などと、ぶつぶつ言う。
自分が絶賛失恋中なだけに、他人事ではないみたい。
「殿下?」
「ああ、すまない、何でもない」
「そうですか、そして、殿下。私は虫は平気ですので、次回からは口頭でお伝えください」
「あ、うむ、分かった……えー、これ、無理だよな」
「ご無理ですか?」
「いや、いいんだ。ひたすら弟の辛い未来を想像しただけだ。昼休みも終わってしまうな。もう行こう。アンズ殿、また、相談させてくれ」
「えっ、はい」
相談って、イオさんの事かしら?
私も、どうやったらローズを落とせるのかなんて見当もつかないわよ。
何て思ってる間に、フェンデル王子は「では、また!」と爽やかに去っていった。
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