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8.フローラちゃん見参


サイファがフローラちゃんを呼びに行ってから、半時程経ち、家の前に馬車が止まる音がした。

私とロイ君はすぐに玄関へと向かう。

フローラちゃんにどうやって説明しようかな、まずはこの結婚は気にしてくれるなって事と、昨夜は何も無かったよ、と伝えてあげて、それから、、、、とか何とか考えていると玄関の扉が開く。

私の目にまず飛び込んで来たのは深紅の布だった。


「お待たせ致しましたわね!お招きいただいたフローラ・ライズですわ!」

ばばーん、と、フローラちゃんは我が家の小振りな玄関ホールに現れるなり、高飛車な態度で言った。


亜麻色の弛いウェーブがかかっている豊かな髪の毛をハーフアップにして、勝ち気そうな黄緑色の目をきりきりと吊り上げている。

髪の色も目の色も、ロイ君から聞いていた通りだ。


でも、その戦う気満々の深紅のドレスと態度は一体何かしら、何か誤解があるような、、、、と思っていると、フローラちゃんは一気に捲し立ててきた。


「奥様には余計なご心配をおかけしてしまったようですわね!そのロイという男、私とはもう縁は切れております。私としてはロイがしつこくて困ってますの、いつまでも未練たらしくして、こちらは遊びだったと何故気付かないのかしらね!本当にうんざりです。

私としてはもう顔も見たくもありませんし、うちからメイドを斡旋させていただいたのも、手切れ金のようなものでございます!今後一切関わりは持ちませんことよ、のしを付けて差し上げますわ!優しいだけが取り柄の男ですから、きっと穏やかな結婚生活が送れる事でしょうよ!オーホッホッホッ!!!」


ものすごい高笑いを響かせて、フローラちゃんはふんぞり返った。


えっ、聞いてた話と全然違うよ。こんな特殊な子だとは聞いてないよ。

そして、ロイ君と遊びだった、ってどういう事だ。


私は慌ててロイ君を見る。ロイ君は目を点にしてフローラちゃんを見ていた。

どうやら、フローラちゃんの様子はいつもと大分違うらしい。

そう思って見てみると、高飛車な様子は明らかに芝居がかっているし、キャラも変だ。

私は脳内で、素早く仮説を組み立てる。


→①私からの呼び出しで、フローラちゃんは慌てた。


→②フローラちゃんは、きっとロイ君が私に何か失礼をしたんだと考えた。(初夜で最中にフローラちゃんの名前を呼んだとか、そもそもちゃんと出来なかったとか、寝言でフローラと呟いたとか)


→③これはいかん、何とかしてロイ君を助けないと、とフローラちゃんは奮い立つ。


→④フローラちゃんは、自分が憎まれ役になって、何とかロイ君だけは許してもらおう、と考えて、小芝居を打つことにした。


ピーン!

そうだ、きっとそうだ。だって時々フローラちゃんの瞳がロイ君を見て苦しげに切なげに揺れているもの。

そして、その背後のサイファの何とも言えない微妙に辛そうな顔。あれはきっとサイファのものすごい辛い時の顔なんじゃないかな、表情に乏しそうな子だし。

こんな下手な芝居まで打つフローラちゃんを、見てられないんだと思う。


「オーホッホッホッ、では、そういう事ですので、私はこれで」

やりきった感を出してフローラちゃんは最後にそう言うと、さっと深紅のドレスの裾を翻したので、私は慌ててその腕を掴んだ。


「待って、待ちなさい」

振り返ったフローラちゃんがびっくりしている。


「な、何ですの?お茶も何も要りませんことよ!」

「いや、そうじゃなくて!ちょっとロイ君!しっかりして!」

私が呼び掛けると、目が点だったロイ君の焦点が合った。フローラちゃんを見るその目は慈愛に満ちている。


そしてフローラちゃんは、私の“ロイ君”呼びに腕をびくっとさせて身を固くした。

あああ、違うよ!親密なヤツじゃないよ、下宿の大学生呼びなんだよ!

と言い訳したいけど、今はそこじゃない。


私はぐいぐいとフローラちゃんを引っ張って、ロイ君の側まで連れて行き、その手をロイ君の手に握らせた。

「ほら!あっちで2人で話しておいで!」

ダイニングを指差してそう告げる。


「えっ、あの」

「アンズさん、ありがとうございます」

びっくりして、つり上がっていた目が元に戻るフローラちゃんに、覚悟を決めた男の、キラキラした顔のロイ君。

ロイ君が「フローラ、ちょっと来て」と、戸惑うフローラちゃんを連れて行った。



私とサイファは、ホールで立ったまま待つ。ダイニングの扉は開けたままなので、内容までは聞こえないけどロイ君とフローラちゃんのやり取りの様子は聞こえる。


フローラちゃんの「どういう事っ?」「何それ?」「えっ?」みたいなやつがしばらく聞こえてきて、その度にロイ君がせっせと説明しているようなのがうっすら聞こえてくる。

やがて、説明のクライマックスが来て、どうやらロイ君がちゃんと「待っててほしい、誰にもフローラを渡したくない」みたいな事を言ったようだ、ちゃんとは聞こえないけど、雰囲気で。

そしてそれから、ぐすっ、ぐすっとフローラちゃんの、べそをかく音が聞こえ出した。


よし!これは待っててくれる流れでは?

「バカ、、、待ってる」とか言ってるのでは!?

と私はぐっと拳を握りしめる。

私の横でサイファも拳を握っていて、その口元はニヤリと笑っている。何だか悪そうな笑顔だけど、もしかしてこれは嬉しい時の顔なのかも、、、、などと思っていると、ダイニングはしーんとなった。


おおっ、これはきっとロイ君が優しくフローラちゃんを抱き締めているに違いないと、ニヨリと口元が弛んでしまう。サイファを見るとさっきより悪そうな笑顔になっていた。どうやら私と同じ想像をして、私と同じくニヨリと喜んでいるみたいだ。

かなり悪そうな笑顔だけど。完全に「お主もワルよのぉ、ぐふふ」と言ってる笑顔だけど。


何とかニヨリと弛んだ口元を直した所で、ダイニングから2人が出てくる。


ほっとした様子の大人びたロイ君に、さっきとはうって変わって、顔を赤くして、目を潤ませてすっかり可憐な様子のフローラちゃん。


きゃー、上手くいったのね!


「待っててくれるって?」

逸る気持ちを抑えきれなくてすぐに聞いてしまうと、ロイ君が照れ笑いをしながら「とりあえず1年、待っててくれるって」と答えた。


やん、もう、意地っ張りめ!1年だなんて、ずっと待つつもりのくせにぃー。

私はまたニヨニヨしながらフローラちゃんを見る。

「良かったあ」

「はい、お話は聞かせていただきました、本当に良かったです」

サイファがやっぱり、ニヤリとしながらそう言った。

「えっ、サイファは内容まで分かったの?」

全てを承知した様子のその言葉に驚いて、小柄なメイドを見ると、サイファは無表情に戻ってから答えた。


「私、耳はかなりいいんです」

「地獄耳」

「ジゴクミミ?カッコいいですね、ありがとうございます。そして、改めて本日より、よろしくお願い致します、アンズ様」

サイファは再度そう言うと、今回は私に悪い笑みを向けてからぺこりとお辞儀をした。これきっとサイファ的には、にっこりしたんだろうな。



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