78.かき回す魔王
引き続き、ロイ君視点です。
リサ様がワーズワース長官に連れ去られ、そこに残ったもの。
忘れないであげてほしい、そう、隠れて見ていたフェンデル第二王子殿下だ。
本当に悔しそうというか、辛そうなフェンデル王子がそこには残されている。
目の前で好きな子が他の男に連れ去られたのだ、きっと全身が焼けるようだろう。
僕だって、いつぞやアンズさんに、
「そろそろ傷心のフローラちゃんを狙って男達が動きだすよ。ロイ君が惚れるほどのいい子だからね、すぐ取られるよ、傷心だから変な奴に持っていかれるよ」
と言われた時は、想像するだけで嫉妬に狂いそうだった。
王子がぐっと拳を握りしめ、耐える様を見て、何だか可哀想に思えてしまう。既に振られているから、指をくわえて見てるしか出来ないのだ。
さっきのリサ様の長官への態度は、男としてではなくて、頼れる大人への態度だったと思うけどな(たぶん)、長官は確か、40才は越えていて、リサ様は17才、あり得ない年齢差ではないけれど、恋愛には発展しにくい年齢差じゃないかな(たぶん)、と慰めてあげたいけれど、相手は王子だし、気安く声をかける訳にはいかない。
声はかけれないけれど、何となくただ見守っていると、僕の視線を感じたのか、フェンデル王子がこちらを向き、目が合ってしまった。
「……あ」
「……そなたは、確か、アンダーソンだな」
名前を呼ばれてびっくりする。
「はい。ロイ・アンダーソンです、殿下」
「いつぞやは、迷惑をかけた。妻君とは幸せにやっているか」
再び、びっくりだ。あの第二王子が僕の名前に加えて、フローとの事をちゃんと覚えている。
「はい」
「そうか、何よりだ」
元気のない笑顔でそれだけ言うと、フェンデル王子は去っていく。
「あのっ」
寂しげな背中に思わず声をかけてしまった。
王子が振り向く。
「……仲直り、出来るといいですね」
「はは、優しい奴だな、聞いていた通りだな」
フェンデル王子は、力なく笑い、ひらひらと手を振って行ってしまった。
それからしばらくして、連れ去られたリサ様は、やっぱりワーズワース長官に小脇に抱えられて何やら大興奮で戻られた。
そして「ええー、もう行っちゃうんすか?」と不満そうなリサ様を残して、ワーズワース長官は団長の元へとやって来る。
やって来た長官は団長と隅の方で、低い声同士でごそごそ話す。団長は何やらずっと渋い顔だ。
どうやら、土と水採取からの一連のバタバタと関係ありそうだ。
団長が渋い顔という事は、やっぱりアンズさんが絡んでいるのかな。
「その発表、俺が帰るまで待てないか?何かあっては困る」
団長が渋い顔のまま言う。
「無理だな、俺の一存ではない」
「しかし、」
「昼からの半日は俺が預かっている、心配はいらん」
「預かる?どういう事だ」
「そのままだ、関わってみるといい女だな。細やかな気配りが出来て、気骨もある。よく見ると、美人だ」
「おい、何を言っている」
団長の声が長官ばりに低くなる。
「魔法使いどもと夜を明かすとはな、部外者であんな事したの初めてじゃないか?」
「…………は?」
「口説いてみたら振られたしな」
「口説いただと?」
何やら雰囲気が剣呑になってきたので、僕は2人から距離を取った。
魔王と団長の喧嘩に巻き込まれるは避けたい。
周囲の騎士も2人から距離を取る。
いい女って、きっとアンズさんの事だよな。
アンズさん、魔法使い達と夜を明かしたって何ですか、そしてワーズワース長官に口説かれるなんて、一体何してるんですか。
僕は、はらはらしながら横目で2人を見る。
長官は何やら楽しそうだ。団長を揶揄かってるだけなのかもしれない。だったら止めて欲しいなあ。
現場を男をかき回すだけかき回して、ワーズワース長官はその日の内に帰った。忙しい人だ。
そして長官の来訪以降、俄然、機嫌が悪くなる団長だ。
ため息も多いし、眉間にはずっと皺が寄っている。
やりにくい、現場は何とも言えない緊張感に包まれていて非常にやりにくい。
ただ、魔物の掃討はというと、長官来訪以降、団長とはうって変わって上機嫌で絶好調のリサ様によって随分と楽になった。
リサ様の浄化魔法の威力が格段に増していて、魔物の力が弱まり、とてもスムーズに進んでいるのだ。
魔王に拐われた時に、浄化魔法のコツを教えてもらったらしく、「奥義を伝授されたのです」とリサ様はにこやかだ。
南央部の瘴気の山場の1つだったこの村は、予定より早く、もう少しで終わりそうだ。
ここを終えたら、僕達第一騎士団は帰還の予定で、引き継ぎの騎士団は都を既に出発しているらしい。
そして、引き継ぎの騎士団が都を発ったと聞いた数日後、僕達は土と水の採取の意味と、ここ最近の上層部のバタバタの理由を知る事となる。
遠征の現場に号外が駆け巡ったのだ。
「号外だってよ!」
都より1日遅れだといって、配られた号外。
それは、瘴気の正体が下水に含まれた魔法の残渣である事と、その発見のきっかけは、紫黒の聖女の助言によるものだった、という内容のものだった。
「えっ! アンズさんが!?」
配られた号外を読んで、僕はびっくりする。
そこには確かに、“紫黒の聖女、アンズ様が瘴気は都市の下水が原因ではないか、と提唱され……”と書いてある。
ええ!?
すごい!
すごいけど、いつの間に瘴気の究明に関わっていたんだ?
「水だったのかあ!」
「しかも、下水が原因」
「さすがは紫黒の聖女様だな!」
「ああ、素晴らしい!正に叡知の聖女だ」
「団長の奥様だよな?」
「王都ではすごい騒ぎらしいぞ」
「機嫌が悪かったのって、このせいか?」
「このせいだろうなあ」
沸き立つ騎士達。
そして、いろいろと納得する騎士達。
「そうなんですよぉ、アンズさんが気付いたらしいですよ、水だ!って」
こちらはリサ様だ。
号外が配られ、リサ様は野営地内で誇らしげに言って回っている。
実はリサ様はワーズワース長官から事前に号外の内容を聞き、これまで大気に働きかけていた浄化を、地面に働きかけるようにした事で、その威力が格段に上がっていたらしい。
王家が正式に発表するまでは秘密だと言われて、言いたくて、言いたくて、堪らなかった様子。
フローが言うには、リサ様とアンズさんは仲良しらしいので、友人のお手柄を自慢したくてしょうがなかったみたいだ。だから、あんなに上機嫌で絶好調だったんだ。
リサ様のアンズさん自慢の決め台詞は、
「なんせ、大卒っすからね!」
で、よく分からないが、賢いという意味らしい。
そんな賢いアンズさんの助言を受けて、リサ様の浄化魔法の威力も上がり、そのお陰でこの現場もそろそろ解決する。
明日には、引き継ぎの騎士団も到着するようだ。
現場の引き継ぎをして、帰りの出発は明後日くらいになるだろうか。
帰りはきっと強行軍になるんだろうな、とじりじりしている団長を見て、僕は思った。




