76.とにかく賢くなるらしい
どうも、アンズです。
ふうーーー、ここの所、私の名声が凄い。
ええ、凄い。
王家が瘴気の正体について発表してからというもの、瘴気の正体の発見に大きな一歩を与えた聖女様、という事で人気がなんせ凄い。
葉書大の紙に印刷された肖像画は飛ぶように売れ(賢くなるご利益があるらしい)、神殿の開かずの部屋には見学者が殺到し(箸を触るとやっぱり賢くなれるらしい)、聖女印の飯ごうも品切れ状態の人気(これで炊いたインを食べると、もちろん賢くなるらしい)。
ドキドキするわね。
なんせ、賢くなるのよ。
大丈夫かしら、ならないわよー。
何なら、本人はそんなには賢くはないわよ。そりゃ、まあ、勉強はちょっと出来る部類ではあったわよ。でもそれだって、クラスで頭いい方だよね、くらいのやつなのよ。
あいつは天才だよ、っていう人ではないわよー。
開かずの部屋も、瘴気への閃きも、前の世界の知識があったからこそのものなので、私としては、こんなに持ち上げられて申し訳ないくらいだ。
侯爵邸や、城の魔法部、図書室にもお礼の手紙にお品がたくさん届いていて、お城には「是非、紫黒の聖女様をひと目見たい!」みたいな嘆願もたくさん来ているようだ。
王家では、南東部の遠征が終わり次第、私とリサちゃんとでパレードする案も出ているようで…………。
「パレードは嫌だなあ」みたいな事を、相談に来られたカイザル王子に頑張って伝えたのだけれど、微笑まれて終わってしまった。
うう、早く、グレイに帰ってきて欲しい。
パレードは阻止して欲しいなあ。
魔法部では、最近、魔王、じゃなくてワーズワース長官の圧も強い。
何かと私の隣に座り、いろいろ話しかけられるし、スケジュールはばっちり把握されている。
ドキドキするから止めて欲しい。
ときめくんじゃなくて、恐怖の方で。
カンナちゃんは、「長官のあれは、アンズさんを心配してるんですよ」と言うけど本当かしらね。
とにかく私じゃ、王子とか長官とかとやり取りするのは無理だ。
うう、心細いよぅ。
グレイは予定通りなら、あと2週間程で帰ってくる筈だ。
ほんと、早く帰ってきて欲しい。
そんな名声を得て、心細い私の日常だけども、日々の様子はそんなに変わってはいない。
午前中は古代魔法研究室にて、午後は魔法部にて、せっせと魔法文字を読んでいる。
お城でも、それなりに騒がれてはいるのだけれど、私の周りにはいつも第三王子であるイオさんか、魔王であるワーズワース長官がいるので、気軽に寄って来れないようで、これは助かっている。
あら?こうやって考えると、やっぱり魔王は私を気遣ってくれてるのかしら?うーむ、どうかしらね。あの人、全然、表情読めないから謎よね。
何にせよ早く、賢いフィーバーが収まって欲しいな。
さて、そして魔法部での私は、こまごまと魔法部のお手伝いをする事も増えている。
魔法部は相変わらず忙しいからだ。
瘴気の正体を突き止めた今、次なる課題はその対策。
どうすれば、この魔法の残渣を下水から取り除けるか、を魔法使い達は全力で解明中なのだ。
私には意味不明の、でも何だか数学とか物理の匂いがする魔法式なるものをガリガリ書いて、ナニか(何かは、もはや分からない)を作り上げ、なにやら試しては、また魔法式を組み立て直す。
その傍らで、せっせと、ナニか(もちろん、何かは私には不明)を記録して、何やらについて報告し、水の中の残渣らしき物を取り除こうと必死だ。
これらは、幾つかのチームに分かれて、チームごとにアプローチの仕方を変えているらしい。
磁石っぽいのでくっつけようとしたり、細かい網で取ろうとしたり、みたいな感じ。
魔法使いさん達は使命感に燃えていて、今日も魔法部は熱い。
やっぱり、どう考えても、今回の発見は魔法部の功績だよねえ、と私は思う。
なので私は魔法部にいる間は、ことあるごとに彼らを労い、私宛で届くお礼の品は全て魔法部で使って欲しい、と言ってある。
「アンズさんは、本当に聖女様だったんですねえ」
そんな私にカンナちゃんは呟く。
「えっ、本当にって何?」
「魔法部に来た時は、とても話しやすくて、何だか近所のお姉さん、みたいなノリで話してたんですけど、ここ最近は、あまりの高潔さに、ああ本当に聖女様なんだなあ、と思い知ってます」
「ええー、カンナちゃんまで止めてー、高潔とかじゃないわよ。ほんと、今回のいろいろは運が良かっただけだし」
「アン、運だけでここまでにはなりせんよ。あなたの前の世界での経験と、こちらに来てからの努力、そしてその人柄でこうなったのです。謙遜は美徳ですが、卑下はよくありません」
びしっと横からローズが言い切る。
「そうですよ、アンズさん。あなたは私にとってのかけがえのない、唯一の素晴らしい人です」
こちらはローズに同調するイオさん。
イオさん、ローズの前でのそれは、誤解されないかしら?
心配してローズを見ると、ローズは、うんうんと頷いている。誤解はされてない様子。
「本当に、第三王子殿下の仰る通りです」
「ええ、私だけにではなく、この国にとってもはや替えがきかない人です」
「そうですよ、アン。あなたのその柔軟な考え方が、今回の閃きを生んだのですよ。もう少し自覚を持ちましょう」
誤解どころか、私への信望で結束もしているわ。
「「今回の事は全てアンズさん《アン》の実力によるものです」」
声が揃う2人。
「だそうですよー、アンズさん。私も同意見です」
続くカンナちゃん。
「何の話だ?」
響く魔王の声。
ひえっ。
グレイ、ほんと、早く帰ってきて欲しい。




