75.王子と魔王の襲来
私の閃きにより、魔法部が納期前の会社と化してから3日後、私は侯爵邸の応接室にて、賓客二人をお迎えしていた。
すごい圧のお二人を。
のんびりお休みを満喫していたのに、どうしてこんな事になったのかしらね?
いやな汗をかきながら思い起こしてみる。
えーと、そもそも魔法部での徹夜明けの朝、ヘラルドさんがイオさんにぶちギレたのだ。
「ご婦人を家に帰さず、こんな所で一晩中こき使い、雑魚寝させるなんてどういう事ですか!?魔法使いの方達は特殊なんですよ?アンズさんを一緒にしないでください!」
怖かった。いつも穏やかな人が本気で怒ると怖い。
そして、ヘラルドさんは休息日の分と徹夜に付き合った分とで、イオさんより私の休暇を3日もぎ取って帰ってきたのだ。
私はヘラルドさんに馬車で、「あんな男性だらけの仕事部屋で雑魚寝なんてしてはダメです。アンズさん」とこんこんと諭され、屋敷ではセバスチャンに、「奥様、連絡くらいはして下さい。どれだけ心配したかお分かりですか?」と凄まれ(絶対、凄んでいた。怖かったわ)、ほぼ徹夜明けだったその日はうとうと昼寝したりして過ごした。
翌日もまったりピアノなんか弾きながら過ごし、そして、本日、何しようかなー、なんて思ってると、朝から侯爵邸に来客があったのだ。
ええ、やたら豪華な馬車がわが屋敷にやって来て、そこからすごい人達が降りてきた。
カイザル第一王子殿下と、あの強面の魔法部長官であるワーズワース魔法部長官という、すごいビッグネームのお二人が。
屋敷の主人であるグレイはいないので、夫人である私がお二人をお迎えするしかない。
そもそもお二人は私に用がある、との事。
「ええぇ、それ、グレイが帰ってきてからじゃダメなの?」とセバスチャンに聞くと、悲しげに首を振られた。
そうよね、王子殿下だもんね。
ワーズワース長官も、長官な上に確か侯爵なのよね。
お帰りいただくなんて、無理よねえ。
という訳で、応接室にて私が対応し、お二人は人払いを所望され(そんなのやだやだ。でも、もちろん断れない)、私は今、たった一人で二人の圧を受けている。
多分だけど、セバスチャンはばっちりあの扉に張り付いて、聞き耳をたててくれてる筈だから、何かあれば助けてはくれると思うけど。
助けてくれるわよね?
信じてるわよ、セバスチャン。
ふうーーー。
私は覚悟を決めて、にっこりと向かいのお二人に微笑む。
金髪碧眼の本日も凛々しいカイザル第一王子は、もちろん王子の威厳を放っていて、こういう風に向き合うと緊張する。
そして、お隣のワーズワース魔法部長官。
これがね、怖いのよ。凄い圧よ?
魔法部にお邪魔してる時は、長官の席なんて遥か彼方だし、なんか凄そうなの居るなあ、くらいで済んでたけど、間近だとほんと怖い。
ワーズワース長官は、グレイを更に一回り大きくしたような隆々たる体躯の持ち主で、その胸板や腕はとても分厚い。魔法使いのローブよりも漆黒の甲冑が似合いそうだ。精悍な顔立ちのその左目は古傷により塞がれていて、どこからどう見ても、魔王みたいな外観の持ち主だ。
私は優男よりも、ワイルド系が好きだけれど、これはもはや魔王系なので、純粋に怖い。
本当に、何のご用なのかしらね?
「人払いをしていただき、感謝する。これから話す事は非公式でお願いしたい」
地獄の底から聞こえてくるような、低く唸るような声でワーズワース長官が言う。
「はい、そして、ご用件は?」
しまった、また挨拶をすっ飛ばしたわ、と思っていると、ワーズワース長官はニヤリとした。
「聖女様方は、話しやすくて助かる」
聖女様方?
リサちゃんの事かしら、リサちゃんの事ね。
リサちゃん、あなた、魔王とも知り合いなのね。
「では、単刀直入に。アンズ殿からの助言をいただき、早速、王都の下水を調べたのだ」
こう切り出したのはカイザル王子だ。
「まだ、兆しであるが、魔法の残渣のような物が検出されている」
「残渣?」
「ああ、魔法で呼び出した水や、魔道具を通したり洗った水には魔法の残渣のような物が含まれているようだ。都の下水は処理施設で汚れや濁りが取られた後、川へと流されているんだが、この魔法の残渣は処理されぬまま、川へと流されていた」
ごくり。
私は唾を飲み込む。
「……と、いう事は」
「そうだ、アンズ殿の読み通りだ、その残渣が瘴気の正体だと思われる。まだ発表出来るような段階ではないがな」
おおおおおお!!
ついに、瘴気の正体が!
凄い、やったじゃん!
これで、いろいろ、解決策が練れるじゃん!
「…………うわあ、良かったですね」
嬉しくなって思わずそう言うと、カイザル王子に眩しい物を見るような顔で微笑まれた。
くうっ、それは、ドキドキするから止めてほしい。
「他人事とはなあ……アンズ殿は本当に、何と言うか、欲がないな。ここは、自分の手柄を主張するべきではないか?」
「手柄?私のですか?」
「あなたが、下水が原因では、と言ったのは皆が聞いている」
「まあ、そうですが、私は閃いただけです。元になったデータや地図は騎士団と魔法部で作られたもので、下水を分析してその残渣の兆しを見つけたのも魔法部ですよ」
前の世界で勤め人だった私としては、今回のこれは、私1人の手柄では絶対にないと思う。チームの勝利的な?ワンフォーオール的な?
そういうやつだ。
私はイオさんに、閃きを告げた後は、雑用と炊き出しと毛布の調達くらいしかしていないし、翌朝にはちゃんと帰った。
私が帰った後も、魔法使いの皆様はいろいろ頑張ったに違いない。
「全て魔法部の功績にしても良い、という事か?」
これ、魔王の声ね。
「構いませんよ。何なら全て魔法部の功績でしょう?私には魔法の残渣なんて探せもしないです」
私の言葉に、カイザル王子が笑う。
「ふふっ、すごいな、しかも本心のようだ。リサ殿もそういう部分はあるな、あなた達は本当に素晴らしいが危うい。
今回の訪問は、発案者のアンズ殿に早めに結果を報告したかったのと、褒賞の事で相談するつもりもあったんだが、褒賞については、グレイが帰るのを待った方がよいな」
「褒賞?」
えっ?褒賞?
「ああ、この発見はこの国の歴史を変える。あなたは確かにそのきっかけを作ったんだ」
おおー。
何か、カイザル王子にびしっとそう言われると、すごくカッコよさげに聞こえるわね。
カッコいいぞ、私。しかしですね。
「でも、きっかけなんて誰でも作れます。長年の魔法の研鑽あっての、発見ですよ」
「はは、あなたと話していると己が小さく思える」
「神殿の開かずの部屋を開けた知識に、瘴気への考察、加えて高潔な人柄とは、まさに聖女だな。これは……カサンディオの小倅には勿体ないな」
これ、魔王ね。
カイザル王子は、こんな言い方はしませんよ。
小倅って、グレイの事よね。小倅……。
そして、魔王はぐいっと私へと身を乗り出す。
「あんなのつまらないだろう?止めて俺にしないか?」
ひいっ、迫り来る魔王。
いきなり色気も出してくる魔王だ。
「ええっ」
「うちも侯爵家だ、後妻になるが」
ぞくぞくする笑みを浮かべて魔王は言う。なかなかの色気と凄味だわよ、でも、魔王は無理よ。
「いえ、ちょっと、まお……ごほん。えーと、最近の私は年下好きでして」
私が、ざざざっと身を引くと、ワーズワース長官は大笑いして「冗談だ」と言った。
***
この訪問の2週間後、都の下水から魔法の残渣がきっちり検出された事、南東部の土や池の水からは、更に高濃度の残渣が検出された事、また、リサちゃんによる浄化が地面に手を置いて行うと格段に威力が上がった事、等を受けて、王家は正式に瘴気の正体について、下水に含まれた魔法の残渣が南部で土や池に蓄積された事が原因であると発表した。
そして王家は、この発見は魔法部の功績であるが、そもそもの発端は紫黒の聖女である私の助言があったお陰である、とも明言した。
ワーズワース長官。40才くらい、離婚歴あり、です。




