74.殺気だつ魔法部
魔法部、そこは何といっても、お城のエリート花形部署だ。
魔法と魔道具のあるこの世界だけれども、誰でも魔法が使える訳ではない。魔力が多くて魔法が使えるのは限られた人達で、その中でも、魔法使いになれる程に魔法を使いこなす人は、更に限られるらしい。
そして、魔法が使えるかどうかは遺伝の要素が強く、恐らく、昔魔法を使えた人々が力を付けて貴族となったので、高位の貴族ほど魔力も多いし、魔法が使える人も多い。
つまり、魔法部には地位とお金と才能を持ち、その上、幼い頃からの潤沢な教育を施されたような人々が主に勤めている。稀に平民出の天才なんかも居るけれど、多くは貴族出身の選ばれし者達だ。
とにかくのエリート集団だ。
因みにカンナちゃんだって、あれで深窓のご令嬢なのだ。
そんなエリート達が、私の仮説に目の色を変えた。
「「「!!!」」」
「今すぐっ! 今すぐに下水の処理施設に向かえ!!いや、俺が行く!水の分析出来る奴をすぐに連れて来い!!」
交代制なのに、年がら年中ずっと職場に居るらしい強面の魔法部長官さんが怒鳴りながら部屋を出ていく。
「地図!地図は?北部の都市の所在地を確認して、西に偏ってたかしら?」
「瘴気が濃かった場所も洗え!沼地や池の近くか?」
「遠征隊に伝令を飛ばして、すぐに現地の土と水を送ってもらわないと」
「伝令って休息日飛ばせます?」
「知るか!飛ばせ!」
「おいっ!水の分析出来る奴は?」
あっという間に騒然となる魔法部。
魔法使い達が慌ただしく動き出す。
「アンズさん!瘴気の発生箇所を、水場の観点から見直すの手伝ってください、凄いですね。瘴気の正体が分かるかも!」
カンナちゃんも興奮気味だ。
「いやー、カンナちゃん、まだ分からないわよ、ちょっと閃いただけだし」
私はというと現場の紛糾具合に、逆に不安になってくる。
確かに、言い出したのは私よ。
休息日に駆け込んで来て、イオさんに熱く仮説を伝えたのは私だけど、こんなに騒然とするなんて、思ってなかった。
聞いてないわよ。
もうちょっと、「なになに、なかなか面白い考えじゃないか」「うむうむ、それは検証してみようか、よっこらしょ」くらいの軽い感じがいいな。
これ、違ってた時、恥ずかしくない?
なんか、申し訳なくない?
「間違ってる可能性の方が高いと思うわよ?」
「いいえ!長官はこういうの、かなり勘がいいんですっ、あの長官があんなに興奮してるなんて、もう間違いないですっ。皆さんも、これは!ってなってるんですよ!私もですが!!」
迫り来るカンナちゃん。
待ってカンナちゃん、今や、魔法使いさん達の熱量に私は付いていけてないわよ。
私の熱さなんて、これに比べれば微熱みたいなものよね。いいえ、木漏れ日クラスだったわ。
辺りには「だから、地図は!?」とか「水の分析出来る奴って言っただろ!?」とか「長官!まずは処理施設に連絡を!」とか怒号が飛び交いだしていて、私は言い出しっぺだけど、早くも帰りたい雰囲気だ。
後は皆さんでよしなにやってもらいたい。
どこかで、やんわりフェードアウトかしらね、なんて考えていると、ぐわっと私の手が握られた。
「アンズさんっっっ!!」
もちろん、劇画タッチのイオさんだ。
「素晴らしいですっ、全ての辻褄が合います!水だったなんて!」
「まだ、分からないですよ?」
「いいえ!合ってますっ」
「どうでしょうかねえ」
「どうして、そんなに落ち着いてられるんですか!?大発見ですよ!?」
迫り来る劇画のイオさん。
ちょっと怖い。
「イオさん、落ち着いて、落ち着きましょう。大発見かはまだ」
「これが落ち着いていられますかっ!!瘴気の問題が解決するかもしれないんですよ!?我が国の悲願です!!」
「はい」
「そもそも、私達は、あまりに昔から瘴気があったので、それはそこに在るものでした。発生した時の聖女召喚については長らく研究されてきましたが、瘴気そのものの対策や防止については疎かでした。今、それが可能になるかもしれません。他ならぬ聖女として喚び出されたアンズさんからの助言によってですよ!
瘴気を払うのも、その根本的な解決へのきっかけも、異世界から来たアンズさん達にお世話になるなんて、私は今、王族として深く恥じ入ってもいます!」
捲し立てる劇画イオさん。
「はあ」
「アンズさん!!」
「はい」
「私は一生、あなたに付いていきます!!」
「あ…………はい」
ダメだこりゃ。
その後の魔法部は正に、納期前とか、決算前とか、年度末の〆前のめちゃくちゃ忙しい上に全員がちょっとハイになってる会社の様相で、帰るなんて言い出せない雰囲気となる。
しょうがないから、いろいろ手伝う私。
夕方には、非番で出勤出来る魔法使い達が呼び出され、下水処理施設より、大量の様々な水のサンプルが届いて、一斉に分析やら解析が始まりだす。
もちろん、誰一人、帰る気配はない。
この感じ、徹夜だわ…………。
私は腹をくくる。
こうなったら乗り掛かった舟だ。
やってやろうじゃない、言い出しっぺだし、あんまり役には立たないけど、見届ける責任くらいはあるかしらね。むん!
私は腕まくりをして雑用をこなし、厨房部にお願いして簡単な夜食を作ってもらい、それを皆さんに配り、騎士団にお願いして野営用の毛布を借りてきて、仮眠の場所を整え、カンナちゃんと雑魚寝した。
そんな怒濤の1日を過ごし、翌日の朝方、私はセバスチャンから連絡を受けてやって来たヘラルドさんに雑魚寝している所を発見される事となる。
「アンズさん!何しているんですか!?」
びっくり仰天のヘラルドさんは、イオさんにかんかんに怒って、何なら強面魔法部長官にも文句を言ってから私を連れ帰った。
帰りの馬車では、もちろん私もこんこんとお説教をうけた。




